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08年9月9日 三上和彦先生の学会報告コメントをします


 大学院のときの先輩の、兵庫県立大学の三上和彦さんから、9月15日に近畿大学である日本経済学会の分科会報告のコメンテーターを頼まれたので、準備をしています。
http://www.jeameetings.org/2008f/secondday2.html

 『マルクスの使いみち』でもちょっと触れましたが、三上さんは、資本主義企業だけでなくて、労働者所有企業や消費者所有企業が、それぞれどんな条件のもとで他より効率的になるのかという研究を、応用ミクロ経済学を使ってやっている人です。僕も非常に興味のある分野なので、このかんずっと注目してきました。
 例えば、一番基本的な分析では、関係主体のうち、一番リスクを被る者に企業の主権を配分するのが効率的になるという命題を出しています。普通は出資が戻らないのが一番のリスクなので、出資者に主権が配分される資本主義企業になるけど、危険な食品を食べて健康を害するリスクが重大になれば、消費者所有の生協などが効率的になるし、労働現場のリスクが重大になれば、労働者所有企業が効率的になるとしています。漁協などがそうかな。沿岸漁業の漁船程度にカネ出したぐらいで、海の男に口を出そうなんてナメたまねはできないでしょう。航空なんてのは、労働リスクも重大、出資リスクも莫大なので、たいてい労資が勢力拮抗するんでしょうね。

 で、今回の研究、
Enterprise Forms, Ownership Markets, and Capital Procurement of the Firm
は、やはり、生産物にリスクがあれば生協みたいな消費者所有企業の方が資本主義企業より効率的になるという話なんですが、消費者所有企業の場合、資金調達力が資本主義企業より劣ってしまいがちなのを解決する方法の提案になっています。
 結論的には、かえって逆に資本主義企業の方が資金調達力が劣り、そのためにケースによっては、投資リスクへの対処も消費者所有企業の方が効率的になるというものでしたが、この点に関しては、残念ながら僕は資本主義企業の定式化に疑問があって納得していません。
 しかし、ここで提案されている、資金調達問題をクリアするための消費者所有企業の仕組みはとてもおもしろいと思いました。
 会員制ゴルフ場みたいなのですけどね。前売り券というか、利用券みたいなのをあらかじめ売って、それが会員権になって、買った人が買った額に応じて意思決定に参加した上、その分ただで製品がもらえる(利用できる)というものです。そしてこの会員権は売り買いできる。
 汎用性がある仕組みではないと思いますが、使える分野はかなりあると思います。例えば、ローカル線の事業形態の一つに使えるかもしれません。定期券が同時に出資になるものです。演劇の練習発表施設みたいなのを開設する仕組みとしても使えるかもしれません。この場合、建設作業のボランティアも出資の一種と認めるといいと思います。あと、コーポラティブハウスって言ったっけ、現実にあるのかな、同志が集まって集合住宅を作るやつもこれですね。老人ホームとかホスピスみたいなのを自分達のために作ろうというときにも使えるかもしれません。
 それから、直接の消費財に限らなければ、業界の企業で共同でこういう事業体を設立して、共同インフラとか、特殊な部品の生産とか、資源の開発とかをやるというのも考えられます。
 まあこの仕組みは、会員権価格で事前調整がなされ、生産がされてしまえば過剰生産があり得ないのがいいですね。それこそ「計画経済」ができる。
 しかし、たぶんずっと商品がもらえる権利なんてのになると、会員権価格がものすごく高額になると思うんですね。三上さんもそう考えたのだと思います。論文の最後に、「信用小売組合」というのが提案されているのがおもしろかったです。消費者から小口の資金を集めて、この手の消費者所有企業のオーナーになり、配当された商品を分配する仕組みです。今後の詰めを期待したいです。

 このモデルは、前のバージョンのものを、この7月に九州大学のセミナーで報告してもらって議論しました。九大側には、無理矢理お願いして入れてもらったもので、 藤田敏之先生や堀宣昭先生にはお世話をかけました。何より、間に立ってくれた、久留米大学の僕の後任の境和彦君が一番大変だったと思います。しかしまあ、とっても盛り上がっておもしろかったと思います。

 このセミナーのあとの懇親会に行く道すがら、堀先生と労働者所有企業の話になったのですが、昔僕が簡単なゲーム理論のモデルでやった話をちょっとしました。労働者所有企業では、先輩労働者達は、自分達の労働で蓄積した生産手段の運用について、その蓄積のために働いていない若年労働者と同じ発言権でしか利用できなければ不当に感じる。それがあらかじめ見込まれると、蓄積をせずに、労働の成果をみんな喰っちゃうことが非効率な均衡解になってしまうというものです。これを防ぐには、会員権制度を導入し、新人は会員権を買うことで先輩労働者に蓄積分の補償をするのが一つの解決になります。そしたら、堀先生は、日本の年功序列制度は、インプリシットなそういう会員権制度だったのではないかとおっしゃいました。なるほどです。まあ、会員権制度がいいかどうか自体はまだ検討の余地がありますが。

 懇親会の席で三上さん達と話したのは、『「はだかの王様」の経済学』でも出てきた僕の疎外論の話では、資本家の支配が生じてしまうのは、同じ企業内の労働者どうしがばらばらで合意がとれないからということでしたけど、一般には労働者管理企業では資金調達が不十分になるのが主な理由と言われていて、それをどう調整つけるのかということでした。
 これについて、僕は、資金調達問題も労働者どうしのばらばら問題の一種と考えられるのではないかと提起しました。
 川上部門、例えば製粉工場と、最終財部門、例えばパン工場があるとしましょう。いずれも労働者が管理しているとします。他の生産手段は捨象して下さい。
 さて、最終部門の売り上げから、川上部門の労働者の所得も分配するならば、本来あらかじめ資金を用意する必要はありません。不確実性がなければこれは当然可能なことです。最終部門に不確実性があるとき、例えばパンの種類による売れ行きに不確実性があるときでも、製粉工場の労働者も、最終部門でどんなパンを作るのかの意思決定に十分参加できるならば、パンの売り上げの中から自分達の所得が払われることに何の問題もないでしょう。
 ところが、その意思決定への参加が十分出来ない時にはどうなるか。自分が合意していない判断なのに、その判断の結果パンが売れないリスクが出てきます。売れなければ、自分達のやった製粉労働に、その分所得が支払われなくなってしまいます。これは不当ですから製粉労働者も口を出したがりますが、情報通信手段の発展段階によっては、もともと物理的に無理だったりします。
 そこでこのようなときには、誰かが資金を用意し、小麦粉の代金として、あらかじめ製粉労働者の所得を払ってしまう、それによって口出し無用にしてしまうという方法があり得ます。この場合、今度はリスクは資金提供者の側にかかってきますから、資金提供者が製パン部門の意思決定に口を出し、リスクを補償する利子を要求することになります。だから資金というもの自体、労働者どうしがばらばらで合意がとれない状態があって必要になるものだと思うのです。(さらに言えば、最終部門の不確実性自体が、消費者と生産者との間の情報交流が不完全なために起こる部分が大きいので、やはりそこに帰着する。)

 だからこれを逆に言えば、労働者間の交流をうまく組織したら、必要な初期資金を少なくすることができると思います。
 例えば、三上さん式の仕組みを一部取り入れたら、こんなのが考えつきます。退職した建設労働者が労働者管理事業体を作り、地域の労働者・利用者管理の福祉事業体を作るときの建設作業を、実費だけで請け負い、その働きの分は、その福祉事業体のサービスの利用券で受け取るというようにすれば、福祉事業体設立の資金はかなり抑えることができるでしょう。しかしこういう仕組みにしたならば、福祉事業体が下手な経営判断をしてつぶれてしまっては、建設労働者の方としてはどうなるでしょうか。自分や自分の家族のために福祉サービス利用券をまだ使ってなければ、ただ働きになってしまいます。だから、このような仕組みでは、建設労働者達の方も福祉事業体の経営に口を出せるようにすべきだということになります。自分の働きに見合った満足のいく内容のサービスが受け取れるためにもそれは要りますね。

 ところで、懇親会の席で、三上さんも数年前大学を移っているので、退職金の運用をどうしているか相談してました。そしたら周囲から猛然と、
「社会主義者が剰余価値所得範疇を擁護するなよ!」
の声があがり、バカ受け。ああ、こんなサイト読んで下さっている人が結構いるのね。



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