松尾匡のページ

15年2月2日 ギリシャの同志たちの声を聞け!



 うわぁーっ組合の副委員長の役がまわってきたーーっ!
 我らが「さとーいーんちょ」から迫られたときの「学部の仕事が断れる」との殺し文句に負けてしまったわけですが、実際、ウチの経済学部は、学部長が副総長に転出したりといったことによる玉突き人事がいろいろあって、私よりずいぶん若い人が教授昇進のとたん副学部長がまわってきたり、役が終わったばかりの人がまた返り咲きさせられたり、なんだかいろいろとんでもない状態です。ただのこけ脅しとも思えず、陥落してしまったわけですが、こんなヘタレ・ヒヨリーマンに副委員長とかやらせて大丈夫なんかい。口げんかなんか最初から負けるとわかってるから人生でやったことないし。駆け引きの知恵とか一番頭が回らないテーマだし。組合の役なんて自分には一番合わない仕事だと思うのですけど。
 ああ…今年は、しばらくシノドス連載が続いてまたそれ本にまとめて、ナカニシヤ出版の共著の編集は去年から持ち越して、C社とD社の出版企画もそれぞれ進めないといけなくて、毎月のケインズ読書会とともにドブリュー読書会の再開の話があって、学部のゼミでサブゼミを始めようという話もあり……と、あいかわらず盛りだくさんの予定で、さらに学会の幹事と奨励賞審査委員の仕事もあるのですが、そこにまたすごいもんが割り込んできたものだ!
 2013年度はまだ長距離通勤しているときに入試出題委員の副査をやったら、すさまじい毎日で、自分の定期試験の出題ミスしまくったりしてバタバタになって、関係ないでしょうけど入院・手術も経験したのですが、去年はその点単身赴任して入試の仕事もなくて楽になったはず……なのに、やっぱりなんだかんだと追われまくった記憶しかないなあ。これから大丈夫でしょうか。

 というわけで、早速組合の会議や交渉イベントなどで四日連続深夜に帰るということになりました。それがちょうどシノドスの連載記事の締め切りと重なりまして、掲載は毎月末ということになっていましたが、今回もまた月をまたいでしまいました。当初30日掲載の予定だったのですが、注をあといくつか残すだけという段階になって、こんなことで止まってしまったのです。すみません。いつも楽しみして下さっている方々は、ご容赦下さい。
 それが今朝掲載されました。よろしくご検討下さい。
流動的人間関係原理からみた課税の正当化原理――左翼リバタリアンの理屈


 それにしても、世界の後藤健二さんがとうとう惨殺されて、気が滅入りますが、ちょうど去年の7月末のシノドスの連載記事で、2004年のイラクでの日本人拘束事件での「自己責任」論議について書いたところでした。
「自己決定の裏の責任」と「集団のメンバーとしての責任」の悪いとこどり
 そこでは、「自己責任」論を批判する側が、「政府には同胞を助ける責務がある」という論理を組むと、自衛隊の派兵につながるということを警告していたのですが、案の定、先日こんな報道がありました。
邦人救出へ自衛隊活用=首相、法整備に意欲―衆院予算委
 まったく、ますます気が滅入る話で、これから闘う気力がなくなってきます。いつもこんなのばっかりで、我が陣営には見向きもされないのに、官邸に読者がいるんじゃないだろかって──全く笑えない冗談だ。


 さて、1月27日の日本共産党さんの機関誌『赤旗』は、25日のギリシャの急進左翼連合(SYRIZA)の「歴史的な勝利」を、まるで我がことのように力強く報じています。

ギリシャ 反緊縮政権へ/ユーロ圏で初めて/総選挙 急進左派が第1党

まことに祝賀の至り。日本共産党のみなさんと共に、この歴史的勝利を心から喜びたいと思います。
 ところで開票に先立つ1月24日の『赤旗』は、急進左翼連合が反緊縮の大集会を開いた様子を伝えています。

生活破壊の緊縮ノー/急進左派連合が集会/ギリシャ総選挙前に

そこでは、今や首相になったツィプラス党首の発言を「サマラス首相は若者の雇用を奪い、未来を奪った」「食料のない子ども、ベッドのない病院、水道のない住宅をギリシャからなくす」と引用し、「大学を出た後も、息子と娘に見つかる仕事は短期のアルバイトばかり。2人とも人生に失望しかけている。政治を変えることで、子どもたちにもう一度勇気を与えたい」と語る集会参加者の声を伝えています。

 同紙では、このように急進左翼連合と支持者による、反緊縮の熱い闘いを伝える紙面の、見開き反対側で、「欧州中銀が量的緩和」と題して、欧州中央銀行の初めての量的緩和開始を伝える記事を載せています。
 この記事には、「量的緩和とは」と題した解説文がついていて、そこには「投機で経済ゆがむ」との見出しがあります。この記事は、ウェブでは掲載されていないので、ここで文面を引用しておきましょう。

 中央銀行が民間銀行から国債などの金融資産を大量に買い入れることで、市場に出回るお金の量を増やそうとする金融政策。金利の低下などを通じて経済活動を活発にし、物価を押し上げるとされます。
 しかし、実際には生産や消費を向上させる効果があがらず、緩和マネーが投機を加熱させ、経済にゆがみをもたらします。中央銀行が大量に買い入れた金融資産を、量的緩和をやめるときにどうするかといった「出口戦略」も不明です。……

 このように、極めてはっきりと量的緩和政策に反対の立場からの解説をしています。ここには、日本のだからダメだとか、アメリカのだからダメだとかの限定は何もないです。欧州中央銀行の量的緩和開始の記事の隣にそれを解説する形でついているので、誰が読んでも、その欧州中央銀行の決定を批判する文章になっています。
 そんな記事の中で、量的緩和決定に至る過程での議論が報じられており、そこでは「ユーロ圏主要国のドイツは、「投機的」格付けのギリシャ国債などをECB(欧州中央銀行のこと──引用者)が買取ることに激しく抵抗。国債購入に財政支援の効果が生じ、南欧諸国が財政健全化や構造改革の手綱を緩める危険があると訴えました」と書いた上、さらに「独最後まで反対」との小見出しを立てて、「財政状況の厳しいギリシャの国債までも購入対象にすることなどに、ドイツが最後まで反対しました」としてあります。
 これを読んだ読者は、「そんな悪い政策に抵抗したドイツ政府の姿勢を我が共産党は支持しているんだな」と理解するのが自然だと思います。

 では、日本共産党さんの言う「歴史的な勝利」をおさめたギリシャ急進左翼連合は何を訴えていたのでしょうか。
 ギリシャ急進左翼連合は、EUの「欧州左翼党」のメンバー政党なので、欧州左翼党のホームページに、1月20日づけで、ギリシャ急進左翼連合の今回の選挙での訴えが載っています。

The Government of the Left: What will SYRIZA do!

ここには、次の一節があります。

Finally, the European Central Bank should use the quantitative easing policy to buy directly government bonds. We hope that this policy will be adopted at the ECB Board meeting on January 22.

(拙訳)最後に、欧州中央銀行は量的緩和政策を使って直接に国債を買い入れるべきである。我々は、1月22日の欧州中央銀行理事会でこの政策が採用されることを望む。

 ちなみに、ドイツ政府に関しては、次のような言及があります。

The German Government has itself violated the 6% limit in trade surpluses in pursuit of its national interest. It is inconceivable that the same government will ask SYRIZA to agree and implement policies that we have rejected since 2010, policies we will be elected in order to abolish.

(拙訳)ドイツ政府は自分たち自身が国益のために貿易黒字の6%制限を破っておきながら、その同じ政府が我々急進左翼連合に、我々が2010年以来拒否している諸政策に合意し、それらを実行せよと言ってくるのは全く理解不能なことである。もちろん、こんな諸政策はやめにするために我々は選ばれようとしているのである。

 もちろん、ドイツ政府は先の『赤旗』記事からもわかるように、財政健全化を迫っているわけですが、急進左翼連合は次のように公約しています。

It will create new fiscal deficits. It will lead the country to social reconstruction and a sustainable economic recovery.

(拙訳)それ(SYRIZAの国家再建プラン)は新たな財政赤字を作る。それによってこの国の社会再建と、持続可能な経済回復につなげる。

こんなふうにも言っています。

We reject the logic of unrealistic primary surpluses which are a synonym for austerity, identical with austerity.

(拙訳)プライマリー・バランスを黒字化するなどという非現実的な論理は拒否する。これは要するに「緊縮」ということにほかならないからである。

 さらに、欧州左翼党のサイトでは26日づけで、同党や社会運動団体や労働組合がこの23、24日にバルセロナで開いた「第1回南欧フォーラム」で採択した「バルセロナ宣言」を載せています。そこでは、ギリシャでの勝利を受けて、「メルケル主義は無敵ではない。緊縮政策は止められる。欧州は変えられる。」として、10の政策を掲げています。

 そのうちまず、一番目の「ヨーロッパのためのグリーン・ニューディール政策」と称する項目では、1930年代のようなデフレに陥る寸前だという現状認識に続いて、次のように言います。

Europe could and should collectively borrow at low interest rates to finance a program of economic reconstruction, ecological transition, and sustainable and social development with emphasis on investment in people, social protection, public services, energy, technology and needed infrastructures.

(拙訳)低い金利で欧州全体として借りた資金によって、経済再建やエコロジー的転換、持続可能で社会的な発展──特に、人への投資や、社会防衛、公共サービス、エネルギー、技術、必要なインフラへの投資──のためのプログラムをまかなうことができるはずだし、そうすべきである。

 二番目の「失業をやっつけろ」では、ユーロ圏、特にギリシャとスペインの高失業率をあげて、次のように言います。

We urgently need a major job creation plan, which will create, through targeted European and national public investments supported by the ECB, secure, stable and dignified employment and viable life-prospects for millions of Europeans, especially young people, women and immigrants who have been brutally victimized and relegated to social exclusion.

(拙訳)早急に、大規模な雇用創出計画を立てることが必要である。欧州中央銀行によって支えられた、全欧的あるいは各国的な、狙いすました公共投資によって、何百万人ものヨーロッパ人に、安全で安定してかつ尊厳のある雇用と、明るい人生の見通しを創出しなければならない。特に、無惨に虐げられ社会的排除へと追いやられてきた若者、女性、移民たちのために。

 三番目の「協同組合と中小企業に向けた信用の拡大」では、社会の必要なことを担っている協同組合や中小企業が経済危機で資金が借りられないがゆえにたくさんつぶれてしまっている現状を指摘した上で、次のように言っています。

Extraordinary times require non-conventional action: the European Central Bank should follow the example of other Central Banks all around the world and provide cheap credit to banks, on the strict pre-condition that those same banks increase their lending to small and medium-sized enterprises by a corresponding amount.

(拙訳)非常時には非伝統的行動が必要である。欧州中央銀行は、世界中で他の中央銀行がやった例にならい、諸銀行に安い信用を供与すべきである。ただし、厳密な前提条件をつけること。それは、それらの同じ銀行は、それに対応する量、中小企業への貸付を増やさなければならないという条件である。

 五番目の「ちゃんとした欧州中央銀行──銀行にとってだけでなく、加盟国にとっての最後の貸し手」では、次のように言います。

The commitment to act as lender of last resort should be unconditional and should not depend on the conditioning or submission of a member state's agreement to a reform program with the European Stability Mechanism.

(拙訳)最後の貸し手として行動するとの約束は、無条件でなければならないし、加盟国が「欧州安定メカニズム」の改革プログラムに合意するという条件づけとか約束文とかに依存してはならない。

 要するに、欧州中央銀行が量的緩和で加盟各国の国債を無条件で買い入れ、その資金でもって景気対策を行って雇用を拡大するということです。

 それにしても、上にリンクした急進左翼連合の訴えの文章、英語の不自由な私でも読んでいて血がたぎりますね。是非実際に読んでみて下さい。気が滅入っていたところでしたけど、これを読むと元気が出ます。きのうまた組合の関係で、昼間フォーラムのイベントに出たら、首都圏学生ユニオンの活動家の学生さんがいろいろがんばってる様子を報告されていて、若い世代に希望を感じたところ。そんなこととかも思い出してると、なんとか闘う気力が取り戻せるかな。



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