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11年3月13日 地震の日は専修大学の教室で一泊



 被災地で苦労されているかたや、悲しんでおられるかたのことを考えると、いつものプチ受難ネタの一環のように書き出すのはどうにも不謹慎に思えてならないのですが...。3月11日は、たまたま経済理論学会の雑誌の編集委員会のために上京していて、ボクも震度5の揺れと「帰宅難民」というものを経験したのです。
 委員会は7階でやっていたのですが……最初の大きな揺れがおさまったのを見計らって、階段で降りて外に出る。しばらくして、もう大丈夫だろうと、階段を上って再開しようとする。そしたらまた揺れだして階段降りて外に出る……ってなことを繰り返したもので、「会場移しましょう」ということになって、結局1階ロビーの机を寄せて、委員会を続行したのでした。
 あとから聞くと東京は震度5だったとか。時折余震が続き、消防車のサイレンが鳴る中、泰然自若の岡部委員長のもと、最後まで貫徹された編集委員会!砲音轟下の福沢講義も真っ青だ。
 気がついたら、交通が何も動いていないって。宿もないし、そもそも携帯電話が発信できないから予約できないし、友人知人に泣きつくこともできない。
 別の建物の広いロビーに、帰れなくなった学生さんたちが、三々五々集まってきているので、そっちに移ってテレビで東北地方の光景を見て、ようやく事態の深刻さを認識しだしました。つれだって近くの中華料理屋に入ったのですが、あとから何人もお客さんが「いっぱいだ」ということで断られていて、どうもギリギリのタイミングで食事にありついたみたい。別のテーブルから、コンビニの食品棚がからっぽになっているという話が聞こえてきます。
 で、大学に戻って、専修大学さんから非常用毛布とゴザをもらいました。こんなの用意しているんだ。すごい!
専修の非常用備品
学生さんたちはこんな感じ。
専修の宿泊困難者
みたら野口旭さんが毛布とりにきているじゃないですか。大学の仕事でいらしていて難民化したらしいです。いろんな奇遇があるもんだ。
 編集委員会メンバーは教室の一室をお借りできて感謝のかぎりです。ようやく電源がとれて、11月末に研究会のときお世話になった東北大の人たちにメールしましたけど、おそらくつながってないでしょうね。東北大のホームページもつながらないし、サーバー自体が止まっているのでしょう。被災者のみなさんあまねく気遣われるべきであることはもちろんですけど、とはいえついこのあいだご親切をいただいた人たちの安否は、特に気になってしかたありません。でも仙台の状況はほとんどネットではわからない...。
 まあお元気だとしても、日々生き抜くだけでも大変な状況なのだと思います。ボクなんか、何年か前の玄海地震のときに、単に研究室の本棚が倒れて本が散乱しただけで、この世の終わりのような気持ちで作業しましたけど、その何百倍何千倍の作業に邁進しておられるのだろうと思うと頭が下がります。
 その晩は、さすがに床の上にゴザ敷いただけだし、朝は寒くて眠れずに縮こまってましたけど、まだエアコンが効いているだけましで、おそらく被災地ではこれもないのでしょうね。停電したら、灯りも暖房もお湯もない。一晩位は気力でもっても、今後こんな日が続けば、お身体が気遣われます。くれぐれもご無理のないよう。何かしたくても、物流断絶する中では何を送るわけにもいかず、ひたすら祈るしかないのがもどかしいです。この文章も読んでいただけるかどうかわかりませんが、ともかくがんばって下さい。

 翌朝東京駅で先頭の自由席の位置で待ってたら、京都府大の小沢修司さんにばったり会いました。年来の主張のベーシック・インカムが最近流行りで、小沢さんすっかり時の人です。それで、ベーシック・インカムの学会みたいなのができたらしくて、それの会議だったとか。でも地震で中止にしたそうで、ボクらが委員会最後までやり通したって聞いたらあきれてた。まあ当然ですな。
 小沢さんは最近出た雑誌『POSSE』vol.8のベーシック・インカム特集でも活躍されてました。
 ベーシック・インカム反対論には、ベーシック・インカムが導入されたら賃金が下げられるとか、別の社会保障が削られるとかいうのがあるのですが、小沢さんはそんな議論に対して「敗北主義」だって反論していて。「敗北主義」とか「ケンカ語」じゃん...ケンカ売ってもって言ったら笑っていました。
 でも「ケンカ語」であることをおいておけば、おっしゃっていることは正しい。ボクから言わせれば、要は、論理の抽象レベルをちゃんと整理して議論しましょうということです。こんな制度が実現されるのは十年後か二十年後か知りませんけど、そのころには彼我の力関係がどんなふうに変わっているかわかったものじゃありません。そんなころまで、支配者側の都合のためにベーシック・インカムを利用されるだけしかない弱っちい労働運動が続いているかどうかはわかりません。こんな具体的戦術的レベルの話ならば、新古典派自由主義の郵政民営化論者が現実の郵政民営化法案は骨抜きだとして反対したこともあったし、社会主義者がスターリン派権力よりは保守政権が続いたほうがマシと動いたこともあった。年来のベーシック・インカム論者が、それが現実化されるときに、例えば賃下げに結びつくから気に入らないとして反対することぐらい、いくらでもあっていいわけです。
 こういうレベルの議論と、原則問題、本質問題として、ベーシック・インカムがいいかどうかという問題とは分けなければならないと思います。おそらく、ありとあらゆる社会変革は、現実の実行段階でブルジョワ的に歪曲されるルートがあると思います。それを理由にするならば、ありとあらゆる社会変革案に反対する議論をこしらえることができると思います。しかし、例えばマルクスは、穀物法撤廃の結果賃金が下げられ、労働者の生活は決して楽にはならないことをはっきりと指摘しながら、あくまで穀物法撤廃に賛成したわけです。
 まあ、この号は、小沢さんの文章だけでなくて、いろんな論点について賛成側、反対側両方の議論を載せていて、整理にはいいんじゃないでしょうか。

 12日は、九州新幹線が開業した日で、初日の新幹線に乗って帰ってきました。
 家の近くの筑後川の下の基礎工事は「1mごとに家3軒建つ」と言われてて、こんなもの作ってもと反対していたのですが、まさかその後自分が利用する身になるとは。
 うむむ、これは黙るしかないぞ…コソコソ…しかも立命館近くの南草津駅もこのほど新快速が止まるようになり、新大阪から新快速で行けば通勤には便利になると、一旦は期待したんです。
 ところがいざできてみたら、朝の時間はほとんど変わらず、あいかわらず博多駅で乗り換えだし、帰りは新幹線開業を見越したのか5限目ぎりぎりまで授業が入るし、いままで使っていた往復割引企画は廃止、JR西日本のエクスプレス予約割引は九州新幹線は使えず……OΓ乙。
 こないだ選挙の仕事と編集委員会の仕事の合間を縫って確定申告に行ったときに、領収書持ち込んで、通勤の交通費と宿泊費なんとかならんかと言ったのですが、一言のもとに却下されました。このうえもっと交通費がかさむようになったらどうしよう。ああ一人リフレ。

 ところで、2月2日のエッセーでお知らせした全労協での「不況は人災」講演の模様、全労協の機関紙でもかなり詳しく取り上げてくださいました(pdf,422KB)。全体的な報告記事の上に、お二人もの感想記事を載せていただき、しかもおおむね好意的で大変うれしく思います。ありがとうございます。現物も送っていただき、ありがとうございました。



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