松尾匡のページ

08年4月12日 政治家より前任校の学生の方が賢いかも



 久留米と草津の二重生活が始まったけど、大変と思ってたら案の定大変。学内行政からも地域活動からも免れているのですが、やっぱり手続きや授業の準備だけで空いた時間はつぶれ、結局研究する暇は本当に新幹線の中しかありません。でも、新幹線の中はやっぱり寝るし・・・。
 昨日は前任校にゼミ二つと講義一つをしにいったのですが、やはり慣れ親しんだところで安心して、饒舌になってしまいました。
 そしたら、ゼミも講義もマクロ経済学をやっているので、似たような話題になるのですね。やはり最初の回の授業なので、目下の景気の話から始まります。受講生に聞くと、みんな景気は悪くなりそうと言うし、原因も原油高やらサブプライムやらと至極もっともな見立てが返ってきます。まあ、サブプライムって何かがよくわかって言っているかどうかは心もとないけど、実は僕も詳しくはよく知らん(笑)。
 それで、じゃあどうすればいいのかを聞いたら、2限目の三年生のゼミで当てた学生は、
「とりあえず、日銀総裁を決めること。」
いやおっしゃるとおり。まあ、総裁そのものはもう決まったんだけど、一連の日銀人事ということね。それでそれが決まったらどうするのか聞いたら、
「金利を下げる。」
 4限目の時間は今週は空いたのだけど、就職活動中の四年生が、就職面接で、ゼミでやったことをどう説明したらいいか相談にやってきました。で、マクロ経済学で景気の話をやったということになったら、目下の景気のことを聞かれるだろうということで、同じような話になり、「で、どうしたらいいと思うのかね。」と聞かれたらどうするかと聞くと。やっぱり、
「金利を下げる。」
 5限目は、「上級マクロ経済学」と言って、「上級」などとはおこがましい初級レベルの講義をするのですが、やはり、どうすればいいのかについて、前に座っていた学生に聞くと、
「金利を下げる。」
 ちなみにこの学生は二年生で、彼が一年生のときは僕はもうミクロに回っていたから、最初のマクロ経済学は僕から教わったのではないのです。
 というわけで、入門レベルのマクロ経済学を学んだ久留米大学の学生は、今の日本経済にとって何が必要かよくわかっているということでした。

 ちなみに3限目の四年生のゼミの学生達は、必修ではないので四、五人しかいないのだけど、そんな話はもう当然の前提ですね。なぜかお菓子パーティになって、ポリポリお菓子をつまみながら、世間話やら就職活動話やらに混じって、誰が言うとはなしに民主党の悪口を言っていました。「金利正常化」など、「小泉チルドレン」が言うなら筋が通るけど、「格差ケシカラン」とか言っている民主党が言うのは無茶苦茶矛盾しているだろうって。
 例の清水咲希は、卒論にあたる論文で、例の回帰分析を殺人やら自殺やらでやって、誤れる経済政策によって何人の命が失われたのかを出したいらしい。うーむ、そうすると、相関有意というだけでなくて、やはり決定係数九割を目指さないと、係数の安定性が確かでなくなるなあ。ま、ここに書いてしまった以上は全国が期待するので、是非やってほしい。もっとも論文出すころには海外逃亡されてしまう公算大と見ているが。
 まあこいつらから見たら僕なんかいつまでも田舎教師で、立命など似合わないということです。清水咲希からは、僕が英語で手紙を書いていたのを見て驚いたと言われたし・・・。一般的な研究者の水準から見たらたしかに英語全然駄目ですけどぉ、あんたよりは読み書きだけはできるよ・・・と思ったけど、万一そうじゃなかったら恐いから黙ってました。

 ところで、民主党もひどいけど、共産党! 働く者の味方を常々公言してきた共産党。大資産家の利益を代弁することなど、よもやないはずの共産党。当然、多少のインフレでちょっとぐらい資産が目減りしたり、資産家の不労所得が減ったりしたとしても、失業を減らし雇用を拡大することを目指すはずだよな。
 ちょっとみなさんこの動画見て下さいよ。共産党の公式ホームページに載っている市田書記局長の談話ですけどね。日銀の総裁人事の話。
http://203.179.91.149/stream/20080319_ichida.wmv
 民主党みたいに財務省の天下りという理由で反対したわけではないとわざわざことわったうえで、「超低金利政策に反対しなかった」という理由で、総裁案にも副総裁案にも不同意と言っています。おいおい・・・
 社会主義者が剰余価値所得範疇を擁護するなよ!
 まあ、社会主義などとうに捨て去っているのかもしれませんけど。まったく、こんなこと言うやつは、世が世なら共産主義革命が起こったら銃殺されてたぞ。

 この二、三年、ブログ界を眺めているうちに、もうずいぶん正しいマクロ経済理解が浸透したものだというような気になっていたのですけど、このかんの日銀人事騒動で、それが全く幻想だったということが思い知らされて、いささか鬱になってしまいました。
 マクロ経済学をきちんと勉強することがいかに大事か。5限目の上級マクロ経済学の時間、初回のイントロの回ですので毎年そんな話をするのですが、今年は特に力がはいってしまいました。アドリブでしゃべった話ですが、思い出して、以下に簡単にまとめておきます。


 今四年生は就職活動で忙しくしていますが、数年前までのまだ不況がひどいとき、キャンパスは暗くどよっとしていました。四割の卒業生は就職がありませんでした。受けても受けても受けても決まらない人が多く、そういうのを見ていて最初からあきらめて就職活動をしようとしないゼミ生もとても多かったです。そうしてフリーターになったたくさんの先輩達が、正社員に雇ってもらえないまま年を重ね、景気回復後の今も、新卒ばかりが正社員に雇われるせいで、フリーターから抜け出せないでいます。
 景気回復以降、キャンパスには打って変わって明るさが戻ってきました。就職率が高くなるにつれて、みんな目の色を変えて就職活動をするようになりました。だから、フリーターとかニートとかは、これまで本人の責任のように言われる風潮がありましたが、実はほとんど景気のせいだったのです。
 ところが今、景気も挫折しかかっています。まず、原油価格が上昇して石油を使うものの価格が上がっているほか、石油に代わる燃料のエタノールを作るためにトウモロコシの価格が上がり、そっちの方がもうかるということで、アメリカなどで小麦の生産をやめる農家が続出。小麦の値段が上がり、小麦粉を使ったいろんな食料品の価格が上がっています。石油を使うものや小麦を使うものは、値上がりしてもあまり節約できないので、ここで世の中全体に出回っているおカネの量が変わらなければ、残りのものに使うおカネが減って、これらのものは今までより売れ行きが悪くなります。そのため、エネルギーと生鮮食料品を除く物価は、このところずっと低下が続いています。インフレ、インフレと言ってますが、一部のインフレのために、別の業界では、逆にかえってデフレになっているのです。
 また、サブプライム問題でアメリカの景気が悪化してきています。すると、直接にアメリカへの輸出が減るほか、日本は中国などに機械や部品を輸出して、中国でそれを加工してアメリカに製品輸出していますので、中国のアメリカへの輸出が減ることを通じて、中国への日本の機械や部品の輸出が減ります。
 それに、アメリカの景気が悪くなると、アメリカから資金が逃げ出します。アメリカで資金を運用するより、日本で運用しようという動きが出て、ドルを売って円を買う人が増え、円高になります。実際、一時1ドル百円を割るまでに円高が進みましたよね。すると、製品を輸出する業者にとっては、円で表示した値段が変わらなくても、ドルで表したら値上がりすることになりますので、製品が外国に売れなくなります。だから、ますます輸出ができなくなります。
 こうして、日本でも、ものが売れずに、またまた不況になってしまう危険が高まっています。
 ではどうすればいいのか。世の中に出回っているおカネの量が変わらない中で、エネルギーや食料にとられるおカネが増えているから、残りのおカネが減るわけで、世の中に出回っているおカネの量が十分増えれば、エネルギーや食料にとられるおカネが増えても、他のものに使うおカネが減ることはありません。つまり、世の中におカネをたくさん出回らさせること=金融緩和が必要になります。これは、中央銀行である日本銀行が、金利を下げて世の中におカネをたくさん出すことで実現されます。
 金利が下がると、企業は、借金して機械を買ったり工場を建てたりしやすくなります。つまり設備投資が増えるということです。設備投資が増えれば、機械が売れるしセメントも売れるし、いろいろなものが売れて、やっぱり景気がよくなります。
 ここで注意すべきは、このとき企業にとって重要なのは「実質金利」なのだということです。1万円預けたら翌年2万円になると100%の金利ですけど、このかんに物価が二倍になったら、何ももうかっていないということになりますね。だから、名目金利から物価上昇率の分は引かなければならない。それが実質金利です。企業が借金するときも同じで、製品の売値が値上がりするならば、借金を返すのは楽になる。実質金利は低くなるわけです。だったらたくさん借金して設備投資しようという気になる。
 物価が下がるデフレの時は逆に、デフレの分足さなければならない。名目金利にデフレ率を足したのが実質金利になります。いくら名目金利が低くても、企業が大幅なデフレを予想しているならば、製品の売値が下がって、将来借金を返すのが大変になると考えます。つまり、実質金利が高いので、設備投資は手控えるようになるということです。
 この予想のインフレ率やデフレ率というのは、人々の頭の中を調べなければならないので、実際に計測するのは難しいです。そこで、ひとつの目安になるのが、普通の国債の利回りと物価連動国債の利回りの差である「ブレーク・イーブン・インフレ率」です。物価連動国債というのは、将来物価が上がったら、その分値上がりしてたくさんお金を返してもらえる仕組みの国債です。これが、そうではない普通の国債と有利さがとんとんになるように、利回りが決まりますので、両者の利回りの差は、市場参加者が予想しているインフレ率に対応しているのです。
 これを見てみると、2004年、2005年ごろ、設備投資が拡大して景気回復にはずみがついていたころは、実際にはデフレが続いていたのですが、ブレーク・イーブン・インフレ率は0.8%くらいのプラスの値だったことがわかります。つまり、市場参加者の頭の中では、将来のインフレが予想されていたということです。そこで、企業の考える実質金利は低くなって、おかげで設備投資が拡大したと考えられます。
 そのブレーク・イーブン・インフレ率ですが、最近どんどん下がり続け、とうとう先日マイナスをつけてしまいました(後述)。つまり、今度は、現実には商品全体合わせればインフレになっているのに、市場参加者の予想としては将来デフレがくると思われるようになったわけです。その分実質金利は高くなりますので、いまや設備投資が落ち込んでしまう危険があります。そうなれば不況です。
 だから、景気対策としては、名目金利を下げて設備投資を促すだけではすまない。しっかり金融緩和をすることで、世の中におカネをたくさん出回らせ、デフレはなくしますよ、むしろインフレ気味にしますよということを企業の人々に確信させなければならないのです。
 そうしないとどうなるか。つい先日も、アメリカの中央銀行にあたるFRBは、アメリカの景気悪化を食い止めるために金利を引き下げましたね。日本の金利が変わらないのに、アメリカの金利だけ下がるということは、これまでと比べて、アメリカで資金を運用することが損になる。日本で資金を運用することが、これまでと比べて有利になるということです。すると、アメリカから日本に資金が移動します。そして、日本でおカネを運用するためには、円に換えなければなりませんから、ドルを売って円を買う動きが高まり、円高になります。だから、アメリカが金利を下げたからには、日本も金利を下げないと、ただ単に設備投資が減って危ないというだけでなくて、円高がひどくなって輸出が減ってしまうおそれがあります。
 このように、断固とした金融緩和が必要なときなのに、実際には、日銀は事実上何もできない状態にあります。それは、このかんの日銀人事騒動で、過去の超低金利政策に関与したのがけしからんということを理由にして、候補の人達を野党側が拒否しているからです。このために、どちらかというと金融引き締め気味の立場をとってきた人でないと承認されないことになっています。
 政治的判断としては、多少不況になって失業者が増えても、その方が競争が激しくなって、生産性の低いところがつぶれて、生産性の高いところが伸びるので良い、がんばって成功してお金持ちになった人の資産価値を守るためにインフレは断固防ぐ、という判断があるかもしれません。「小泉チルドレン」の人達などはそういう価値観でしょう。そういう判断の人達が、「低金利けしからん」「金融引き締めてインフレ防げ」というならば、筋が通っているのでわかります。しかし、民主党や共産党は、常日頃それとは反対の政治的立場にあったはずです。「格差けしからん」とか「首切りけしからん」とか言ってきたはずです。だとしたら、世の中を不況にして失業を増やす手段をとってはならないはずなのに、全く矛盾したことをやって、今まさに日本を不況にしようとしているのです。
 私は、民主党も人材が少ないわけではないですから、そこまでアホかというのは信じられない思いがします。ひょっとしたら逆にものすごく頭が良いのではないか・・・どうせ解散なんかせず来年の終わり頃の総選挙になるから、今景気を挫折させればちょうどそのころが不況のどん底になって、その頃には日銀人事騒動のことなんかみんな忘れているし、ましてやそれが不況の原因なんて気づかないから、不況を内閣の責任にして攻撃して選挙に勝てる・・・とこんなことを考えているのではないかという気にすらなります。
 まあ1割ぐらいはその可能性もあるでしょうが、九割がたはただの無知なのだろうと思います。しかし、そうは言っても、ただわけのわからないことを言っているわけではない。やはり、世論が無視できないのだと思います。世論一般の中に、自分の貯金の利子がわずかになるから低金利はけしからん、食料品の値段が上がっているからインフレ抑えてくれ、というその程度の素朴な感覚からくる信条があるのだと思います。それで実際に金利を上げて不況になったら、失業したり倒産したり所得が下がったりして自分の首を絞めてしまう。
 これはみなさんにとってひと事ではない事態です。みなさんがやがて就職活動をするときになって、また数年前までのような不況に舞い戻っていたらどうなりますか。受けても受けても受けても就職が決まらず、諦めてしまってフリーターになって、一旦そうなったら抜け出せないまま長年人生を棒に振ってしまう。
 だからマクロ経済学は一部のエリートだけが知っていればいいものではないのです。自分の首を絞めるような世論ができないように、多くの民衆がマクロ経済学を勉強しておく必要があるのです。



 このブレーク・イーブン・インフレ率がマイナスになったという件は、bewaadさん経由で知ったのですが、そこで紹介されていた財務省サイトにあるグラフがこれです。
http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/bukkarendou/bei.pdf
 以前、久留米市の中心市街地の市民グループがやっている市民講座事業の「六ツ門大学」で講座をやってたら(今は移籍によりやめた)、やっぱり、金利が上がった方が利子所得が増えて景気が良くなるとか、通貨が強くなった方がいいとかおっしゃる受講者のかたがいらっしゃったので、延々説明して差し上げて、だんだん納得いただいたことがありました。その中でブレーク・イーブン・インフレ率の話もしたら、後の回のときに、ご自分で探されたらしく、このグラフを打ち出して持ってきて見せてくださいました。そのときは、まだマイナスではなかったけど、0.2%かそこらに落ちていたときで、ここまで下がっていたのかと驚いたものでした。そのかたも、説得が効いたのか、それを見て危機感をお持ちだった。それがよもやもうマイナスになってしまったとは。
 ちなみに、民間設備投資の前年同期比伸び率(%)は、
2004/4- 6.
7- 9.
10- 12.
2005/ 1- 3.
4- 6.
7- 9.
10- 12.
2006/ 1- 3.
4- 6.
7- 9.
10- 12.
2007/ 1- 3.
4- 6.
7- 9.
10- 12.
17.9
2.3
3.1
20
11.5
1.4
-1.9
-1.5
21.1
3.9
8
-0.8
-6.7
4.5
7.4
こうなっている。グラフと比べてみると、とてもじゃないが「九割」とはいきそうにないが、しかし有意な相関はありそうな気がする。設備投資というのは、いろんな要因が効いていそうなのに、ブレーク・イーブン・インフレ率だけでかなりの割合説明できそうに思う。どなたか、ブレーク・イーブン・インフレ率の数値データはご存知ないですか。また学生にやらせてみたい気にもなってくる。
  


「エッセー」目次へ

ホームページへもどる