松尾匡のページ

 03年6月30日 北朝鮮とイスラエルとビルマ


 横田さん達が韓国の拉致被害者達と連帯しに訪韓したことは、とりあえず現状の運動のナショナリスト的傾向を克服するためにはいいことだったと思う。「家族会」周辺の右翼政治家は、これからは従軍慰安婦問題や植民地支配の問題やらについて発言に気をつけないと、平壌包囲網を作る努力をぶちこわしにすることになるぞ。

 それにしても、最近は有事法制が9割もの議員の賛成で成立したりして、この国にいるのがいやになってくる状況である。将来妻子ある身で強権の弾圧を受けることになったときのことを考えると、どこまでがんばれるか、はなはだこころもとない。
 そんな情けない自分への怒りをごまかすやつあたりなのか、怒りはどうしても既存左派勢力に向いてしまう。

 こんなことになったのも、多くの国民が、外国の独裁政権との闘いと言えば、武力を背景にした国家間対立しか思い浮かばなくなっているせいだぞ。
 本来我々が掲げるべき図式は、人民の国際連帯による独裁打倒の闘いなのに。
 脱北支援NGOはじめ実際にそのような事業を地道に続けている人々がいるのに、既存左派勢力はそのような人々をなかなか支援しようとしない。
 それどころか平壌政権を敵視することやその抑圧の実態をキャンペーンすることに眉をひそめる。それが国家間対立をあおり戦争を導くものだと言うわけだ。全くもって、独裁と闘うのには国家間対立しかないとする図式をそのまま受け取り、国家間対立か独裁者との平和かの選択を迫っているわけだ。多くの国民が、それじゃあ国家間対立、という選択をしてしまうのも無理はない。体制側の本当に戦争が大好きな勢力にとってみれば、まさにおあつらえむけの反対勢力というわけだ。

 こういうたとえをしてみよう。
 パレスチナでイスラエル軍の蛮行を告発する報道をしていたドイツ人ジャーナリストが、イスラエル政府に暗殺されたとしよう。ドイツの左翼陣営がイスラエル政府への抗議運動に乗り出そうとしたときに、いやまて、と次のように言い出した人がいたらどう思うか。
 パレスチナ問題の原因をそもそも作ったのはナチス・ドイツによるホロコーストだ。ドイツ人の方こそ昔ユダヤ人を数限りなく殺したではないか。ドイツは過去を反省してイスラエルとの友好をこそ求めるべきなのに、逆に反ユダヤ世論をあおるようなまねをするなどとんでもない。それは過去の罪を忘れた行為であり、ネオナチを勢いづけることになるぞ。
 こんな言説がおかしいことは誰にでも明らかだろう。パレスチナ問題の原因を作ったのがナチス・ドイツのホロコーストだったからこそ、もしドイツ人がその責任を感じるならば、イスラエル政府による人権抑圧を許さないための闘いに乗り出さなければならないはずである。イスラエル政府がジャーナリストを暗殺したことを弾劾するのは、それがドイツ人だったからではなく、被害者が誰であれ犯罪だからである。それに対してドイツ人こそ昔ユダヤ人を殺したじゃないかと言い返すことは、ナチスに殺されたユダヤ人と現イスラエル当局を同じグループにくくる妄言であろう。事件への反発が反ユダヤのネオナチにつながらないようにするためには、イスラエル当局と一般ユダヤ人とを区別して、イスラエルの平和運動などと連帯することが必要なのであって、イスラエル当局と一般ユダヤ人とをいっしょくたにした友好論はかえってネオナチをあおるだろう。
 ところが遠い中東の話にすれば誰でもわかることが、自分の国のことになると見えなくなる人がいる。このドイツを日本、イスラエル政府を平壌政権、パレスチナ問題を朝鮮半島分断などに置き換えると、全く同じことを言っているのに、へんに思わないのである。
 イスラエル軍のパレスチナ侵略を弾劾する者の誰がイスラエル政府と戦争することを唱えているのか。我々が以前韓国の軍事政権による人権弾圧を弾劾して闘っていたとき、誰がそれが韓国との戦争につながると思っていただろうか。

 それともこということか。韓国の軍事政権やイスラエル当局はアメリカの与力だからこれと闘っても戦争につながらないが、平壌政権はアメリカと対立しているから、これと闘うことは戦争待望するアメリカを後押しすることになる。だから反平壌運動反対ということなのだろうか。
 だとしたら興味深い事件が起こっている。
 ビルマの軍事政権は長らく民主化運動指導者のアウンサン・スーチーを自宅軟禁するにとどめていたが、このほどとうとうブタ箱に収監するに至った。アメリカはこの事態を激しく非難し、いまだに軍事政権に対して多額の援助を続ける日本に対して、公の場で「恥を知れ」となじっている。(追記:正確には、2002年5月に自宅軟禁は解除されていたが、2003年5月30日にビルマ北部を遊説中に拘束。この記事のときに軍の施設に監禁されたのだった。その後、同年9月に自宅軟禁に戻っている。──07年10月8日)
 さあ既存左派勢力がこれに対してどう対応するか見ものですな。我々はこれまでずっとビルマの民主化勢力を応援し、軍事政権を弾劾、これを支える日本政府の援助をやめろと言ってきたではないか。しかしこの筋を通したならば、アメリカの圧力を後押しすることになるわけだ。
 もし筋を通し続けるならば、平壌政権に対してもビルマの軍事政権に対するのと同じ態度をとらないとおかしい。もしアメリカの後押しができないから平壌政権との融和を求めるならば、ビルマの軍事政権に対しても同じことを求めなければおかしい。
 さあ、どうするつもりなのか。
 
 

 

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