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16年6月10日 欧州議会で「人民の量的緩和」コンファレンス



 けさ、トップページに書きましたが、山本太郎さんがまた日曜討論ですばらしい発言をされていました。6月5日の放送のものですが、こちらに文字起こしされていますので、是非ご覧下さい。動画も最後まで「その通り!」拙著お読みいただいただけで、ご自分の頭でこれだけ具体的な数字を出した政策論に落とし込み、見事に政治的言葉にして語ることができるなど、私ではとてもできないことで、本気で感服するばかりです。(数字確かめてはないですが。)

 いやあ、サンダースさんの演説動画とか見ていると、日本にこんな政治家は現われないのかと悲しくなりますけど、やっと希望が持てるかな。
 ちなみに、サンダースさんの演説動画といえば、最近のこれは涙が出ますね。最後に愛は勝つ!
サンダース候補:この国をみんなで変える、一緒に変える(日本語字幕)

 さて、中央銀行が量的緩和で作ったおカネを使って、庶民の生活のために直接政府が支出するというアイデアは、日本のメジャーな政治家では山本太郎さんぐらいしか言っていらっしゃいませんが、世界の左派系では普通のことだということは、これまで何度も書いてきたとおりです。
 特に有名なのが、イギリス労働党のガチ左翼党首コービンさんが、昨夏の党首選挙に際して掲げた「人民の量的緩和」ですね。
 この「人民の量的緩和」という概念、今や欧州中に広がっていまして、欧州にはこれを要求するQuantative Easing for Peopleという団体ができています。リンク先のサイトでは、量的緩和や中央銀行による財政ファイナンスのさまざまなアイデア(元祖人民の量的緩和、ヘリコプター・マネー、戦略的量的緩和etc...)についての、論文や解説文、解説動画の詳細なアーカイブがあります。
 このサイトには、プレスルームのコーナーがあって、そこには、今年2月17日に、欧州議会を会場にして、人民の量的緩和についてのコンファレンスが行われたという報告が載っていました。とても重要な情報だと思いますので、以下に訳しておきます。例によって英語の不自由な私の訳なので、決して信用なさらず、英語の読める人は原典にあたって下さい。私は英語が苦手なのに、なんで欧米左派系金融緩和政策論の紹介をいつまでたっても一人でやっているのだろう。欧州が専門の人とか、英語のできる活動家とか、いっぱいいらっしゃると思うので、是非このサイト内の情報だけでも訳していただいて、早くこんな作業からは足を洗いたいところです。
 なお、私による補足文は[ ]で囲ってあります。(6月12日ちょっと修正。)

Highlights:QE for People Conference at the European Parliament

ハイライト:欧州議会で人民のための量的緩和コンファレンス
スタン・ジョーダン 2016年2月25日

 2016年2月17日、欧州議会の三人の議員が議会内でコンファレンスを開催し、量的緩和への対案──人民のための量的緩和と呼ばれる──についての議論を呼びかけました。このイベントの結論によれば、人民のための量的緩和は、ユーロ圏において可能であるし必要だということです。

 モーリー・スコット・ケイトー[欧州議会議員・イギリス緑の党]は、コンファレンスを楽観でもって始めました。すなわち、「私たちにとっての最も深刻な経済問題のいくつかに対する、かくも明白な解決法」への賛成を表明することから始めたのです。
 ポジティブ・マネー[中央銀行が借金の対価としてでなく政府に通貨供給するアイデア]の研究者であるフランク・ヴァン・レルヴェンが議論の口火を切り、「ユーロ圏の復活:実体経済を刺激する貨幣創造を利用して」(Recovery in the Eurozone, Using Money Creation to Stimulate the Real Economy)と題するレポートの主要な結論を簡潔に発表しました。これは、今年はじめ、「ポジティブ・マネー」が出版した報告書です。ヴァン・レルヴェンによれば、欧州中央銀行の金融政策のあらゆる波及経路はうまく機能しておらず、そのことから、量的緩和プログラムが実体経済に到達することに失敗している理由が説明されるとのことです。

 次の発言者は、特別ゲスト、リチャード・ヴェルナー教授でした。ヴェルナーは、1995年に日本銀行にアドバイスしたときに、最初に量的緩和というものを提案した人です。ヴェルナーは、彼がそのときに言いたかったことを説明しました。「もともとの量的緩和の定義は、GDPに貢献するトランザクション(取引)のための貨幣創造だった。」彼の説明では、「しかし、諸国中央銀行はそれを台無しにしてしまった」とのことです。

「中央銀行は何十年にもわたって公共財のための貨幣を作り出してこなかった」


 ヴェルナーが聴衆に注意を喚起したのは、通常、貨幣というものがどのように作り出されるかということです。民間の銀行が、貸し出しをするときに貨幣を作り出すという経路を説明したのです。貨幣創造についての民間の銀行の独占の結果として、「中央銀行は何十年にもわたって公共財のための貨幣を作り出してこなかった」と言います。このことに目を向けなければならないのです。リチャード・ヴェルナーが提案しているのは、「戦略的量的緩和 (StrategicQE)」です。これは持続可能的な投資をめざすものとされています。また、彼は「ニュー・エコノミック・ファウンデーション」と共著のレポートを書いています。この中で、やはりこの運動をサポートしています。

 引き続いて、エリック・ローナーガンが説得力のある発表を行いました。なぜ欧州中央銀行がEUのすべての家計に市民配当を配る必要があるかということです。ローナーガンによれば、このいわゆるヘリコプター・マネー計画こそが、来るべき景気後退に対処するための最後の唯一の道なのです。これは、目下ユーロ圏が用意していないコンティジェンシー・プラン[不測の事態に備えた計画]になるだろうとのことです。

 ローナーガンが強調する事実は、この提案は実際のところとても伝統的な経済学であり、現行の量的緩和プログラムの規模と比べたらとても穏健な政策だということです。ローナーガンによれば、私たちが必要とするのはGDPの2ないし5%ぐらい(1人当たり600から1500ユーロ)で、それだけあればユーロ圏の産出ギャップは埋めることができるということです。これは、現行の欧州中銀の量的緩和プログラムの規模のなかではほんの一部にすぎません。

 のみならず、ローナーガンの考えでは、現金給付は財政政策よりも優っています。なぜなら、財政政策を民主的に決定するのと比べたら、ヘリコプター・マネーはもっと機敏に実施できるからです。

「人民の量的緩和はマイナス金利と比べたら全然実験的ではない」

 彼が強調する事実は、このオプションは単に合法的だというだけでなく、実際のところ欧州中銀にとっての法的な義務だということです。というのは、この方法は究極のところ、物価の安定という欧州中銀の目的にかなう最良の方法だからです。

 かれはまた、今議論になっている、経済刺激のためにマイナス金利を使うことについてとりあげて、「それが機能するという証拠はない」と言いました。それと比べて、人民の量的緩和は全然実験的ではないとローナーガンはみなしています。

 フランス政府アドバイザーのフレデリック・ボッカラは、現行の量的緩和プログラムの欠点を強調しました。つまり、格差を助長するというのです。彼は、我々はもう一つの量的緩和を必要としていると論じました。それは「人々の発達と能力をサポートし、良い仕事による、良い、エコロジカルな生産をサポートする」ものです。彼は、量的緩和は、公共サービスと中小企業の双方をファイナンスするべきだと提案しました。そのために、「共同のエコロジー的社会的発展のための欧州基金 (European Fund for Common Ecological and Social Development)」を提案しています。

 この基金は、リスボン条約123条2項による欧州中銀の融資系列につながるものとされています。同条項によれば、公有の信用機関は、欧州中銀の融資にアクセスすることが認められています。さらに、欧州中銀は、銀行に資金を流すあり方を改めて、それが実体経済を潤すようにするべきだと付け加えました。

 最後に、フランシス・コッポラは、人民の量的緩和に対する様々な反対意見や障害をすべてレビューしてみせました。第一のものは心理的なものです。人々が無から何かを得るというアイデアは、メインストリームの人々にとって受け入れ難い議論だということです。
 二番目の問題は、これらの提案が欧州中銀の権能に合致しているかということです。目下のところ、欧州中銀はそのインフレ目標を満たしていません。そしてこれこそがまさに、人民の量的緩和が興味深い提案であるゆえんなのです。コッポラによれば、ハイパーインフレへの懸念は誇張にすぎません。なぜなら、欧州中銀は、貨幣を流通から引き揚げる必要ができたときには、通常の政策手段を依然持っているだろうからです。「発行された貨幣を直接に実体経済に出すと二度と引き戻せないというような考え方は、単純に誤りです」とコッポラは言いました。
 コッポラはまた、量的緩和によって、長期的な投資をサポートすることと、短期的に、市民配当を通じて需要を拡大することは、補完的なものだということを強調しました。

民間の銀行はグリーン転換に資金を出したりしない
 フロアからは、フェアフィン(FairFin)のフランク・ヴァネルショットが、「グリーン量的緩和」を急がなければならないと強調しました。2050年までに欧州で100%の再生可能エネルギーを手にすることは技術的にも経済的にも可能だということは、私たちは知っている。しかしスタートボタンがない。それは、銀行が融資しないからだ。量的緩和はこのことを考えると興味深いものだというわけです。

 欧州議会議員のモーリー・スコット・ケイトーは、GDPのことだけ考えることを超える必要性を強調し、「グリーン量的緩和」を重視することを表明しました。「あなたはこの議会に来て、可能なことをはじめることを、とても速やかに学びましたね。欧州中銀に欧州投資銀行の債券を買わせることは、まさに起こってほしいことです。だから私個人は、このことに注目します。」

 ドイツの欧州議会議員、ファブリオ・デ・マシ[ドイツ左翼党]もまた、欧州中央銀行は、人民の量的緩和を行って、EUレベルでも各国レベルでも、[公的]投資プログラムへの融資を促進するという明確な義務を負っているという見方を共有しました。デ・マシは、市民配当への投資が望ましいと表明しました。というのは、そのような投資は構造的変化ための鍵だからです。さらには、「分配問題は、資本と労働の間の社会的闘争であり、私たちがこれを止めるための魔法の杖を持っているとは思わない」ということです。

もう一回不況がきていいのか?

 「ミルトン・フリードマンがこの会合を見たらなんと思うだろうか」と、欧州議会議員ポール・タン[オランダ労働党]は言いました。「彼は恐怖にかられるに違いない。だって、彼こそがこのアイデアを打ち出した張本人なのに、今や私たちはこれをひっくり返したからだ。彼は、政府がなるべく政策をとらないことを推奨したのに、私たちはその反対を要求しているから。」

 「この議論はとても現実の問題に直結しています。というのは、私は欧州が陥っている経済状況がとても気になるからです。」ポール・タンはこう言って、続けました。「経済学者として、私は、投資が足りないことを気にしています。これでは、民間の債務問題や経済停滞から抜け出すことが、ますます困難になるからです。事態が悪化していくことを懸念しています。」

 財政刺激なしには、金融政策はこれ以上なにもできないという事実については、合意が得られました。「誰かがこの輪を壊さなければならない」とファブリオ・デ・マシは言います。マシ議員いわく、「金融政策はひもみたいなものです。引っ張ることはできるけど、押すことはできません。超低金利になっているのに、投資が興っていません。私たちは、「安定成長協定」のガチガチの枠にはめられて、公共投資を全然できないでいます。金融政策だけをするのでは、伝統的な金融政策の手にあまる仕事をさせているのです。必要なのは財政刺激です。そのひとつの方法が、この財政刺激をマネタイズする[中央銀行の作ったおカネでまかなう]ことなのです。」

「欧州はリーダーシップを見せるべきだ」

 「ここで鍵となるのは、欧州がリーダーシップとイノベーションを示さなければならないことです」とローナーガンが主張しました。「今起こりつつある最も景気悪いことは、他の国がこれをやってそのあとで、二、三年待ってから私たちがそれをコピーすることです。そのために、経済的、社会的、人的資源を無駄にしてしまうこと。これは全くの恥辱になります。」

 彼は続けました。「私はこれがこれまで真剣に取り上げられたことはなかったと思います。ヘリコプター・マネーは、全くぞんざいにしか検討されてきませんでした。欧州中銀は、適切な資源をこの検討のために費やすべきです。」

 エリック・ローナーガンは次のように言って締めくくりました。人民の量的緩和は穏健な手段であり、「マリオ・ドラギ[欧州中央銀行総裁]はとても、大胆で、議論の余地のある決定をとってきたのです。人民の量的緩和を行って諸個人や家計におカネを注入することが、彼らにとってそんなに大きな飛躍とは思えません。欧州中銀がこれをすることは、民主的に合法でしょうか。事実は、これは、ユーロ圏で長い長い間人々が見たことがないような、最良のこととなるだろうということです。」

議論全体はこちらをご覧下さい。





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