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 07年10月4日 試しにちょっとやってみました──「経済学的発想」調査


追記:econ-economeさんのブログでのsunafukin99 さんのご指摘で、とんでもない書き間違いを発見! 下の「政府大小」の設問で、選択肢の数値が逆になっていました。これは、この設問が、もともと他の設問とは別にフェースシートの部分で「数学は得意か」といった質問と並べて尋ねていたために、A、Bの順を他の経済問題についての設問とそろえていなかったせいで起こったことです。このページに写す時にそのままコピーペーストして、何も考えずに1番から機械的に数字を書いてしまったのでした。分析のときに、この設問も他の経済問題の設問に含めて使うことにしたのですが、その際には、正しく、「小さな政府」ほど数字が大きいようにしてあります。したがって、分析結果に訂正はありません。ご指摘いただいたsunafukin99 さんに深く感謝します。
 おわびして訂正しておきます。それにしても恥ずかしいミスでした。OΓ乙 ──07年10月9日
 
 

 前回のエッセーで、新共著『経済政策形成の研究』第8章で私が打ち出した、「経済学的発想/反経済学的発想」という概念区分について、現実に依拠させよとの田中秀臣さんのご指摘を受けて、アンケート調査や実験の方向で今後の研究の発展を考えたいとの応えを書いておいた。
 本格的な研究はいつになったらやる暇があるやらわからないので、とりあえず試しに簡単に教室でアンケートをとってラフな分析をやってみた。
 実は、前期に担当三人でクラス分けした経済学部新入生用のミクロ経済学の講義があったのだが、それを落とした人達用の再履修クラスを後期担当することになっている。それは、そういう事情の人達用だから、前期と比べて内容を削ることになっている。それで、無差別曲線だのAC曲線だのには立ち入らないレベルのものになるので、他学部の学生の教職用科目を兼ねることにしてある。
 したがって、ミクロ経済学をつまづいた学生や文学部・法学部の学生という、経済理論講義によるバイアスがかかってなさそうなサンプルの集まりなので、この時期にこの問題を調べるにはちょうどいい。出席人数が少ないのはいまひとつだが、とっかかりとしてはいいだろうということで、ごく簡単にやってみた。

 アンケートは32票回答があり、うち空欄のない28票を分析に用いた。
 個人属性の質問のあと、拙稿の「経済学的発想/反経済学的発想」の三命題への賛意の度合いを、次のように尋ねた。なお、「経済学的発想/反経済学的発想」については、econ-economeさんのまとめが簡潔かつ適切なので、ご参照ください。
 

1(「操作可能/自律運動」).次の二つの考えのうち、どちらが自分に近いと思いますか。
 A「世の中はその人の持つ権力や財力に応じてコントロール可能である。」
 B「世の中は、一部の人の権力や財力では好きに動かせない自動法則が貫く。」
 1  A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B

2(「ゼロサム/パレート」).次の二つの考えのうち、どちらが自分に近いと思いますか。
 A「得をしている人がいれば、必ずその裏で損をしている人がいる。」
 B「取引すれば、当事者みんなが得をする。」
 1 A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B

3(「厚生優越/絶対」).誰にもばれないならば、次の二つの選択肢のうち、どちらを選びますか。
 A:自分は300円もらえ、他人は誰ももうからない。
 B:自分は500円もらえ、誰かが1万円もらえる。
 1 A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B


これらは、1に近ければ「反経済学的発想」、4に近ければ「経済学的発想」になる。
 次に、次の十個の経済問題についての賛意を尋ねた。
 

「政府大小」:現在、世の中には、大きく分けて、次のような二つの考え方があります。あなたの考えはどちらに近いですか。
 A:もっと行政の支出は減らし、民間業者の自由なビジネスに任せるべきだ。
 B:公共のために民間ビジネスはもっと規制し、行政の支出を増やすべきだ。
 4 A  3 どちらかというとA  2 どちらかというとB  1 B

「競争と移動」:市場競争の長所をなるべく引き出すためには、次の二つのうちどちらである必要があると思いますか。
 A:別業種に簡単には移動できなくする必要が生じる。
 B:別業種への移動が簡単にできるようにする必要が生じる。
 1 A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B

「物価上昇原因」:物価上昇の主な原因は、次のうちどれだと思いますか。
 A:企業がどれだけでも利潤を増やそうとして値上げすること。
 B:世の中の、モノを買いたいという力が高まること。
 1 A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B

「自由貿易」:自由貿易には賛成ですか。
 1 反対 2 どちらかというと反対 3 どちらかというと賛成 4 賛成

「景気政策」:国の景気をよくするために大事な政策は次のうちどちらだと思いますか。
 A:その国の企業の国際競争力を強くするためのバックアップ。
 B:世の中全体のモノを買おうとする力を高めるための政策。
 1 A  2 どちらかというとA  3 どちらかというとB  4 B

「高価業者処罰」:広域災害の被災地で、不足物資を不当に高く売りつける業者は処罰するべきだと思いますか。
 1 賛成 2 どちらかというと賛成 3 どちらかというと反対 4 反対

「教育福祉自由化」:教育や福祉は民間ビジネスの自由に任せるべきではないとの主張について。
 1 賛成 2 どちらかというと賛成 3 どちらかというと反対 4 反対


これらは、4に近い方が、標準的な経済学に合致している。
 本来なら、これらの回答どうしの相関をすべて検討すべきなのだが、余裕もないので、ここでは簡単に、これら経済問題についての回答のナンバーを全部足したものを、各自の「経済学度」を表す指数と考えることにする。
 これが指数として適切かどうかをざっと判断するために、乱暴だが、この指数を、各問いの回答ナンバーで、ひとつひとつ単回帰分析してみた。すると、すべて正相関しており、「景気政策」と「高価業者処罰」の説明変数の係数のp値が、それぞれ2.5%、2.6%とやや高いほかは、残りのそれはすべて1%未満の非常に小さい値で有意だった。よって、とりあえず、この指数を「経済学度」を表す指標とみなしてかまわないだろう。

 それで、この「経済学度」指数を、最初の三命題の回答ナンバーで、それぞれ単回帰分析してみた。

 結果は、有意な相関があったのは、2の「ゼロサム/パレート」だけだった。係数のp値が0.5%である。
 1の「操作可能/自律運動」は、係数がマイナスで逆相関してしまっていて、p値が23%余りあって全然有意ではない。3の「厚生優越/絶対」は、符号条件はいいけどp値が18.5%でやはり有意ではない。
 3の回答は、4番が、「経済学度」指数の低い人達にもかなり出ていたのでこういう結果になってしまった。「経済学度」指数の高い人達はほぼ4番を選んでいるので、関係ないはずはないのだが。質問の作り方がまずかったかもしれない。

 やはり、質問の個人的なとらえかたからくるバイアスがあるので、同じ命題について尋ねる問いを複数作って、偏差をならす必要があるのだと思う。

 それにしても、たしかに、「ゼロサム/パレート」についての見解は、「経済学的発想/反経済学的発想」を分かつ一番基礎にあるものだとはもともと思っていた。「厚生優越/絶対」についての態度はここから導き出されるものとも言える。とりあえず、それが支持されたのが収穫。
 しかしそれはともかく、経済問題についての質問も、経済学的見解と、反経済学的発想の市場主義者の見解をもっと区別できる形で慎重に選ばないといけないし、分析手法ももっと緻密なものでやる必要はあるだろう。そのうち余裕ができたときに、ゆっくりまた。

 ちなみに数学が苦手か得意かも聞いているのだが、相関は全くなかった。
 
 
 
 

 

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