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 05年12月15日 正気と思えぬ社民党の金融政策論


 2005年12月7日の社民党の機関紙「社会新報」で、「誰のための金融政策なのか=ブッシュ政権による海外投資家のためか」と題した「宇野雄」氏の名前の経済コラムが載っている。これがまあ、キてるんだわ。トンデモ論の見本として授業で使おうか。よくもまあ天下の公党がこんなもの載せることができるね。
 本当は相手にしなくていいレベルなのだが、社民党の機関紙に載るぐらいだから、左翼世界がこんなものを真に受けるような状況だと困ったことだ。あえてここで全文を引用して、このトンデモさを指摘しておこう。

 日本経済も、ようやデフレ経済からの脱却が可能となってきた。これをとらえて日銀は量的緩和策のやめ時を探り始めたが、これに対し小泉政権は異常とも言える言動で反対している。
 今、世界の資金が日本に流れ込んでいる。原油高騰で大いに潤っているオイルマネーなどが、その運用先を求めて日本に殺到しているからだ。何しろ日本は超金融緩和で量的緩和を続けており、ミニバブルの様相だ。長年苦しんだデフレ経済からも脱しようとしている。
 米国は、すでに2年も前から金融引き締めに転じ、金利水準は3%も上昇している。インフレ懸念を防止するためだ。これに対して日本は、ゼロ金利に加えて量的緩和を続けている。この日米間の金利差拡大から、ドル高・円安までが起こっている。東京証券取引所はバブル期を上回る大活況を呈している。
 そんな状況下で日本に資金を持ち込んだ海外機関投資家が最も警戒するのは、日銀が金融引き締めに転じることだ。事実、日銀は引き締めに転じるのは先の話としながらも、量的緩和策からの脱却を探り始めた。消費者物価が水面下から浮上するタイミングをとらえての動きである。
 ところが、この動きに対して竹中平蔵総務相、中川秀直・自民党政調会長らが「日銀法を改正してでも」と威圧的な言動で反対を表明、量的緩和の堅持を主張し、これに小泉首相までもが加担している。どうやら小泉首相は、先に京都で行った日米首脳会談で自衛隊の米軍との一体化と併せて、日本の量的緩和策の維持を約束した気配である。
 ブッシュ米政権はテキサスの石油マフィアを背景に原油高騰を現実化された張本人であり、米国の機関投資家の意向を「体内」に浸透させた政権でもある。そのブッシュ政権の意向は小泉首相に伝わり、これを首相は胸をたたいて引き受けたに違いない。そう理解すれば、竹中総務相や中川政調会長らの言動が納得できる。
 つまり、この国の金融政策は小泉政権のブッシュ政権による海外機関投資家のための政策という状況である。「人民の人民による人民のための政治」を説いたリンカーン元大統領は、天国であきれているに違いない。
 あきれているって・・・そりゃこっちだ。つっこみどころだらけで、どこからつっこんでいいかわからないぞ。
 「今、世界の資金が日本に流れ込んでいる」うんうんその通り、「何しろ日本は超金融緩和で・・・」
 はあ? 普通は金融緩和すると、利子率が下がるので日本で運用するのは損になる。だから海外資金に逃げられる要因になる。よって「何しろ」というつながり方は日本語の文としておかしい。「しかし」でつながるならわかるけど。
 まあここは、金融緩和で、景気が回復し、株価も上昇しているので、それで世界の資金が流れ込んでいると言いたいのだと、好意的に解釈してとりあえず次にいこう。
 だが次の段落。「この日米間の金利格差から、ドル高・円安までが起こっている」
 おいおい。その通りなのだけど。金利格差のせいでドル高円安になるのはどうしてかというと、日本でお金を運用するよりアメリカで運用した方が得だから、日本からアメリカに資金が流れて円売りドル買いが起こるせいである。「日本に海外資金が流れ込んでいる」という全体の論旨と矛盾しないかい。

 次。「日本に資金を持ち込んだ海外機関投資家が最も警戒するのは、日銀が金融引き締めに転じることだ」
 これはどういう意味だ? 日銀が金融を引き締めると金利が上がるので、日本でお金を貸して運用することは有利になる。このこと自体は海外機関投資家は歓迎だろう。
 たぶん言いたいことは、日銀が金融引き締めに転じると、株価が下がるし景気も悪くなる。それが海外機関投資家にとって損だという意味だろう。

 それはそうだろうが、そのことは我々日本の一般市民にとって悪いことなのだろうか。どう考えても、不況が続いて失業者だらけになり、自分だけは「勝ち組」に入ろうと足を引っ張りあっているこの荒廃した社会が続くよりは、景気がいい方がいいにきまっている。
 日本の一般市民のための政策でも、ブッシュ政権が反対するものだったら、かなりシビアな対立を覚悟しなければならない。日米関係がこじれたら結局景気がまた悪くなるかもしれない。だけどそれしかないならば、ブッシュ政権のために日本の市民が犠牲になるよりはましである。覚悟して断固貫くのはいいことだ。
 ところが今論じているケースはそうではない。日本の一般市民にとってもいいことだし、ブッシュ政権にとってもいいことだし、海外機関投資家にとってもいいことなのだから、なおさらいいではないか。なぜ反対する必要があるのか。

 日米首脳会談でブッシュ大統領が要求して小泉首相が引き受けたなどと、見てきたように何の根拠もない憶測を書いているが、たとえその通りだとしても、日本の景気回復が腰折れして打撃を受けるのはアメリカの機関投資家ばかりではない。アメリカはじめ世界中の経済が多かれ少なかれ巻き込まれてしまう。竹中氏らの言動も、別にアメリカにだけ忠義立てしているわけではなくて、景気回復の腰折れを防ぐことは重大な政権利害だからである。金融緩和がやめになって利子率が上がると、国債の利払いが増えて収拾がつかなくなるという事情もあるだろう。
 今、金融緩和政策が当面続くと思われていることが、将来のインフレ期待を生み、実質金利を引き下げて景気回復のエンジンになっている。しかし金融政策運営を間違えれば、景気回復はいつでも挫折するだろう。
 本格的な好況期に入ったならば、インフレリスクはいっぱいである。もし予想より景気回復のテンポがはやく、インフレ率が高まる懸念が強まったならば、たしかに来年の春にも量的緩和をとりやめることが必要になる可能性は否定できない。
 しかし、現時点では、そんなことを言う必要はないのだ。実際にその場になれば機動的に対処するにしても、今の時点では通常の判断以上に量的緩和が長引く予想を人々に抱かせることが、景気回復のためには重要なのである。
 
   

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