04年4月9日 イラク問題二題:高校生からの質問と邦人拘束事件
友人が京都で「アクティ個別学習教室」という塾をやっています。このほどリンク集からリンクしたので、一度見てみて下さい。
その友人達が、「ライフコンサルティング活動」というプロジェクトを始めました。要は、大人達が子供達に、仕事など、世の中での自分の生きざまを語って人生について見通しをもってもらおうというものです。
詳しくは、こちらを見て下さい。「活動の動機」というところも読んでみることをおすすめします。
さて、この活動に協力して「ライフ・コンサルタント」になったら、生徒さんから質問をいただきました。
その中の「アメリカの、イラク攻撃についてどう思いますか」という質問に答えたら、その回答を塾のホームページに載せてくれました。
こちらを御覧下さい。
まあとうとう昨日日本人三人が拘束されたニュースが流れたわけですが、こんなことがあろうとなかろうと私達が撤兵要求するのは当然として、アラブ世界とつながりを持つ人々は、イラクと全アラブの世論に向けて、この三人のやってきた活動を広く宣伝するべきではないかと思います。
私のようにろくに何も言わずにのほほんとしている者こそ侵略者の一味扱いされても仕方ないわけですが、ただ単に日本人だというだけで彼らを日本政府といっしょくたにするのは筋違いもはなはだしいことです。パレスチナ人のためにイスラエルのブルドーザーに立ち向かうアメリカ人活動家を、パレスチナ過激派がつかまえてきて、人質としてアメリカ政府を脅かそうとするようなものです。
イラクと全アラブの人々がこの三人のイラク人民への献身を広く知って、その結果テロリストが世論から浮き上がるのを恐れて三人を解放するならば、それにこしたよいことはない。それは言うまでもないことですが、それだけではなく、世界のどこであれ、「○○人は全員敵」「○○人は全員味方」というような発想法が広まること自体が許してはならないことだと思います。今この三人の貢献について宣伝をしておけば、日本人民に対する信頼と友情は暴力を乗り越えてかの地に長く残るでしょうが、それなしに、例えば米軍の実力行使で三人の解放が試みられたりしたら、成功したらもちろん喜ばしいことには間違いないのですが、以後日本人がどんなに善意のことをしても、なかなか信頼されないようになるのではないかと思います。
今後は、NGO活動家やビジネスマンは、イラクに限らず、必要ならば、第三国で国籍を変えてその国のパスポートで入国するという危機管理も必要かもしれませんね。もとの国の政府はもはやその国の国籍のなくなった者の身を案じる筋合いはないわけだから、誘拐しても脅しとして通用しない。それがわかっている以上は政治目的での誘拐はないでしょうから。
政治目的でない場合には、現地警察に任せ、それでは不十分というならば、所属企業やNGOや、そうした危機管理用の企業やNGOが対応すべきことです。すべての国の人々が地球上のあらゆるところに出かけていくのがグローバル時代です。一般的には、こんな時代に全地球上に散らばった全自国民の安全について配慮することを政府に求めることこそ、帝国主義というものでしょう。
※ 4月11日追伸
今朝解放予告報道がされました。本当かどうか予断はできませんが。ともかく、日本政府や米軍の主導による実力行使によるのでなくてよかったです。
現在までのところまでで言えば、政府が何らかの条件を提示したとの報道もありますが、基本的に解決に向けて果たした役割などほとんどなかった。撤兵自体はもともと今回のこととは関係なくなすべきことですから、政府は特にこのために何もすることはいらないという一部論者の物言いはその限り全く正しいわけです。
本当に解決に貢献したのは何だったか。
上に書いた通りのことを、ただちに実際にたくさんのNGO関係者、一般市民が始めました。例えば、アルジャジーラに、この三人のイラク人民への貢献を訴えるeメールやファックスが続々と届き、同社は日本の市民やNGOの訴えを取材、それがイラクはじめ全アラブに報道されました。イラクでも高遠さんの知人達が立ち上がり、子供達は解放を訴える手紙を書きました。このような中で聖職者協会の声明が出された。それを受けての解放予告だったのです。この状況でテロリストがイラク世論から浮き上がるのを恐れたという要因は、かなりの比重であったと思います。
日本の一般市民がすべて日本政府や米軍と同じではなく、イラクの一般市民がすべてテロリストではない。多くの普通の一般市民はお互いの運命を気づかっている友人なのだということが理解し合えた解決になりそうで、それがなによりよかったと思います。