松尾匡のページ09年11月24日 宮尾氏の件と研究会・学会はしごと筑摩新著企画
21日土曜日は一橋大学で吉原直毅さんの主宰する研究会で報告。翌22日は東大で経済理論学会の討論者とか筑摩書房の人と打ち合わせとか。その翌日23日は神戸大学で応用経済学会の討論者……とはしごして、その夜もふけてから立命館の宿泊施設に直行しました。
旅の間、こないだトップページに書いた、宮尾龍蔵神戸大学教授の日銀審議委員人事の第一報を受けた感想が、「お門違い」とか「身内集団原理」とかと、ウェブ上で悪評ふんぷんだと各地で小耳にしてましたが、やっぱり田中秀臣さんのお叱りを受けていました。すみません orz。
えー、事情をご存じないかたのために釈明しますと、宮尾君は大学院時代の友人なのです。詳しくは当人の著書の書評を書いていますので、まだお読みでないかたは、是非下のリンク先をご覧下さい。基本的立場はおわかりいただけると思います。
書評:宮尾龍蔵『マクロ金融政策の時系列分析』
まあ、私の批判は誰に対してもこんな感じですので、特に手心を加えているということはありませんので、どうかご理解を。日頃罵倒ばかりしている社共の方がよっぽど自分にとって身内のつもりなのでして...。
実を言うと、何を隠そう、宮尾君はリフレ派松尾を作った張本人なのだ!ボクが最初にクルーグマンの調整インフレモデルを知ったのは、宮尾君がそれを批判する論文を書いて(上記『時系列』本に収録)抜き刷りをボクに送ってくれたときでした。一読してクルーグマンの論理に衝撃を受け、(1)この議論は当人のしている疑似IS-LM図で記述するよりも家計の無差別曲線図でかいた方がわかりやすい、(2)クルーグマンの議論にとっては当人が言っている価格粘着性は本質的ではない(価格が今ジャンプして下落して、将来戻っていくことで低実質利子率を実現する解を排除するために入れているだけ)、(3)貨幣供給を用いるのが心配なら、これと同じ効果は現在の消費税減税と将来の消費税増税でももたらすことができる、と言ったことを返事に書いて送ったのでした。
まあ、福井体制初期のゼロデフレコミットメントつきの量的緩和について、「まあまあよかったんでない」ぐらいの合格点を出している点では、宮尾君もボクとそれほど距離があるわけではないです。人格的には非の打ち所がない人物だし、こっちから積極的に社共に反対を働きかけたりは絶対しないけど、望むらくは、国会で景気の現状、貧困の現状をどう見るか、そのことについて金融政策の果たす役割、責任をどう考えるかについて、この機会に議論を尽くして、その上で政治家のみなさんには適切な判断をしてほしいです。
ああ、そういえばトップページにも書きましたが、筑摩書房のウェブ雑誌の景気の連載、削除されたのかと思ったら、ただトップからのリンクがなくなっただけで、生き続けていたのでした。こちらからどうぞ。
景気ってなに?
政治家のみなさんは是非是非これをご覧いただき、議論の参考にして下さい。・・・って誰もこんなページ読んでないってか。
ま、この連載の出版話をまたあと↓で。
さて、連日の報告・討論のはしごの旅でしたけど、例によっていろいろ立て込んでいて、どれもレジュメが着手できていないまま土曜日を迎えてしまいました。
それで、一橋での報告レジュメを、当日朝機内で手書きで書き始めたのですが、当然機内で終わるはずがありません。あらかじめ「着くのが遅れるかも」と伝えてあったもので、幸いボクの報告は五つぐらいある報告の一番最後にしてくれています。ボクの前が吉原さんの報告なので、吉原さんの報告に間に合えばいいやと思って、国立駅の駅前の喫茶店でシコシコ手書きレジュメを書いていました。
結局、だいぶ遅れはしたものの、吉原さんの報告の前の人の報告の段階で会場に到着。そうしたら、
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みんなボクがまた交通に迷ったと思っていた!
「今どこに行ってるんだろう」というような会話をしていたらしいっす orz。
報告自体は、近年全然研究してないもので、後半、証明が完成していない予想みたいな話ばかりしたのですが、吉原さんがおもしろがってくれたみたいで、食いついてくれて二人で盛り上がっていました。彼もボクの予想にだいたい同意したみたいなんだけど、ボクは暇がないからあっちの方が先に証明できるかも。どちらかというとボクにとっては都合があまりよくない予想なので、いささかあせる...。予想通りになる数値例は今日の教授会の間に一つできたんだけど。
さてその晩、懇親会で盛り上がったあと、いっしょに参加してた同門の後輩が、同じ電車に乗って、二つ先で降りるんですよ、次で降りるんですよ、ここで降りるんですよと指示してくれたのに合わせて降りたのですが、やっぱり宿を見つけるのにちょっと苦労してしまった。で、宿で深夜から次のレジュメ書きだ。
明くる日は東大の経済理論学会(マル経の最大学会)でしたが、朝、宿の部屋に携帯電話を忘れて地下鉄駅に降りる直前で気づいて取りに戻るとか、東大の前のコンビニでレジュメのコピーをして、コピーの束を取り出さずに置いて出て会場ではじめて気づくなどのハプニングを繰り返し、なんとか討論者の役目を果たしました。森岡真史さんによる、ボクの師匠の置塩信雄の理論体系の総括報告へのコメントだったのですが、会場に居並ぶ偉大な兄弟子たちを差し置いて僭越なコメントをすることになり恐縮恐縮。
さて、そのあと午後のセッションは、これは是非出なければと思った、政経研究所の老先生、小谷崇翁の分科会報告を聞きに行きました。何年も前から、無利子無期限の国債を発行して日銀引き受けして、麻生給付金の十倍、二十倍規模の給付金をばらまけという持論を、周囲の冷笑にめげずに、毎年のようにこの学会で分科会報告されているのですが、今年はさらにスケールアップして、最賃や生活保護費引き上げ、解雇規制や労組奨励政策などとともに提唱されていました。
ボクはご報告が終わってからかけよって、「先生のおっしゃる通りです!!何年も前からおっしゃられていたのに、すぐには賛成の声をあげなかった自分を恥ずかしく思います!!」と激励しました。
先生とは、あとで懇親会の場でも話が盛り上がったのですが、マイルドなインフレで助かるのは社会で一番弱い層だ、デフレで倒産や失業でどれだけ弱者が苦しんでいるか、民主党政府は「仕分け」の清廉なイメージで世論の支持を得ようとして景気を冷やす危険をおかしている、戦前の民政党の二の舞だ云々と、持論をぶたれるのに逐一拍手喝采していました。まあ、周囲でこういうのを聞いてくれる人は少ないんでしょうね。こんな正論をいささかトンデモ論扱いのようにしてきたマル経っていったい何。
小谷先生の報告を聞いたあと、赤門近くのスターバックスで、筑摩書房の編集者の人と打ち合わせでした。狭い店内で何回爆笑したか。はた迷惑なことで。
上でもリンクした「webちくま」連載の景気の話に、1月末までにA4で50枚ぐらい追加して、春休み中かけて修正を重ね、6月ぐらいに出版するという計画になりました。ごくごくわかりやすく頑張りながら、なんとかIS−LM図を使った説明までいこうということになりましたが、さてどこまでいけるか。池×信×とか内××とかの文章はわかりやすいじゃないか。おもしろいじゃないか。こんなのに負けていていいのか。ともに頑張ろうと盛り上がりました。
データを誰でもアクセス可能なものに限り、読者が誰でもグラフを再現可能にするという方針については、存続可能かどうかは微妙。そういう表現を書いて、グラフ作成の仕方を細かく示すことが、かえって「難しそう」と読者を遠ざけるのではないかと言われて協議中です。
付属高校の出張授業で課題にかかせてみたら、なかなか良かったんだけどな。ゼミや授業の課題用テキストとして売り込めると思ったけど、そんなのは出版部数から比べたらわずかな割合で、逆にそのせいで一般売りで逃す読者の数の方が多いということだそうで...。目立たない巻末注にするとか、いっそデータに直リンクするCD-ROMをつけるとか、いろいろアイデアを出してるんですけど。
自分としては、専門家しか使わないような難しい資料を一切使わずに、誰でもできる分析だけでここまで言えるって示したことは我ながらスゴいと思っています。このタブーをはずして、専門書とか論文とかからグラフや実証結果を孫引きひ孫引きコピーしてすませば、何か権威あるように見える上にこっちは楽だからいいんだけど、ここまでやった以上ははずしたくない。その意味でもこの方針を残したいので、なんとか読者を敬遠させないところで、ぎりぎりまで頑張りたいです。
日本経済の希望の星の勝間和代さんが、かつて池田ブログで批判されたときに、コメント欄に、自分は書く時の五倍の努力を売るためにかけていると書き込んだそうです。なかなかそこまでできるものではないけど、売れてこそ、世の中に自説が広まってこそという姿勢は、見習わなければならないなあと思います。
そのあとまた会場に戻って、資料を運ぶ紙バッグが破れてコンビニまで新しい紙バッグを買いにいったりしながら、総会、懇親会に出て、交流を満喫したのですが、今年は経済理論学会設立50周年で、乾杯までにたくさんスピーチが続きました。しかし、主催校代表の歓迎挨拶の吉川洋先生(有名なマクロ経済学者)の「私もマルクスの隠れファンで...」という外野からのスピーチが一番よかったな。現代の経済学が直面する課題と混迷と挑戦を朗々と総括されて、なかなか感銘を受けました。
で、また夜もふけてから宿に帰り着いて、それから翌日のレジュメ作成だ。さすがに応用経済学会の報告論文のモデルは結構計算がややこしそうなので、事前にある程度解析はしていたのですけどね。モデルに解を作るためのちょっと恣意的な「仕込み」がいくつか発見できて、それが論文の主要な結論にいかに影響しているかということを簡単にまとめたらその晩のうちにレジュメはできました。
それで、翌朝また非効率な乗り換えをしながら東京駅にたどり着いたあとは、レジュメもできていたもので、一橋の研究会でボクが聞くことができなかった、大分大学の佐藤隆さんの論文を、ときどき寝入りながら読んで新幹線の中をすごしました。そしたらこれがすごいんだ。『資本論』の資本循環の図式から導いた運動方程式の定常成長解から、実質賃金率と利潤率の古典派的決定やら、ネットキャッシュフローの割引和から出てくるトービンのq型投資関数やらなんやらが、次々と一つの体系の中に総合されていく。こいつ天才じゃないのか。今度ゆっくり話を聞かないと。
神戸に着いてから、またも直前コピーのレジュメを持って会場に入ってみると、苦労してたどりついた割には、報告者と討論者以外には二、三人しかいないような分科会で……、まあ無事討論も終わったからいいけどね。
まあ、疲れきったけど、たまにはこういう学術三昧の旅もいいね。帰ったとたん、学問とは縁遠い日常が待っているし。
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