松尾匡のページ16年7月15日 欧州議会左派系18議員ヘリマネを要求
今回の参議院選挙の結果についての知人の感想によれば、「最悪の方針のもとで、よくここまでがんばった。」
いやまったくおっしゃるとおり。いわゆる改憲勢力ぎりぎり3分の2、自民単独ぎりぎり2分の1でとどめたのは、野党共闘などで力を出しつくした民衆のがんばりの成果というほかありません。全く頭が下がります。おつかれさまでした。
しかし、努力と戦術でできることはやりつくしたのであり、あとどうがんばってもこれ以上の成果を得ることはできなかったでしょう。
そもそも、自民党が改選過半数を得て、結局議院内で自民単独過半数、いわゆる改憲勢力3分の2を実現できるまで行ったことは、どう言いつくろおうが、安倍さん側の圧勝と言うほかありません。この大きな流れを、変えることのできない与件のようにみなして総括してはならないと思います。
思い出して下さい。安保法案強行採決がなされて、安倍内閣の支持率が底をついていたとき、参議院選挙がこんな結果になると思っていましたか。
どうしてあんな無茶苦茶がなされながら、大きな流れとしてこんな選挙結果になることを止めることができなかったのか、真摯な総括が必要でしょう。
例えば18歳選挙権が導入された件ですが、NHKの出口調査によれば、18歳、19歳の回答者は、比例代表では、自民党に投票した人と答えた人が42%と最も多く、次いで民進党が20%、公明党が10%などということです。
そのほか、共同通信の出口調査でも、「18、19歳の比例代表投票先は、自民党が40.0%でトップ、民進党19.2%、公明党10.6%」ということでした。
朝日新聞の出口調査でも、「自公両党に投票した割合は20代が最も高かったが、18、19歳はそれに次ぐ。自民への投票だけでみても、20代に続いて18、19歳が2番目に多い」とのことでした。
では、若者は右傾化著しいのか?
そんなことないのです。NHKの出口調査では、10代の回答は、憲法改正について、「「改正する必要がある」は22%、「改正する必要はない」が26%、「どちらともいえない」が52%」となっていて、改憲反対の方が多いのです。共同通信の出口調査でも、「憲法改正の賛否については賛成46.8%、反対47.2%」ということで、反対の方が上回っています。
どうして改憲反対なのに自民党に入れる人が多いのか。
日テレNEWS24の出口調査では、18歳、19歳の回答者が「投票の際に重視した政策」の1位は、断トツで景気・雇用対策で29.6%だとのことです。2位が教育政策で13.9%です。
そして、アベノミクスを「評価する」が53.7%、「評価しない」が39.0%で、14ポイント差で「評価する」が上回っているとのことです。「すべての年代を合わせると「評価する」が「評価しない」を上回ったのはわずか2ポイント差だったから、10代はアベノミクスをかなり積極的に「評価」している」と分析しています。NHKの出口調査でも、アベノミクスについては、「大いに評価する」、「ある程度評価する」と答えた人は合わせて64%で、「あまり評価しない」、「まったく評価しない」と答えた人は合わせて36%と報道されています(こちらの報道)。
つまり、高校生、大学生にとって、最も切実な問題は、就職できるかどうかということなのですね。
実質賃金が下がろうが、彼らにとってはあまり問題ではありません。就職できるかどうかは人生がかかっています。そうすると、「今の野党の経済政策で、安心して票を入れるか」ということです。
イギリスのEU離脱投票のあと、円高・株安が進んで、世界経済も大混乱に陥ったとき、私のゼミの三回生の学生たちの話では、自分たちが就職活動するときには就職氷河期になるのではないかという話がかけめぐっていたそうです。もともと自民党有利と覚悟していた私も、その話を聞いた時には背筋が寒くなりました。そんな状況で野党に入れる勇気のある学生はどれだけいるだろうかと。
ところがそのときの野党側の対応ときたら、「アベノミクス破綻、ヘイヘーイ!」と喜んでいるとしか思えないものでした。
もしそのとき、「日銀はもたもたせず臨時政策決定会合を開いて追加緩和を決めろ、政府は円売り介入しろ、アメリカの顔色を伺って日本経済を危機に陥れるなどけしからん」と叫んでいたならば、選挙に向けて大いに得点を稼げたところでしょう。
ところが実際やっていたことと言ったら…。「アベノミクス破綻、破綻」と言えば言うほど、経済の先行きに危機感を感じた有権者は自民党にすがるようになる。みんなが景気の先行きに希望を感じる魅力的な対案があれば別ですけど、そうでないならば、危機を煽れば煽るほど自分の首を絞めていくのです。どうしてそんな簡単なことがわからないのかと…。
若い世代はこの点が最も鮮明に現われますが、他の世代も事情が全く変わるわけではありません。不安定な仕事でも、やっと職にありつけた人々は、不況になってまた失業に戻ることを恐れます。非正規の不安定な雇用であればあるほど、不況に戻ることを恐れて今の野党に入れる勇気は持たないと思います。
では、左派、リベラル派は、どんなことを言えばよかったのか、…ということで今日の主題です。
「人民のための量的緩和」キャンペーンのサイトで、欧州議会の18人の議員が連名で、欧州中央銀行のドラギ総裁に対して、「ヘリコプターマネー」導入の検討を要求する書簡を出したとのニュースが載っていました。ここで「ヘリコプターマネー」と呼んでいるのは、中央銀行が無から作ったおカネを、公衆に分配する政策のことです。
1990年代に、「内閣総理大臣織田信長」という漫画がありました。400年の眠りから覚めて政権に復帰した織田信長首相を主人公にした漫画ですが、その中で、信長首相は、本物のヘリコプターに、国家予算の全額を札束にしたものを詰めて、空からばらまき、一気に好況をもらたしていました。ネット上でこの場面が画像で出ていないか探したのですが、残念ながら見つかりません。
それに触発されたのか(笑)、2003年には、後にアメリカの中央銀行のFRBの議長になるベン・バーナンキさんが、日本でヘリコプターマネー導入をうながす講演をしています。
このバーナンキさんが、先日来日して、黒田日銀総裁や安倍首相と会談しました。消費税増税延期決定前のスティグリッツさんやクルーグマンさんの招聘同様、これからやりたいことを言わせるための外圧利用の臭いがプンプンします。
そういえば、ヘリコプターマネーの提唱者の代表格として知られる、ニュー・エコノミック・シンキング(アマルティア・センさんやジョセフ・スティグリッツさんもアドバイザー委員会に名を連ねるニューヨークにあるシンクタンク)上級研究員のアデア・ターナー卿が、6月7日の日経新聞の「経済教室」で、ヘリコプターマネーと同値になる政策として、日銀が保有する国債の一部を、無利子永久債に転換して事実上棒引きにしてしまうことを提案しています。ターナーさんの提案ではGDPの10%ということですから、50兆円ということです。それくらい消却しても、将来インフレが2%を超えたときにそれを抑えるために放出するための国債は、日銀の金庫にまだ山のようにあります。国の借金が50兆円煙と消えて、将来の新たな増税の心配なく財政出動ができ、何の実害もないのですからすごいことです。
はたして、ここまで大胆なことに政府・日銀が踏み出すかどうかはわかりませんが、50年国債への転換など、これに近いことはいろいろな手が考えられます。
もし、このようなことに政府・日銀が踏み出したならば、我が、左派、リベラル派の政治勢力は、どんな反応をするでしょうか。「せっかくの財政出動を、もっと福祉や医療や教育など、人々の生活を直接豊かにするために使え」と言うのならまっとうなのですが。
さて、ヘリコプターマネー導入の検討を要求している、欧州議会の18人の議員は、いずれも、欧州議会内の左派系三会派の議員です。すなわち、欧州社会党の院内会派である「社会主義者と民主主義者」(S&D)、欧州緑の党の院内会派「グリーンズ」、EUの共産党や左翼党の連合である欧州左翼党と北欧の環境政党の一部などとの共同会派「欧州統一左派・北方緑の左派同盟」(GUE/NL)の三会派です。
この署名者の中の一番の大物は、「欧州統一左派・北方緑の左派同盟」の会派の議長、ガブリエレ・ツィンマー議員(ドイツ左翼党)だと思いますが、この人はなんと、東ドイツのオールドコミュニスト出身です。エマニュエル・モーレル議員は、フランス社会党の党首(第一書記)選を争った人(左派候補)だそうです。ディミトリオス・パパディモウリス議員(ギリシャ急進左翼連合)は、欧州議会の14人の現職副議長の一人です。メリャ・キュレーネン議員(フィンランド左翼同盟)さんはフィンランドの交通大臣でした。アンナ・マリア・ゴメス議員(ポルトガル社会党)は著名な外交官のようです。
それでは以下に、該当の記事の全文を和訳して載せておきます。例によって怪しさ満点の私の訳ですので、読者のみなさんは信用せず、英語の読める人は原文をお確かめ下さい。
なんだか書簡の書き出しは、昭和のSFアニメの悪役みたいですけど。
欧州議会議員、欧州中銀にヘリマネに着目するよう要求(MEPs want the ECB to look at helicopter money)
欧州議会の18人の議員団が、欧州中銀にヘリコプターマネーの可能性と手段を研究するよう求める、マリオ・ドラギへの公開書簡に署名した。
書簡は、2016年6月17日金曜日の朝、翌週火曜日にマリオ・ドラギが欧州議会に現れるのに先立ち、欧州中銀に届いたものであるが、欧州中銀に、量的緩和に対する対案への完全かつ詳細な分析を実行するよう促している。
書簡は二つの提案を打ち出している。「グリーン量的緩和」プランといわゆる「ヘリコプターマネー」である。後者は、中央銀行が諸個人に直接におカネを分配するメカニズムである。
この書簡は、EU11カ国の欧州議会議員が共同署名しており、その所属する欧州議会会派は、「社会主義者と民主主義者」、「グリーンズ」、「欧州統一左派・北方緑の左派同盟」からなっている(全員のリストは後記)。
「これは、量的緩和に対する何らかの対案が必要とされていることの強烈なしるしです。それゆえ、新しい金融政策のアイデアを議論することに対する政治的な渇望があるのです」と、「人民のための量的緩和」運動のオルガナイザーであるスタン・ジョーダンは述べた。
書簡は、以下のとおりである。
ドラギ総裁閣下
ユーロ圏経済の経済的見通しが依然不確実であるとき、そして、金利が記録的な低水準にあるとき、私たちは今や、欧州中銀が手にし得るオルタナティブな金融政策を検討すべきときであると信じます。特に私たちが欧州中銀に促したいのは、金融市場を通じる量的緩和に替わる政策についての、完全かつ詳細な分析であります。これらのオルタナティブには、「ヘリコプターマネー」を使った市民配当の導入、ならびに、欧州投資銀行から債券を購入することが含まれます。これらは、実体経済への直接の支出を通じて経済発展を高めるためのあり得べき解決であります。
閣下がまさしく、私たちの仲間からの質問文書に対してお答えになっているとおり「ヘリコプターマネーの意味は、人によっていろいろ異なり得ます」。しかしながら多くの人が受け入れている基本的な前提は、中央銀行がマネーを直接に(望ましくは、低所得の)諸個人に分配するメカニズムだということです。私たちは以前閣下がこの概念を「大変興味深い」と評されたことを承知しています。しかし、これが欧州中銀が目下考慮の対象としているものではないことも承知しております。
欧州議会の議員として、私たちは、閣下にこれらの、今とは違う新しい政策を検討するよう要求します。私たちが気にしていることは、これをしないことによって、欧州中銀が、経済環境の悪化に対する備えをしないままになってしまいかねないことです。
閣下が欧州中銀の政策手段によって2018年末までに2%インフレを取り戻すだけと見通されながら、この数年の間その目標をはずし続けておられる中では、別の諸手段が考慮されることなしには、市民がこのまま黙っていることはますます難しくなってくるものと思われます。
私たちは、これらのオルタナティブな方法を真剣に考慮することによって、欧州中銀はその志とコミットメントについて、大きなシグナルを送ることになると信じます。
金融政策が効果的であるためには、それは拡張的な財政政策によって補完されなければならないという欧州中銀の見方は、私たちも共有するものです。しかしながら、十分な大きさの財政刺激策がEUレベルで合意されるという見通しは、残念ながら、現行の政治的制度的枠組みのために、短期的には非常に限られています。この理由から、この議論については、欧州中銀がリーダーシップを示すことに行き着きます。
閣下は最近、ヘリコプターマネーを展開するにあたっての潜在的な法的障害について引用されていました。しかしながら、何人もの著名な経済学者がすでに、欧州中央銀行によって政府の口座を経ることなくヘリコプターマネーを分配し、EU基本条約への適法性を維持する方法を語っています。閣下に、上記のオルタナティブな提案の潜在的諸効果について、証拠に基づく分析を提供することが許され、どのような条件のもとでそれらが法的に実装可能になるかを明らかにすることが許されるべく、閣下とさらなる議論を重ね、さらなる資料を提供することができましたならば幸いに存じます。
閣下は以前より、欧州中銀はその使命を達成するために「できることは何でもする」と繰り返し請け合っておられます。もし欧州中銀があらゆる出来事に対して備えるべきものであるならば、同銀は、今までにない諸政策を、その独立性とアカウンタビリティを維持しつつ、実現できる可能性と諸手段について研究するために、その顕著な専門知識と諸資源を捧げなければならないと存じます。このことがなされましたならば、私たちからの全面的なサポートを期待していただけます。
敬具
ヘリコプターマネーは、マリオ・ドラギがこの3月に、「大変興味深い概念」だと言ってから、空前の注目を集めた。その後欧州中銀は、ファビオ・デマシ(欧州統一左派・北方緑の左派同盟、ドイツ)への書簡のなかで、ヘリコプターマネーのことは考えていないと強調した。
火曜日午後の欧州議会経済金融問題委員会に先立つ「金融政策対話(monetary dialogue)」において、ドラギ氏は議員たちの関心についてなだめ、欧州中銀はすべての利用可能なオプションを検討することを示す機会を持つはずである。
「この書簡は、政策のオルタナティブを議会と議論することを始めるために、欧州中銀に差し伸ばした手です。ドラギ氏がこの提案を取り上げることを望んでいます」とスタン・ジョーダンは言った。
署名者のリスト
Fabio de Masi, GUE/NL, Germany
Molly Scott Cato, Greens, UK
Paul Tang, S&D, Netherlands
Karima Delli, Greens, France
Ernest Urtasun, Greens, Spain
Philippe Lamberts, Greens, Belgium
Emmanuel Maurel, S&D, France
Guillaume Balas, S&D, France
Curzio Maltese, GUE/NL, Italy
Dimitrios Papadimoulis, GUE, Greece
Merja Kyllönen, GUE/NL, Finland
Michèle Rivasi, Greens, France
Barbara Spinelli, GUE/NL,Italy
Gabriele Zimmer, GUE/NL, Germany
Matt Carthy, GUE/NL, Ireland
Monika Vana, Greens, Austria
Sofia Sakorafa, GUE/NL, Greece
Ana Maria Gomes, S&D, Portugal
「エッセー」目次へホームページへもどる