松尾匡のページ

16年5月25日 内閣不信任案作戦は解散の責任をあいまいにする



※ 不信任案、淡々と否決されましたね。取り越し苦労でよかったです。(5月31日追記)


 個人ホームページのエッセーなんか書いている暇は本来ないのですが、そうも言っておられない事態だと思いますので、急ぎ書きます。

 今度、シノドスさんの久々のセミナーに、光栄にも講師をしろと言うことで、6月12日に話をしに行きます。お時間とおカネが許せば、ぜひご参加下さい。

【シノドス・セミナー】この経済政策が民主主義を救う──本当に勝てる野党を作るために

 そしたら、内容宣伝文を書けと言うので、上記リンク先のように書いたのですね。
 私は、このかんずっと、今度の参議院選挙は100%同日選挙になると言ってきたのですが、さすがに熊本の地震が起こったのを見たら、あさはかにも「ああやっぱり同日選はなくなった」と思ってしまったのでした。それで、上記リンク先の取り消し線のところの文章のように、「熊本震災の影響もあって、当初予想された同日選挙は回避され、総選挙決戦は半年ほど延ばされる公算が高くなっています」なんて書いてしまったのでした。
 そしたら上の宣伝文を掲載いただいた翌日、やっぱり同日選あるかもという報道がなされました。びっくりして焦りましたよ。こんな宣伝文を書いて、いざはずれて同日選になったら、お客さん入らなくなるじゃん(笑)。

 今日の読売では、同日選見送りって出ていますね。読売さんは安倍さん周辺へのコネがいっぱいありそうで、確度は高いのですが、いったいどっちなのでしょうか。よく考えてみたら、同日選挙があるという可能性も捨てきれないのですけど。

 熊本の地震が起こった時、同日選がなくなったとなぜ私は考えたか。
 マスコミなどが言うように、「被災地がこんな大変なときに、衆議院選挙で負担をかけるなんて!」と安倍さんが非難にさらされて、自民党の票が減るからということももちろんあります。しかしそれだけではありません。
 地震のせいで部品工場などが被災して、あちこちで生産がストップしていました。そのために鉱工業生産が減少し、4-6月期のGDP速報はマイナス成長になるかもしれません。この影響もあって、7月の参議院選挙のときの景気状況は安倍さんにとって十分なものでなくなる可能性が高いです。
 しかし、この生産低下は、総需要が少ないせいで起こったことではなくて、供給側の生産能力破壊によるものです。総需要側はどうなっているのか考えてみると、今、三月の補正予算と今年度予算を前倒し発注しています。国交省の「建設工事受注動態統計調査報告」によると、建設工事の3月の受注高は、前年3月の値よりも20.6%高くなっています。さらに今後は、消費税増税延期をして、マイナス金利が導入されて半年を迎えて金融政策の効果が現れる時期になりますので、さらに総需要拡大にはプラスになります。
 そしてそこに、震災復興需要が加わってくることになります。
 それゆえ、7月の選挙の頃は、地震で壊れた生産能力が復旧して生産が戻るのと同時に、総需要拡大策の効果が見えはじめ、景気の回復期待が一般に広がっている状況になっているものと思われます。

 したがって、参議院選挙は自民党に有利な状況で迎えることになるとは思いますが、当初私は、総選挙をするにはまだリスクが高いと思っていたのでした。安倍さんにとっては、悲願の改憲のために、3分の2議席を取るのが至上命題です。たしかに、さすがに政権を失うことはないぐらいに景気は回復すると思いますが、それぐらいで安倍さんにとって満足がいくはずはありません。
 上記の一連の総需要拡大効果は、7月の選挙以後が本格化します。また、サミットまでは金融の追加緩和はアメリカの圧力などで手が出せなかったと思いますが、サミットが終わったらやるかもしれません。その効果が出るのは半年ぐらいたってからになります。
 そして、予算の前倒し発注は秋には息切れしますので、それまでにまた補正予算を組んで、大規模な財政出動をするでしょう。
 さらに、消費税の増税は延期します。
 そうすると、本格的な好況感は、年末以降に感じられることになります。

 だから私は、総選挙は年末以降、本格的な好況の頃を狙ってくると思ったのです。それゆえ、地震後の当初は同日選はないだろうと思ったのでした。

 私のような普通の人間は、一年以内の間に解散を二回するなどということは、最初から頭に浮かびません。でも、安倍さんは普通の人ではないのです。それに気づいたら愕然としました。やっぱり解散してくるかもしれない…。

 7月に同日選挙にして衆議院の議席が仮に少し減る結果になったとしても、年末以降また解散総選挙をすれば、それを取り戻した上に、自民単独でも3分の2以上の改憲議席が十分狙えることになります。
 参議院そのものにとっては、同日選挙でないよりは同日選挙にした方が、自民党には有利になります。その方が野党共闘の妨げになるし、衆議院側の後援組織を効果的に動員できるからです。
 そして何より、年末以降また総選挙をして改憲議席を取るためには、そのとき確実に好景気にしなければなりませんので、消費税増税の延期と大規模財政出動の補正予算は絶対に必要です。しかし、これらには財務省が全力で抵抗するのは確実です。
 だから安倍さんにとっては、消費税増税延期と、国債発行をいとわない大規模財政出動について、「民意を問う」と称して総選挙するメリットが出てくるわけです。余程議席を減らすことがなければ、有権者の承認を得たことになり、財務省の抵抗を押し切って強行できます。

 もちろん、今、自民党側は必至で世論調査していると思います。それで、自民党があまり議席を減らすような予想が出ているならば、解散に踏み切ることはないでしょう。(参議院だけでも消費税増税延期と大規模財政出動の「民意を問う」ことはできないわけではない。)
 しかしそうでないならば、解散のデメリットはなく、メリットばかりということになります。
 唯一のひっかかりが、地震が起こった当初の大方の観測です。「被災地がこんな大変なときに、衆議院選挙で負担をかけるなんて!」と非難を受けることです。

 ところが今、野党が内閣不信任案を共同提案する運びになってきています。言うまでもなく、これは解散の口実になります。
 おそらく選挙をしたくないのであろう自民党の政治家が、さかんにこのことを言って野党側に「警告」していますが、問題は、不信任案を出したら解散するかどうかではないのです。
 不信任案がなければ、もし解散したとき、「被災地がこんな大変なときに、衆議院選挙で負担をかけるなんて!」という非難は、もっぱら安倍さん側が受けることになります。しかし、不信任案が出されて、それへの対抗で解散した場合、この責任があいまいになります。世論には、かえって野党側が解散を誘発したというイメージがついてしまいます。

 たしかにおそらく、もし解散するならば、内閣不信任決議案が採決される前にすると思います。しかし、私のような小心者は、こんな最悪のシナリオも、妄想してしまいます。
 内閣不信任決議案を審議する衆議院の本会議で、自民党議員が反対討論で、「被災地がこんな大変なときに、どうして不信任案なのか」と言って、不信任決議の採決そのものに反対すると称する。そして、自民党議員がみんな退席するということです。そしてわざと可決させる
 もちろん、不信任案が可決されたのに対抗して解散することは、大義銘文万全の憲政の常道になります。
 そうすれば、被災地に負担をかける責任はすべて野党にかぶせることができます。

 不信任案は、たぶん経済問題を理由にあげると思いますが、そうしたら安倍さんがそれを受けて、消費税増税延期と大規模財政出動を表明するわけです。すると、野党側はそれを不信任したという構図にできます。こうして、安倍さんは消費税増税延期と大規模財政出動を公約にして、景気対策を掲げる自民党vs景気対策に反対する野党という図式で選挙に持ち込むことができます。

 こんなことを考えたら、安倍内閣を不信任する理由はいくらでもあるけれども、今のタイミングで出すのは大変マズかろうと思います。
 このエッセーをアップしたら、すぐに、野党各党にリンクメールを送ってお願いしようと思います。みなさんも賛同されたならば、お知り合いに野党の有力者がいたらご意見して下さい。



「エッセー」目次へ

ホームページへもどる