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 02年8月13日 景気対策のアイデア


景気対策は必要である
 昨日のエッセーでも書いたように、たとえ供給構造改革の必要性を認めたとしても、そのもたらす将来像をまっとうなものにするためには、現在の不況から目をそらすわけにはいかない。現在の不況の原因が総需要不足であることは明らかなのだから、早急に何らかの総需要拡大政策が取られるべきである。
 

しかし財政政策は有効でなくなっている
 しかし、これまで通りの公共事業等の財政政策は、すでに有効性を失っている。様々な論者がそのことを論じてきたが、いずれも現在の日本では現実にあてはまっていると思われる。
 すなわち、ざっと以下のような理由である。

  1. 「リカードの中立命題」

  2.  財政拡大政策の結果、財政赤字が拡大すると、人々は将来の増税を予想して、それに備えて貯蓄を増やすために、消費需要が減ってしまう。それによって、総需要拡大の足がひっぱられてしまう。
     
  3. 輸入による漏れ

  4.  今日のようにグローバル化が進展すると、財政拡大の結果の需要増大は輸入の増大によって満たされてしまい、国内の生産を拡大する効果は小さくなる。さらに、国債を増発して民間から資金を借り続けると、利子率が上昇しはじめるので、それまでよりも国内で資金を運用することが多少有利になり、外貨を売って円を買う動きが高まって円高になる。すると、輸出が打撃を受けてしまい、総需要拡大効果はさらに足をひっぱられる。
     
  5. 貸し渋りが助長される

  6.  財政拡大で国債が増発されると、銀行にとっては、企業向けの生産的融資よりも安全確実な運用先が得られることになる。よって、銀行は企業にお金を貸さずに、国債ばかり買うようになる。これは一種のクラウディング・アウトである。低金利下でもこういうことは起きるのだ。
     
  7. 長期的クラウディング・アウト

  8.  民間に保有されている国債残高があまりにも膨らむと、将来その信頼性が揺るぎ、それを売却して貨幣に換える動きが出はじめる。その結果、国債価格が下落して利子率が上昇するために、設備投資が減ってしまい、総需要を引き下げる。そうした動きが進行するとどこかの時点で国債の信頼は崩壊し、利子率が急騰、設備投資が激減する恐慌が起こるかもしれない。
     
  9. 役に立つ公共投資を誰が判断するのか

  10.  日本全国無駄な公共投資だらけである。それが今世論の大変な批判を浴びている。
     真に人々がこれは有用と判断する公共投資ならしてもいいかもしれない。しかし、政治家や官僚が、人々の普遍的ニーズを汲み上げて真に役に立つ公共事業を判断するような政治的仕組みは、まだ開発されていないし、近い将来作られそうもない。


消費需要を喚起する政策:
 では財政赤字を出さずに総需要を拡大する政策はないだろうか。
 金融緩和政策? それも必要だろう。実際ばんばんやっている。しかし、「流動性のわな」の現状では、やらないよりはましというだけで、ほとんど効果はない。
 私の考えているアイデアは、人々の有利不利の判断に訴えることによって消費需要を喚起する策である。いずれも新たな財政支出はほとんど要らず、むしろ税収が増えて財政赤字解消に役立つ。

  1. 貯蓄への増税

  2.  これは、『不況の経済学』で小野善康が唱えていた。S=Y−C だから、所得税増税して消費税減税すれば貯蓄への増税になる。これによって、貯蓄を不利にして、消費需要を増やそうというわけである。
     
  3. 現在の消費税減税、将来の消費税増税

  4.  将来の消費税増税という限りでは、山形浩生やフェルドスタインも言っている。私はこれらの論者に先立って、『標準マクロ経済学』pp. 72-73 で、上記小野案に、将来における逆政策(所得税減税と消費税増税)を組み合わせる形で論じた。
     例えば、向こう2年間は消費税を一時的に停止する。その代わり、2年後には消費税を15%に引き上げる。これを憲法なみの硬性規定で決めておけば良い。
     消費需要が爆発することは間違いない。
     
  5. 資産の期首時価期末課税

  6.  すべての金融資産について、期首の時価のx%を、期末に課税する。すると、利子率の低い資産を持つことはマイナスの利子がつくことと同じになる。消費に使った方がましということになる。
     さもなくば、多少危険でも、利子率が高い資産や、期末に時価が増価することが見込める資産を保有するほかない。これは流動性選好を抑え、生産的投資に資金がまわることを助ける。
     ただし、このやり方では、金融機関で把握できる資産は課税できるが、現金のように個人で密かに保蔵できてしまう資産は把握できないので直接課税できない。そこで次のアイデアである。
     
  7. 新札交換手数料

  8.  今度新札を発行することになったようだが、これを機会に、旧札を無効とし、新札との交換手数料を取るようにする。手数料がとられたらばからしいので新札が出る前に消費に使う。


介護保健関連産業での消費税引き上げ猶予:
 上記政策を同時に組み合わせて取れば、間違いなく旺盛な消費需要が興ってくる。
 しかし、持続的な景気回復のためには、これが設備投資需要に結びつかなければならない。果たして上記政策でそれが期待できるかと言うと、これだけでは全く期待できない。消費税復活引き上げ後の反動消費減が見込まれる上、長期的にも、人口が停滞して市場規模拡大が望めない以上、いくら目先の消費需要が高まっても、設備投資をしようという企業は現われない。これでは、消費税復活引き上げ後、また深刻な不況に舞い戻ってしまう。
 そこで法人税増税とそれと同額の設備投資補助金を組み合わせて、配当や金融投資よりも設備投資を有利にしなければならない。
 さらに、介護保健関連産業では、例えば追加的5年間は消費税復活引き上げを猶予すればよい。高齢化の予想に加えて、こうして税制面からも、介護保健関連サービスへの需要が将来も減らずにむしろ高まることが見込まれるならば、企業は、この産業での事業拡大や新規参入を決断し、投資財に消費税がつかない今のうちに設備投資をしようとするだろう。
 これは、昨日のエッセーで書いた「良い将来像」を実現するためにも重要であろう。
 

高齢化への産業の適応を支援する税制:
 他方で、高齢化に向けて、供給構造改革はたしかに必要だから進めればよい。
 しかし、公共事業削減で建設業をつぶし、規制緩和で生産性の低い商店街やタクシー業をつぶし、農産物自由化で農家をつぶして、これらの産業から余った労働を吐き出しても、今まで長年これらの産業で働いてきた人々がいまさら介護労働にまわることができるわけではない。結局大量の失業者が出る一方で、高齢化に対応した福祉労働はさっぱり確保できないということになりかねない。
 そこで、失業者の職業訓練や、各種人材育成事業の拡充策が必要なことは言うまでもないが、旧来産業自体が、何もつぶれてしまわなくても、建設業者がバリアフリー建築をする、商店街がタウンモビリティをする、タクシー業者が介護タクシーをする、農家がシルバー農園をするというように、従来の職業はそのままで高齢化時代の役割を果たすように転進することが必要になる。
 これを促進するために、このような事業では消費税や事業税を減免し、それが将来も持続することを今から確約すればよい。そうすれば、こうした事業転換のための設備投資が興ってくるだろうし、昨日のエッセーで書いた「良い将来像」を実現するのにも役立つだろう。
 

住宅金融公庫は当分残しましょう:
 最後に。上記の消費喚起策において、一番景気回復効果が期待できるのは、住宅建設需要である。住宅金融公庫の廃止民営化が小泉改革の一環として議論されているが、将来なくなるぞとおどしをかけて「駆け込ませる」という意味では戦術的に有効な議論かもしれないが、公庫自体は、目下景気回復のためには十分存在意義がある。
 しかも広く勤労者に資産形成を促すという意味では、これもまた昨日のエッセーで書いた「良い将来像」を実現するのに役立つだろう。

     
 
 

 

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