03年11月3日 私の改憲案〜裁判官人事制度について
総選挙の選挙戦たけなわである。
自民党はマニフェストでとうとう公然と2005年に改憲に乗り出すことを掲げた。教育基本法も変える、防衛庁は省にするという。これで与党安定多数の勢いらしいから、そろそろ真剣に亡命先でも考えないと。
まったく、この大事の時に護憲勢力が過去の平壌政権へのコミットメントのせいで自滅しているのだから。将来日本の再敗戦後、解放された日本とその再侵略諸国の人民から、護憲勢力のこの失態は呪詛罵倒されるだろう。
とはいえ現行憲法にももちろん不満はある。9条改悪への先べんをつけるために利用される恐れがあるからあまりいいだす気はないが。
もちろん天皇制を廃止したいというのは当然ある。ホンネを言えば、天皇制を無くしてこの国がスッキリハッキリの合理的機能国家になってくれるのならば、軍隊も持っていいし、福祉もなくしていいし、労働三権もいらないし、もうなんでも好きにしてって感じである。しかしまあこれは私情。
しかし9条だの天皇制だのという意見が分かれるものは別にして、すべての諸勢力が一致して認めるほかない現行憲法の欠陥がある。
最高裁裁判官の国民審査制度である。機能していないのは歴然である。
実はもともとは、最高裁裁判官は内閣が任命して上院の承認を経る仕組みの案もあったらしい。それが承認審議のために裁判官人事が政治化するのを問題視する意見が出て、結局現行審査制度になったということだ(うろおぼえ)。
行政府が最高裁の裁判官を任命して、しかも戦後日本のようにその行政府が自民党一党で延々と続くのならば、司法の独立なんて有名無実になるのは当然である。何らかの形で是正する仕組みが要るのだが、国民審査制ではそのためには役立たなかったわけだ。
だからむしろ問題は、行政府たる内閣が最高裁の裁判官を任命するという原則そのものにあるのではないか。他の国のようにひんぱんに政権交代があるのならば、行政府が裁判官を任命しても、いろいろな政権から任命された裁判官が混ざって、全体としてはバランスがとれるだろう。しかし特定政党が半永久的に政権を取り続ける日本のような国ではこの仕組みは働かない。今後は新民主党政権ができるかもしれないが、それで任命された裁判官でバランスがとれるようになるとはとても思えない。
要は、特定党派に片寄らない公正な裁判官人事ができればいいわけだ。それができるならば国民審査も不要となろう。
以下は、そのためのアイデアである。
「参議院」としたのは、衆議院が行政府たる内閣を担当することに対比したもので、半数ずつ交代で選挙される参議院は短期的な世論のブレにひきずられないので司法府を担当するのに適していると思ったわけである。
ここで、アイデアのキーは、最高司法院の議長は拒否権を持っているということである。議長が賛成しないと物事が決まらない。だから、各党派は自分の所で議長をとろうとする。そのためには、投票で過半数を得る必要がある。
参議院で過半数を制する諸勢力が、結託して過半数の票を議長候補一人にまわしたならば、残りの票は少なくなる。よって議長の反対勢力が比較的多く代表されることになる。かくして議長以外のメンバーの3分の2の賛成を得るには主要な諸勢力ほとんどの合意を必要とし、特定政党に片寄った裁判官任命はできなくなる。