松尾匡のページ

10年1月12日 日欧左派政党の金融政策論


 今、筑摩書房から出る本のために、ウェブ雑誌の連載記事に追加する原稿を書いているのですけど、その中で、今やってるところが、書いているうちにだんだん政治的にヤバいという気になってきて、ちょっと怖じ気づいてきました。いやもう、ヘタレなもので、すみません。
 もしかしたら修正したり削ったりするかもしれないので、もったいないからその部分を以下にコピーしておきます。
 こんな感じになると最初から確信して、執筆と同時並行でウェブで資料を取りながら書いていったのですが、ここまで見事な結果がでるとは。

 最近、全然関係ない人に「社会主義者」とレッテルを貼りたがるブロガーがいるらしい(伝聞)ですけど、この調子だと、
わかってくれるのは彼だけだ
ということになりかねない。いや、ここは笑うところではないのかも...。

 では長くなって恐縮ですが、以下からどうぞ。英語の和訳は怪しさ抜群のボクなんかの訳ですので、ちょっとでもへんと思ったらリンク先の原文を確かめて下さい。誤訳などがあったら是非ご指摘下さればありがたいです。
*********************************

 新しい古典派や新自由主義政策に反対した立場の人たちは、もともと「左派」と呼ばれる人たちのはずでしたけど、この立場にとって、そもそも何が大事なことだったでしょうか。
 例えば、2006年に採択された欧州社会党の綱領的文書「新しい社会的ヨーロッパ」は、十の理念を掲げていますが、その二番目にあげられているのが「完全雇用」です。ラムスセンさんとドロールさんが起草したレポートでは、この項目の説明は、「完全雇用は不可能だなどと言う者がいる」という言葉から始まり、「我ら欧州社会党がとる政治選択はこうである──質の高い完全雇用は実現可能である」と続きます。完全雇用は、社会的包摂(インクルージョン)が充実したもっと繁栄した社会を作る最良の道で、人々がそれぞれ才能を発揮して福祉国家を支えるために不可欠のものとされています。そのための様々な政策の中には、労働市場政策や成長・投資戦略と並び、統一通貨ユーロのための中央銀行システムについて、「高成長と雇用創出のための経済政策」とつじつまが合うように再調整すべきことが唱えられています。
 そのもっと具体的内容は、レポートの第5章に書かれています。この章は、完全雇用実現のための戦略論に当てられているのですが、過去十数年の保守・新自由主義派の構造改革は、生産性を向上させると言いながらかえって生産性を低下させてしまったと批判し、生産性の上昇には総需要の成長がともなわなければ意味がないと言っています。いやまさにその通りです。
 そして、現行のEUの経済政策は一貫性のないバラバラだとして、雇用と成長のための包括的な政策調整を求めています。中でも特に、インフレや金融を安定させる目標と、成長や雇用創出の目標との間の、バランスの取り方を示す経済ガイドラインが必要だとし、そのガイドラインは、全欧そろった成長促進政策を確定するための基礎とならなければならないと言います。そして、ユーロ圏の財務大臣の会議(Eurogroup)を、ユーロ貨に関するすべてのことの決定機関とすべきだとしています。
 要するに欧州社会党は、現状の欧州中央銀行のあまりにも慎重な金融政策に不満たらたらなのですね。だから、物価安定も大事だけど、もっと成長促進の方にバランスを移して積極的におカネを発行する金融政策にしたい、政治主導でそのことが決められるよう金融政策決定の仕組みを変えたいというわけです。
 なお、日本の社民党も含む、全世界170の社会民主主義政党や社会主義団体からなる国際組織「社会主義インターナショナル」の綱領的文書「原理の宣言」の第57条では、人権に含まれる経済権、社会権を列挙した最後に、次のように述べています。
「決定的に重要なことは、適切に報酬される完全雇用の権利、しかも有用な雇用への権利があるということである。失業は人間の尊厳を掘り崩し、社会の安定を脅かし、世界の最も価値ある資源を無駄にしてしまう。」

 社会民主主義なんかヘタレで駄目ですか。では、欧州各国の共産党や左翼党からなる欧州左翼党が2004年に出した「欧州左翼党宣言」を見てみましょう。情勢を分析し、結成を宣言して抽象理念をあげたあと、最初に出てくる具体的な政策論が次の通りです。
「景気後退と失業増大に直面する今、『安定協定』と欧州中央銀行の方向性は、もっと別の経済社会政策のために機能するよう迫られなければならない。すなわち、社会的優先順位を完全雇用と訓練、公共サービス、そして環境のための大胆な投資政策に向けさせなければならない。」
 「安定協定」というのは、「安定成長協定」とも言いますが、ユーロ圏の国々に、財政赤字が上限値を超えないように縛りをつけたものです。「欧州中央銀行の方向性」というのは、インフレが進まないように引き締め気味の金融政策をとっていることを指しています。つまり、現行EU体制の、財政赤字削減、金融引き締めという総需要抑制姿勢を批判し、完全雇用を志向できる需要拡大を求めているということです。
 これは、欧州左翼党の07年の第二回大会で採択されたテーゼではもっとはっきり書かれています。そこでは、一連の新自由主義政策を批判する中で、マーストリヒト条約がガチガチの制約を経済政策にはめていて、この制約が、安定協定とか欧州中央銀行の硬直的な金融政策ルールとして遂行されていると指弾します。そしてそれに対抗して、自分たちの「社会・経済・環境要求」の五大原則を打ち出しているのですが、そのまさに筆頭が、
「質の高い完全雇用が必要である。雇用の不安定性に反対する。」
それを受けた二番目が、
「公的な財政介入は主導的な役割を果たす。」
 そして、その解説の中で、金融政策と財政政策とが協調した公共投資によって、域内経済の強化と、「エコロジカルに健全な」内需回復をはかり、質の高い完全雇用を目指すとされています。
 そして次が重要。そのような目的を達成するための手段として、五つあげられているうちの二番目が、
「現行の欧州通貨同盟制度を改革し、欧州中央銀行を民主的コントロールのもとに置く制度に変える。現行の安定成長協定も改める。すなわち、欧州中央銀行の役割は、インフレを制御するばかりではなくて、万人のための雇用や雇用水準の増加やエコロジカルな持続性といった政治的目的にそったものでなければならない。それゆえ、欧州中央銀行の定款はこれを保証するものに変えなければならない。」
 まあ要するに、ヨーロッパでは、「中央銀行の独立性」とかと言って、中央銀行が金融引き締め気味にしているのを放置するのは、インフレ嫌いの大金持ちの側のやること。社民系にしても共産党系にしても、左派たるものは、雇用のことも考えて不況のときは金融緩和するように、中央銀行を政治判断のもとにしたがわせようとするものなのだということです。完全雇用というものはそこまでして目指すべき価値があるものなのだというわけです。

 当然ながら、リーマン破綻恐慌後は、この姿勢がますますはっきりと強調されています。
 欧州社会党は2009年3月に経済危機問題についての党首サミットを開き、「経済危機に対抗して、成長と雇用を促進するための、強いリーダーシップと行動が必要である」とする文書を採択しています。そこでは、多くの雇用が失われる危機感を表明して、エネルギー効率や住宅や公共サービスのための野心的な投資などの政策を並べる中で、危機後金融緩和を始めた欧州中央銀行について、「成長促進的金融政策を続けるべきだ」と述べています。
 欧州左翼党はもっと明確です。危機後10月12日の執行委員会で出した声明では、内需拡大のために賃上げをしろというのに続いて、「欧州中央銀行は定款を改定して、雇用と発展の持続にとって有利な信用政策を実施するために、公共的で民主的なコントロールのもとにおかれるようにならなければならない」としています。
 その問題意識は、続く16日のブリュッセルでの記者会見で表明されているのですが、「グローバル資本主義を特徴づける新自由主義政策」の一環に「欧州中央銀行のデフレ的政策」をあげています。そして、欧州中央銀行が0.5%の利下げをしたことに対して、「遅すぎるし、絶対的に不十分」と批判し、「この理由から、欧州中央銀行の独立的性格を改め、幅広い民主的なコントロールのもとにおくべきである」と主張しているわけです。

 では日本ではどうでしょうか。社民党を見てみると、たしかに2006年に採択された「社会民主党宣言」では、「働くことを望むすべての人々が完全雇用されることを社会の大きな目標とします」という一文がありますね。欧州と比べると優先順位で見劣りがする印象がありますが。
 で、これを実現するためにどうするのでしょうか。「宣言」を見ただけではわからないので、具体的な経済政策についての声明を見てみましょう。
 2006年7月に、日本銀行がゼロ金利をやめにしたとき、社民党は又市幹事長名で声明を出しています。そこではゼロ金利をやめて利上げすることを、日銀の言葉遣いを使って「正常化」と呼び、「社民党は、今回の決定について、中央銀行の金融政策運営に関する政府からの独立性と政策決定責任を尊重するとともに、金融政策の正常化を期待するものである」と述べた後、次のように言っています。
「今回の決定は、3月の量的緩和解除に続き、超低金利を続けてきた超異例の金融政策を大きく転換することになる。金融緩和政策は、企業や銀行の資金調達に恩恵を与えてきた反面、国民に対しては、資産の目減り・収入減による生活苦などの痛みを強いてきた。」
 さらに、当時の自民党政府内で、金融緩和をやめることへの懸念の声が出ていることについて、次のように言っています。
「政府・与党は、今年3月の量的緩和解除の際にも『デフレを脱却していない』など慎重論を浴びせ、今回も閣僚間で『日銀が独立性をもってやる判断』、『解除を急ぐ必要はない』などと認識の不一致があった。日銀の金融政策に政治的思惑を持って介入するのは、日銀の独立性と日銀の政策運営の透明化を基軸とする日銀改革の意義を矮小化し、日本銀行法の定める日銀の自主性を軽視することである。」
 要するに、金融緩和は国民に痛みを与える悪いことで、これをやめるのに政治が苦言を言うことは中立性を侵すから駄目なのだというわけです。欧州の友党たちとはずいぶん違う評価ですこと。

 日本共産党はどうかなと思って、サイトを見てみたら、2004年採択の綱領では、「完全雇用」も「失業をなくす」も出てきません。「雇用拡大」さえスローガンになっていません。なんてこと。
 いや昔はそんなはずはなかったと思ったら、1976年に採択された「自由と民主主義の宣言」がサイトに載っていました。1996年に一部改正されたそうですが、根幹部分は変わっていないはずだと思ったら、失業をなくす話、たしかにありました。
「とくに社会主義日本では、物価を安定させるだけでなく、生産力の発展におうじて物価引下げをおこなう条件がつくりだされるし、不況や失業を一掃して、各人の資質、能力におうじた職業選択の自由を保障しつつ、失業のない社会を実現することができる。」
 物価引き下げが理想として語られているのは、いかにも70年代ですね。まあともかく「失業のない社会」が掲げられています。でもこんな古文書の隅の命題、みんな意識しているのかな。
 しかし、「社会主義日本」なんて今どき共産党関係者の口から聞くことも久しくなくなっていて、遠い遠い未来のことと思われているはずですから、とりあえず当面失業をなくすためにどうしようとしているのか知りたいところです。
 2009年の「総選挙政策」では、解雇規制や失業者への援助に続いて、雇用創出の話が出てきます。福祉や環境への公的支出で雇用を増やすそうです。とてもまっとうなアイデアだと大賛成しますが、金融緩和で資金の裏付けをつけないと、あまり効果はありませんね。金融政策についてどう考えているのかなと思っていたら、いくつか声明が見つかりました。
 2001年に景気悪化を受けてゼロ金利が復活し、量的緩和が始まったとき、3月23日に共産党は「日本経済の危機打開へ」と題した声明を発表しています。その中では、次のような文があります。
「日銀が金融の量的緩和や事実上のゼロ金利政策の復活を決めたことも重大です。金融の量的緩和策は、事実上のインフレ政策への転換をはかるものです。インフレになって物価が上昇すれば、国民の預貯金は目減りし、所得が減少しているもとで、ますます個人消費に打撃をあたえることは必至です。また、国民が受け取る純利子所得は、かつては年間十兆円程度あったものが、二〜三兆円に減ってしまい、この四年間だけでも三十兆円近い利子所得を奪われてきました。それが、再びゼロ金利というのでは、大銀行の利益を増やし、ゼネコン・大企業の利子負担を減らすことには役立っても、国民からはさらに利子所得をうばい、個人消費をますます冷え込ませてしまうだけです。」
 2003年2月25日、日銀総裁に福井さんが内定したときの市田書記局長の談話には次のようにありました。インフレ目標政策への評価もわかります。
「また日銀も、アメリカの圧力ともあいまって、それに追従し、ゼロ金利、超金融緩和政策など日本の金融を異常な状態にしてきた。いま政府は、国民の所得・購買力を奪いながら物価だけをつり上げる『インフレ・ターゲット』の圧力を日銀にかけている。こんな政策が実行されれば、日本経済はいよいよ危機的事態に陥ることになる。」
 2006年の量的緩和の打ち止め(解除)については、3月9日の「しんぶん赤旗」で「異常な政策の解除は当然だ」と題した主張が載っていて、次のように言っています。
「金融緩和が家計に与えた影響について日銀の白川理事は参院で次のように答弁しています。一九九一年の利子収入が続いたと想定して推計すると、二〇〇四年までに国民が失った利子は三百四兆円に上る―。
 国民の預金利子をごっそり吸い上げてきた異常な金融政策を解除し、正常化に向かうのは当然です。」
「『量的緩和』は不良債権の早期最終処理とともにブッシュ米大統領に対する対米公約です。『量的緩和』の拡大も不良債権処理の加速と一体で、小泉首相がブッシュ大統領との首脳会談で誓約しています。」
 06年7月のゼロ金利解除については、小池政策委員長の談話で次のように言っています。
「日本銀行・政策委員会は、本日の金融政策決定会合で、いわゆるゼロ金利政策の解除を決定した。世界でも例のない異常な超低金利政策の解除は当然である。
 ゼロ金利を含む超低金利政策のもとで、国民は三百兆円を超える利子所得を吸い上げられた。」




「エッセー」目次へ

ホームページへもどる