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 『セイ法則体系』第1章の補章の誤りと訂正


 立命館大学の森岡真史氏より、拙著『セイ法則体系』第1章の補章の「交差双対調整」の定式化に誤りがあることをご指摘いただいた。
 検討の結果、この指摘が正しいことを確認したので、ここに拙著の定式化を撤回し、訂正を公表する。

 拙著29ページのn部門に一般化した「交差双対調整」の定式化は次のようになっている。

d log x'/d t=α[p-p(1+r)D]
d log p'/d t=β[(1+r)Dx-x]

 ただし、xは生産量ベクトル(縦)、pは価格ベクトル(横)、rは均等利潤率、Dは拡大投入係数行列である。ダッシュは転置、αとβは正の調整係数である。
 ここで、第1式は、均等利潤率よりも利潤率が高い部門の生産は増え、低い部門の生産は減ることを表わす。第2式は、資本家が均等利潤率の利潤全てを均斉成長にしたがって蓄積しようとする投資決定態度を前提して、需要が供給よりも多い部門では価格が上昇し、低い部門では価格が下落することを表わす。

 拙著のこの章は、19世紀古典派の想定する調整動学を表わすモデルとして、「交差双対調整」を検討したものである。それゆえ、拙著では、19世紀古典派の想定である「セイ法則」制約をモデルに組み込むべきであると論じた。それはすなわち、資本家が得られた利潤を過不足なく支出するという制約であり、式では、

px=p(1+r)Dx

が常に成り立つことを意味する。
 すると、第1式の右からxをかけることにより、Σd xi /d t=0、第2式の左からpをかけることにより、Σd pi /d t=0が得られる。このそれぞれを積分すれば、

Σxi=Σxi(0), Σpi=Σpi(0)

となる。すなわち、xとpはそれぞれ、n−1次元の超平面上に制約されて運動することになる。拙著では、この制約を考慮して運動を解いた。

 ところが森岡氏から指摘を受けたのは次のようなことである。
 第1式に右から縦フロベニウスベクトルx*をかけると、1+rはフロベニウス根の逆数だから、

d log x'/d t・x*=αp[x*-(1+r)Dx*]=0

同様に、第2式に左から横フロベニウスベクトルp*をかけると、

p*・d log p'/d t=β[(1+r)p*D-p*]x=0

よって、これを積分することにより、

Σlog xi・xi*=Σlog xi(0)・xi*,  Σlog pi・pi*=Σlog pi(0)・pi*

なる制約が得られる。
 すなわち、ここでも、xとpはそれぞれ、n−1次元の超曲面上に制約される。

 よって、xとpはそれぞれ、セイ法則制約のn−1次元の超平面とフロベニウス制約のn−1次元の超曲面が交わったところの、n−2次元超曲面の制約を受けることになる。拙著の分析はこの観点から全面的に書き換えなければならない。

 また、拙著のこの章ではまず最初に2部門モデルを解いて運動の本質を示しているが、上記の制約を考慮すると、2部門では部門の数が少なすぎて一般には解けなくなる。
 
 
 

 

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