松尾匡のページ

11年9月21日 前回のエッセーの続き──アヴァンティ・ポポロ



 さて、前回のエッセーで予告した、9月17日の経済理論学会での小谷崇さんと建部正義さんの「バトル」ですが、はたしてどうなったか。
 ボクは、そこにも書きましたように、17日はカミさんが職場旅行で、同居している義父の晩酌の用意をしていけとのカミさんの指令があるために、学会は18日からの参加でした。なので、直接にはわからなかったのですが。

 カミさんの指令と言えば、弟子の熊澤が博士号とって晴れて大学院修了するので、さっき事務から10月1日土曜日の博士学位授与式出席するかどうかと問い合わせがあったんですよね。それで、カミさんに電話したら、余計な交通費がかかるから出るなとのこと。仕方ないから出席しない旨連絡したのですが、一人でブツブツ言っていたら、高校の中間試験中で早く帰宅していて、目の前で勉強もせずにゴロゴロしている息子(うわなにをする!)が、そこまで言いなりにならなくていいって珍しく主張するもんだから、駄目モトでもう一度電話してみたけど、出だしから機嫌の悪そうな声に圧倒され、
「自分の息子の卒業式にも出たことないくせに。」
「いや、当人にとっては、卒業式よりはるかに重大なことだから…」
「そげなこと知るもんね! 別にあんたがおらんなら授与できんわけじゃなかろうもん。」
とニベもなく却下。最近出払いごとが多くて迷惑かけてるから、そろそろいい加減にしろという感じだったみたい。

 それはともかく、話を戻すと、宿や交通の手配がギリギリで航空機パックがもう駄目で、新幹線パックになったもので、東京着が17日深夜。宿についたのは日付が変わってから。それで翌18日朝の全体シンポからの参加しました。
 着いてみたら東日本大震災と原発事故のシンポをやっていたのですが、景気問題については、予想していたのより若干雰囲気がやや違うの。

 一番はっきりしてるのが、岩下有司さんの「震災復興と財政再建は0.1%百年国債の日銀引き受けで」と題したプレゼンでした。
 岩下さんが調べたところでは、これまでいろんな論者が出したシミュレーションでは、財政再建が可能かどうかってやってみると、増税しようが何しようが、全部が「無理」という結論だったそうです。プレゼンの中では、内閣府の試算が示されていましたが、成長見通しが強気のも弱気のも、どっちも国の借金はどんどん増えていってしまいます。
 おまけに、戦後作られた橋とか道路とかのインフラが、今からどんどん耐用年数がきて壊れていくそうで、これを新しくする費用が年間6.6兆円かかるようになると言います。
 一方、震災の被害の数字もいろいろ調べて出されていて、復興に必要な支出を計算されています。
 法定の支援金が最大300万円というのも少なすぎる。平均2千万円支援するシナリオでやりたいということでした。これ、支援金合計で3兆円ほどで、思ったほどたいした金額じゃない。それと、公共工事30兆円、原発補償と「東電支援金」(国有化資金になるかもとのことです)の10兆円の合計で、43兆円が必要な支出とされています。
 岩下さんは、これをタイトル通り、金利0.1%、満期百年の国債を日銀に引き受けさせて用意しろと主張されます。そうすると、毎年の利払いは430億円ですむとのことです。
 また、財政再建のために、現在も毎年日銀引受している借換債のうち、74兆円をこの百年債に転換しろと主張されています。そうすると、世の中に出回っている普通の国債は毎年30兆円ずつ減っていき、日銀に払うべきこの国債の利子率は5年たっても、年3700億円ですむとのことです。
 小谷先生ほど過激でないですけど、おっしゃっていることの本質は全く同じですね。こんなんで悪性インフレにはならないし、利子率が上がるはずはないし、円安にはなるけどそれで景気はよくなってウェルカムだってわけです。

 こういう発言が、別に違和感のない雰囲気でしたね。
 その筋で有名人である東大名誉教授の馬場宏二さんが欠席されていて、代理の人が発言を代読されました。そしたら、例によって「日本は過剰富裕だ」って主張されているのですけど、あらかじめ印刷された項目の中の、「復興は付加税によるべきであって国債は亡国の道」とするご主張は、代読者が「賛成」と言った項目に入っていませんでした。フロアからも、増税で復興資金を作るべきだとの意見が出された記憶はありません。

 午後には、いわゆる世界経済危機関連のシンポがあったのですが、そこでは、立教大学の池上岳彦さんの「経済・社会・政治の危機と現代財政」というタイトルのご報告が興味深かったです。財政のご専門のようなのですが、例えば、財政危機からの再建に成功した例として有名なカナダですが、同国では、財政再建の際に消費税を上げていないそうです。それどころかもともと7%だったのを、二回にわけて下げて、現在5%になっているそうです。
 カナダがなぜ財政再建に成功したかというと、所得税の累進性が高いので、アメリカが景気がよくなって、それに引っ張られてカナダも景気がよくなったら、自動的に税収が増えて財政問題が解決したというのが実態だとのことです。なお、リーマン危機後の対策では、イギリスも一時的に消費税を下げているそうです。飯田泰之さんが雨宮処凛さんとの『脱貧困の経済学』の中で、日本で90年代に税金の累進性を緩くしたのが財政悪化の大きな原因の一つと指摘され、累進性を以前に戻すだけでもかなりの税収となることを示しておられましたが、それで景気がよくなると、財政問題はだいぶ解決されるはずです。
 また日本は、世界的に比較すると、金融所得への課税が非常に軽いのが特徴だということです。前回のエッセーでも書きましたが、もっと金融資産課税すれば景気対策になるというのが、ボクが前々から言ってきたことですので、それをサポートする事実だと受け取りました。
 法人税については、重い重いとさかんに言って、こんなに重かったら企業が外国に逃げ出すぞということで、減税されることになっていますけど、社会保険の法人負担も含めれば、実は日本はドイツやフランスよりも企業負担は軽いです。しかも、経済産業省が企業にとったアンケートでは、税金の負担は、企業の海外移転とか日本への企業進出とかを考える時の要因としては、とっても下位にあるそうです。これもボクは、法人税を上げて設備投資補助金で戻せば景気対策になると主張してきましたので意を強くしました。

 フロアからの質問への解答によれば、池上さんは、はっきり自分の意見としてはおっしゃいませんでしたけど、国債の日銀引き受けにはあまり賛成ではないように見受けられます。しかし、こんなデフレの中でやっても、ただちに悪性のインフレにはならないことや金利高騰にはならないことは、当然とみなしておられるようです。経済学的数字の問題としては何ら問題ではないということです。
 しかし政治の問題はそれとは別の次元の問題であって、これを一回やって調子に乗って歯止めをなくさないかということについて、みんな政治家を信用していない。インフレ目標を作ったぐらいでは人々の政治家への不信を払拭できないということが、その実現可能性への障害になっているとのご意見でした。
 まあだいたい、まっとうな日銀引き受け反対論の論拠はこんなところだろうと思います。「ハイパーインフレ」だの「金利暴騰」だの言うのはただのトンデモですから。

 ボクが正直言って心配するのは、将来もっと景気がよくなったころになって、財政問題がにっちもさっちもいかなくなって金利が上がりだしてから、他に方法がなくて、国債を無期限債などに転換して日銀が買取ることに追い込まれるんじゃないかということです。デフレの今だからこそチャンスなんですけど、インフレが進みやすくなったころにやってしまうんじゃないかと。
 あるいはもっと心配なのは、国債の日銀引き受けによる政府支出を将来やって、たいしてひどいインフレなく成功して景気がよくなったのを見たあとになって、やっとこさ左翼陣営のアレルギーが解けて、これを福祉の財源にすればいいじゃないかと言い出すんじゃないかと。そんな状況になって、「いや今となってはそれはなりません」とはたしてボクは言えるだろうか。「ブルジョワの手先になって緊縮論を言い出した裏切り者」とか言われたりして。うーん。やっぱり怖くて言えそうにないぞ。
 こういったこと全部が、すべて終わったあとになって、ほらみろやっぱりって言う理由にされそうで、もう今から先回りして憂鬱です。だから今のうちに早くやってしまって早く成果を出して早く切り上げるべきなんですけど。

 さて小谷さんの分科会報告はどうなったのか気になってたのですけど、小谷さん自身に聞いたら「盛り上がったよー」ってことで、詳しくお話にはなりませんでした。
 だけど、終わってからいっしょに何人かで食事に行ったら、小谷さん調子良くビール、焼酎と杯を重ね、話の成り行きで「アヴァンティ・ポポロ」(進め人民)を歌いだしたから!

 これ、どこかで聞いたことはあったんだけど、イタリア共産党とイタリア社会党共通の党歌だったんですね。はじめて知った。こんないかにもカンツォーネの党歌! イタリアの人たちにはかないません。
 まあ、こんなに機嫌が良かったんだから、きっと上首尾のご報告だったんでしょう。このままつきあわされたらどれだけ飲まされるかわかったものでないので、「靴を買わなければならない」と言って、目当ての靴屋さんが閉まる前にというのを口実に抜け出しました。


 まあ決して口実だけではなくて、本当に靴がボロボロで、左右とも底に穴があいて雨の日は足がぐちょぐちょになって困っていたんです。それで、上京する機会に、前々から行きたかった「パラマウント・ワーカーズコープ」のお店に行って、靴を買い替えようと思っていたんです。パラマウント・ワーカーズコープって、その筋では結構知られている靴メーカーですけど、80年代に倒産反対闘争から従業員たちが自主生産を始めて、最終的に労働側が会社引き取ったところで、今でも「労働者管理企業」なんです。
 ここが、足を詳しく見て靴を合わせてくれるということなので、気になっていました。実はボクはサイズ24.5と小さいのに、甲が普通の男性並みにあって、形も合いづらく、靴を買って靴擦れしなかったことは、今まで生涯で一回しかない。あとは毎度毎度、買い替えて皮が広がるまでしばらくの間は、毎日毎日血ダラダラという人生を歩んできました。だから、労働者自主管理というだけでなくて、ちゃんと足を測ってくれるところにも興味があったのです。
 ここの販売店は「ポディア」と名乗っていまして、飯田橋にもお店があったので、学会会場と宿の途中の駅からすぐなので寄っていこうと計画したのです。
 しかし、食事抜け出すのに時間がかかり、さらに、「人身事故」だとかで電車がストップし。現場は新宿駅って、さっき乗り換えたところじゃん。引きますよ〜。翌々日帰宅するときも東京駅で人身事故による遅れのアナウンスがありましたし、やっぱり不況の影響なのか…。関西でもこんな経験が増えてます。不況は人災で犯罪ですよね。
 さらに、駅降りてからも例によって、一時道を間違えかけて、間に合うかどうかハラハラしましたけど、なんとか閉店間際にすべりこみました。
 そしたら、閉店間際なのに本当に親切丁寧に対応してもらいまして、足の幅とか左右のバランスとか詳しく測って、合う靴を探してくださいました。結局この靴で歩き回って九州まで帰ったのですが、全く靴擦れせず実に快適です。

 19日は、経済理論学会の編集委員会でした。3月に地震にあったのと同じ専修大学神田校舎。いつの間にか、地震のときの対応マニュアルみたいなプレートが教室にあって、外に出てはいけないって書いてある。ああボクらみんなダメだったんですね。
 なんでも同じときに都内で6万人の脱原発集会が開かれていたそうですけど、我々はしこしこと委員会。昼食時、福島大学の先生が、福島県内の状況をいろいろ話してくださって、今度3月福島大学で予定している経済理論学会の原発問題関連シンポの企画アイデアを打ち上げて場を盛り上げました。

 ところで世の中には、脱原発とリフレ論が矛盾するようにとらえている議論があるようですけど、むしろ方向性としては一致していますから。
 つまり、平成長期不況の原因について、「生産性の低下」という供給側に主因を求める議論を向こうに回して、総需要の不足が主たる原因と言ってきたのがリフレ論だったわけです。だから、完全雇用したときの経済の天井自体の成長に関しては、意識的に目を吊り上げて政策目標にするものではないという立場だったはずです。その点で小泉改革派と対立してきたはずです。
 脱原発とリフレ論が矛盾するように感じられる人は、電力の供給不足になると、景気に対してマイナスになると思われているのでしょう。もっともな印象だと思います。
 しかしそれは供給側の問題ですので、リフレ論の重視する需要側とは別の問題です。本当は電力不足問題なんてないと思いますし、今すぐすべての原発を止めてしまうこともないと思いますが、それはおいておいて、仮に電力不足になる場合、電力の分を人手で補えば雇用問題にはかえってプラスになります。そのコスト上昇にもかかわらず吸収してくれる需要が生まれるように、十分にたくさんおカネを世の中に出回らせればいいわけです。あるいは、そのコスト上昇がいわゆる「国際競争力」の低下につながらないように、十分に円安になるまで円を発行すればいいわけです。
 想定される電力不足がどんな具合かによって、現実にどこまで実行可能かは問題になりますが、ともかくこの結果確実にインフレが実現できるわけです。ですから、方向性としてはリフレ論の主張と矛盾するものではなく、かえって合致していることがお分かりいただけると思います。

 ちなみに供給側重視派の論者たちは、以前は「生産性上昇で物価が下がってるのだから、デフレはいいこと」と言っていたと思うのですが、あんまりデフレの弊害が長引いた今となっては、今度は「供給能力が成長しないからデフレになってしまう」と言い出しているみたいです。どっちやねん(笑)。今言ったとおり、供給能力が成長しないならば、人々におカネを出すなどして需要が高まると、早く完全雇用の天井にぶつかりやすくなって、雇用問題にとってはかえっていいことです。こんなことを言っている人は、たいていは、失業者がなくなると労働者がクビの恐れがなくなって態度が大きくなるので、そうはさせじと警戒を怠らない資本家階級の忠実なしもべなのでしょう。
 たしかに、将来にわたって長期的な成長の持続が見込まれないならば、設備投資が興ってこない。だから総需要が不足してデフレになるんだ、という意味ならばわかります。しかし、もしそうならば設備投資需要に代わってその分消費需要が増えればいいだけの話です。このマクロ需要の振り替えの妨げになっているものを取り除くことこそ、政策の責任になるのだと思います。

 そういえば、藤波心ちゃんのブログが久々に更新されていたのだが、見たら、かつて偉大な闘いで勇名を馳せた桃色ゲリラの増山麗奈さんと顔を合わせていた! いつかこの日が来ると思っていたのだが、こんなに早く来なくてもよかったのですけど(笑)。これから秋が深まっていくとともに、受験勉強シフトしていってもらわらなければならない(←マジ)大事な身体なので、寒空でへんなことさせないように。それからその歳でグラビア共演とかしようとか言い出さないで下さい(笑)。


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