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 02年8月14日 多民族国家用議会選挙方法案


はじめに
 これは、拙著『はるかさんとラピート君の 入門 今どきの経済』p. 101で提案したものである。

問題意識
 冷戦後頻発する悲しい出来事であるが、多民族国家において民主的議会制度を導入すると、民族ごとの政党ができて、単純な民主制では多数民族だけの民族主義政権になってしまい、少数民族がそれに反発して分離を図り、民族紛争に発展するという現象がある。
 これは防ぐべきであるが、単純に「排他的民族主義政党の立候補禁止」だとか「排他的な民族主義的政治宣伝の禁止」だとかを法令で定めると、しばしばそれは時の政権に都合のいいように使われ、全く民族主義的でない反政府的運動がこれを口実に抑圧されたりする。あるいは実質的には特定民族の側に立つ政権が、あたかも自分は民族色がないように称して、他民族の抵抗を弾圧するための口実にも使われる。
 それではというので、多数決民主主義を制限し、原則的に議席のある諸政党すべてによる連立を強制した場合にはどうなるか。この場合は本来広く世論に訴えて論争し、決着をつけるべき論点、例えば経済政策などが、あいまいにされてしまう。それはしばしば不透明な既得権益の温存につながる。
 よって、政権や選挙当局や裁判所などの判断に頼らず、自動的機械的に民族主義政党が排除され、もっぱら民族横断的な経済政策などをめぐって制限なく民主的競争が行われるような選挙制度を工夫しなければならない。
 以下に示すのはこの一つのアイデアである。

多民族国家用議会選挙制度案

【二段階選挙方式】
 議会は比例代表制で選挙するが、名簿搭載資格者の選挙と、政党に対する選挙の二段階に分ける。

【名簿搭載資格者の選挙】
 名簿搭載資格者の選挙は個人候補に対して投票し、一定数、例えば1万票以上得票した候補が名簿搭載資格者になる。この選挙に際して、立候補者は、自分の民族性が法定民族区分のうちのどれにあたるかを、あらかじめ公表しなければならない。

【政党を選ぶ選挙】
 そして、当選した名簿搭載資格者が政党として名簿を組んで、二段階めの選挙を争う。その際政党は、すべての民族区分の名簿搭載資格者を名簿にそろえなければ、立候補資格がない。こうして立候補した政党に対して投票を行い、比例代表制の原則で各政党に議席を配分する。各政党に配分された議席の中での、議員の選出、交代などは、所属する名簿搭載資格者の総会で決める。

【政党の分裂】
 任期途中に政党が分裂した場合は、所属名簿搭載資格者数に比例して議席を案分するが、すべての民族区分の名簿搭載資格者をメンバーにそろえることができなかった派は議席配分を失う。分裂した派のいずれもがこうして議席配分を失った場合は、もとの政党の分の配分議席は、残りの政党で直近選挙の得票に比例して分け取る。
 

解説
 いくら立候補名簿にすべての民族の候補をそろえることを条件にしたとしても、もしこの1段階目の投票システムがなければ、実体は排他的な民族主義政党でも、ニセの他民族候補や傀儡の他民族候補をでっちあげて名簿に載せればよいので、条件を形式上クリアしてしまう。1段階目の投票システムがあるおかげで、「私は○○民族です」と公言して1万票以上集めた者を、すべての民族についてそろえなければならないので、過激な民族主義政党は自動的に立候補できなくなるのである。選挙当局や裁判所などの恣意的な判断なしに、排除できるわけである。
 各民族の名簿搭載資格者は、最終的に捨て身の分裂で所属政党の議席配分を失わせることができるので、各政党は民族間の問題については妥協的にならざるをえない。深刻な民族間紛争が持ち上がっても、がまんして分裂を避けた政党は、分裂してしまった政党を犠牲にして議席を増やせるので、互いにがまんくらべをして内部諸民族の妥協を図るだろう。

多民族国家用大統領選挙制度案
 それから、この制度では名簿搭載資格者の選挙は例えば5年ごとなど、比較的長い間隔で行い、その間に解散やもっと短い周期で比例代表選挙を行うことができる。すると、名簿搭載資格者の選挙と同時に次のような工夫で行えば、大統領選挙もまた民族性を超越するようにできる。すなわち、一枚の投票用紙で名簿搭載資格者と大統領の両方を選ぶ。そして、各大統領候補は、各民族の名簿搭載資格者候補との連記票の中での一定割合(ex.1%)をすべての民族について得るごとに、1の持ち票を持つ。そしてその総持ち票を候補者各自が持って会議を行い、過半数票により大統領の選出、交代を決める。
 この場合、全民族からまんべんなく票を集めた候補の持ち票は比較的多くなり、特定民族に圧倒的に支持されても別の民族から全く支持のない候補の持ち票は少なくなる。したがって、通常は、資本主義候補対社会党候補など、民族色を超えた候補から大統領が選ばれることになる。
 ただし急に民族間問題が深刻化して各民族候補が少数票ずつ持ち票を持つ可能性もあるので、持ち票の有効期間を選挙間隔より長くするのもよい。このような状況が持ち票の有効期間を超えてなおも持続した場合には、大統領を選出する会議は、事実上、各民族代表らによる集団大統領機関と同じことになる。この場合は、1年交代の輪番が取り決められるなど合議による妥協が図られるだろう。
 

A PARLIAMENT SYSTEM FOR MULTI-ETHNIC STATES

  This is a device proposal of the parliament system which prevents ethnical conflicts, without discretionary constraints on democratic principle.

0.  The general election shall be carried out by two steps of voting.

1.  The first voting is for a personal candidate. Personal candidates must register their legal ethnicity, which is announced publicly before voting.

2.  Every personal candidate who got over 10,000 votes shall be called a Certified Party List Member (CPLM).

3.  If any legal ethnicity has less than five registering candidates who got over 10,000 votes at the voting, then candidate of the highest votes under 10,000 who registered oneself as that ethnicity shall be added to CPLMs, until their number reaches five.

4. The second voting is for a Party. Any Party who runs for the voting must form a candidates list, which consists of CPLMs of ALL legal ethnicities. (A Party may be a coalition of some parties)

5.  Each Party gets parliamentary seats allocation according to the principle of proportional representation.

6. The supreme board of each Party shall be the general meeting of CPLMs belonging to the Party, which elects or changes its Members of Parliament among its CPLMs.

7.  If any one Party splits, its parliament seats shall be divided proportionally according to the numbers of CPLMs, as a general rule. But any divided Party which does not contain CPLMs of all legal ethnicities shall lose its seats allocation.

In this system, any party which broke out over ethnical problem will lose its seats. So they must compromise on such issue. Any group which advocates radical nationalism cannot get a parliament seat, without depending on any gate-keeper. All political debates will be struggled over trans-ethnical issues such as ideology or economic policy.
 
 
 


 

 

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