松尾匡のページ13年9月7日 円価値半減しても生計費増は12%
◆円価値半減しても生計費増は12%
金融緩和に反対するいろんなハルマゲドン話がありますけど、中に「円暴落」ってのがありますよね。まあ掲げられている理由は「マネージャブジャブ出し過ぎ」だったり、国債暴落リスクで資金が海外に逃げ出すことだったり、いろいろしますが。
こっちからしたら、「円暴落だって、ヒャッハーそりゃいいや」って感想ですけど。輸出が爆伸びして、一気に好況になるでしょう。実際には「円暴落」なんて起こりませんけどね。
いったい円暴落の何が困るのか不思議ですけど、輸入インフレになるのが怖いらしい。
「基礎経済科学研究所」のメーリングリストでそんな議論がされていて、「ハイパーインフレ」になるという警告も出たもんですから、ほんとにそんなことになるかどうか、チャチャっと試算してみようと思いました。
それでやってみたのが、「アカデミック小品」のコーナーに上げた、輸入品価格の物価への影響を見るエクセルファイルです。
私達は、直接輸入品を買いますので、消費支出のうちのその分は、輸入品の価格が上がる影響をモロに受けて、支出額が上がります。また、国内で生産された財やサービスも、それを作るために投入される輸入原材料・燃料の価格が上がりますので、やはり価格が上がります。だから、国内財を買うために必要な支出額も上がります。この両方の効果が合わさって、以前と同じ消費をするための支出額が上がってしまうわけですが、これを、2005年の産業連関表を使って計測してみたわけです。
この計算の際には、企業は付加価値を不変にして、輸入原材料・燃料の価格が上がったら、その分をそっくり売値に転嫁する想定をしています。実際にはある程度は転嫁できずに損するわけですが、そんなことのない、一番価格が上がる想定をしているわけです。
その結果は、為替相場の円価値が半分になって、輸入品価格が二倍になったとしても、以前と同じ民間消費支出をするための支出額は12%増えるだけだというものです。各産業の価格も、中には6割ほど上がるところ(石油製品、石炭製品、非鉄金属製錬・精製)もありますが、ほとんど変わらない産業も多く、だいたいは1割ぐらい上がる計算になりました。
ちなみに輸入品価格が10倍になったら、以前と同じ民間消費をするための支出額は約2倍になると出ました。
計算の仕方は、エクセルファイルの冒頭のシートに書いておきましたので、ぜひチェックしていただき、何かおかしいところがありましたらご指摘下さい。
もちろん、ほんとうにこんなことになったら、遠からず完全雇用になって賃金が上がりだしますので、それ以降も放置しておけばたしかにインフレは悪化します。でも「インフレ目標」がある以上は、それを超えたら金融引締めに転じるでしょう。その場合は緊縮財政でも増税でもすればいいです。十分金融引締めすれば相場は円高方向に転じます。
◆東京オリンピックは反対した方がいいな
もっとも、最近、今のタイミングで一言言っておいてアリバイを作っておかなければと思っているのですが、「東京オリンピック」って反対しておいた方がいいなと思って。
その理由は今の話。完全雇用になって総需要拡大政策をとったらインフレが悪化するってことです。
数字を大きく見せたいはずの誘致委員会が出している経済効果の試算が、付加価値ベースで1兆数千億円とショボイので、たいして心配はいらないかなとも思いますが、今の調子だったら、リフレ政策が功を奏して完全雇用の好景気が実現されてしまっているタイミングでオリンピックの準備が始まることになります。
それが、ちょうど戦前の高橋是清政策にとっての、「戦争」と似たようなタイミングになりはしないかとちょっと心配なのです。
高橋蔵相は、金本位制を停止して、無からおカネを作って、それで国債を引き受けさせて、公共事業等の政府支出を大盤振る舞いして、経済を昭和恐慌から脱却させました。それが成功したものだから、そろそろこれを打ち止めにしないといけないと、政府支出を抑えにかかったわけです。特に軍事支出ですね。それで軍部に睨まれて、2.26事件で殺されてしまった。
そのあとをついだ馬場蔵相は、軍部のいいなりに、相変わらず無から作ったおカネで国債を引き受けて、軍事支出を膨らませていったわけです。そうやってあふれたおカネが、生産能力壊滅した戦後、経済統制が解けて、一気にインフレをもたらしたわけですね。
今も、政府が売りに出した国債を日銀が事実上買い入れることで、無から作ったおカネで政府支出を増やしたわけですが、この結果景気だけは拡大するでしょう。消費税増税の悪影響は非常に心配ですけど、なんとかそれを乗り越えれば、2016年、17年あたりはかなりの好況になっているはずです。
そうなったら、インフレ目標は実現の見込みになるので、日銀は今の政策からの撤退に入るでしょう。ところがそのタイミングでオリンピック準備とかになったら、「国家的プロジェクトだから」というわけで、インフレ目標棚上げさせられて、今の通りの政策を続けさせられたりするんじゃないかと...。
本当にそうなって、悪性インフレになったら、世論から「やっぱりリフレ政策のせいだ」ということにされてしまうのではないかと心配。私の責任じゃないぞ。
インフレ目標が棚上げさせならなかったさせられなかったで、今度は、完全雇用の金融引締め下でそんな余計な総需要拡大があったら、(モロにクラウディングアウトで)本来必要な支出がなされなくなってしまうのではないかとも懸念します。
ともかく経済効果の試算がショボイことに期待をかけています。
それより、現政権の場合、オリンピックどころか、正真正銘の戦前の轍を踏んだ結果として、悪性インフレになるのかもしれませんけど。その場合、オリンピックの位置は当時の同盟国のにあたるな。どっちにしろ、やっぱり東京に決まらないでほしい。(追記:朝起きたら決まってましたけど。9/8)
◆「アベノミクス景気」という呼び名を阻止せよ
そうそう。このオリンピックの話、8月末にやった、『最強のマルクス経済学(仮称)』教科書企画の共著者の打ち合わせ会のとき、昼食の雑談で言ったものです。
そのとき、いっしょに言った話が、「アベノミクス景気」という呼び名を阻止しないといけないということ。
きたるべき好景気にマスコミが名前をつけるでしょうけど、このままいくと「アベノミクス景気」と付けられる可能性大です。そりゃいかん。人々の印象が、全くもって「安倍さんの成果」ということになってしまう。いよいよもって総選挙自民党圧勝です。
打ち合わせ会の始まりで、ボクが冗談めかして言ったのですけど、この出版がされた頃に、まもなく好況の絶好調期をとらえて解散総選挙になるでしょうけど、今の野党の方針じゃ自民党超圧勝です。そしたら、もうマルクス本なんて出版できない世の中になるかもしれない。この企画が日本で最後のマル経教科書になるんだ!
いやそもそも、恐れ多くもかしこくも(笑)、景気の名前に皇祖皇宗の神様と並んで人の名前がついたことはないぞ(笑)。よもや忠臣安倍さんがそんな不敬なことは望んでおられまい。
こういうのは最初に広まったのが勝ちですからね。まだ実感のない今のうちに言い出しておかないと。
というわけでみなさん、「アベノミクス景気」以外の呼び名のアイデアを今から出し合って広げておきましょう。私のイチ押しは「異次元景気」。
◆消費税どうなるんでしょうね
ともかく左派・リベラル派に危機感が足りないと思うのは、安倍総理という人は今や、改憲を成し遂げて、戦後民主主義体制に終止符を打ち、新時代を樹立した人として、歴史に名を残すことを最大の目標としている、このことをどこまで真剣に認識しているのかということです。この大目的のためには、まずは経済で成功しなければならないという戦略は本気も本気だと思います。一年や二年でボロがでるようなことをするはずはないし、ブルジョワ階級に媚を売ったとしてもそれはこの目的に役立つ限りのこと。支持率を獲得する必要があると思えば、多少のブルジョワへの不利益は目をつぶってでも、大衆利益を増進することを選ぶでしょう。
だから消費税も、必要と思えば引き上げ延期することも躊躇しないと思います。安倍さんは消費税を引き上げるものだということを前提に反対運動を組み立てていると足をすくわれると思います。また、民主党は今のままでは、いざ消費税引き上げ延期になったときに、それを批判する役回りに追い込まれてしまうでしょう。ますます人々の支持を失います。かといってそれを歓迎しても、やっぱり世論のそしりを受けてしまいます。安倍さんにとっては「おいしい話」です。
もちろん、消費税引き上げ後の混乱からの経済立ち直りの時期と、次に総選挙に打って出て、やがては改憲の国民投票までもっていくタイミングを見合わせると、もしかしたら予定通りの時期に引き上げた方がいいという判断をする可能性もあるでしょう。
この場合には、景気を後退させないために、安倍さんは大型の景気対策をとるでしょう。消費税引き上げの増収分は飛んでしまいかねないような支出をつぎ込むと思います。もともと財政再建のためというのが目的だったはずなのに、そんなことをするくらいならば、一年延期するのとどっちが財政再建に役立ったかと考えると本末転倒な話なのですが、必ずやると思います。
その上に日銀は、一時的に物価上昇率が、消費税引き上げ効果も含めて2%を超えたとしても──5%ぐらいになったとしても──金融緩和のアクセルを噴かすと思います。
これらが首尾よくなされれば、結局、景気拡大を挫折させないことには成功すると思います。消費税引き上げ効果がなくなったあとで、インフレ率が目標2%を満たせなくなる可能性は高いですが、かえって大衆は景気も順調でインフレ率も低い状況を喜ぶでしょう。
しかし、懸念されるのは、消費税引き上げ時に一時的にインフレ率が高くなることを人々が許すかということです。そこにたまたま、原油価格高騰などの予期しない事件が起こったならば、かなり庶民生活にとって苦しい物価になるかもしれません。景気が挫折しては本当に大ごとですから、これはやむを得ないことなのですが、人々の反対の声が高まったりすると、はたして日銀はこの声に抗して金融緩和政策を維持できるだろうかということが懸念されます。あるいは、維持できたとしても、インフレを追求する政策自体への怨嗟の意識が人々に植え付けられるかもしれません。「リフレ派のせいだ」って。やっぱりそうなるか!
やっぱり消費税引き上げはやめてほしいです。
◆反革命白衛軍
ところで、前回のエッセーでも触れましたが、6月に富山で日本経済学会の大会がありました。このとき、終わってから中央大学の浅田統一郎さんたちとピザとか食べてたのですけど、最後、浅田さんはアイスクリームを肴にワイン飲もうとするので、ドン引きして「そんなことしたらエッセーに書きますよ」と言うと、「ぜひ書いて下さい」って。
そう言われていたのに、前回書く余裕がなかったので、今回こそ書いておかないといけない。
やってみろというので、ちょっと真似してみたら、案外マッチしていてうまかったです。
当初同席していたのは、浅田さんの弟子筋と理解していいのだと思いますが、私がコメンテーターをした報告者グループの早稲田大学の若手お二人でした。このエッセーとかときどきフォロー下さっているみたいでありがたいです。途中で帰りの列車時間がきて二人とも先に帰られたので、アイスクリームの件を目撃しているのは私だけです。
浅田さんは数少ないリフレ派のポストケインジアンですけど、以前職場の労組の委員長をされて、一時金削減撤回などの偉大な闘いを勝利に導いています。全学役職者になって組合を外れた今も組合費相当を寄付し続けていると言います。
その浅田さん曰く、マル経教員は何人もいるのに、闘いのとき何もしなかった人が多いって。そんなマル経教員が、白川時代の「白い日銀」の熱烈な応援団をやっていて、今「黒い日銀」の批判をしているそうで、そんなことしても「白い日銀」の当事者達は、誰も恩義を感じていないだろうとおっしゃいます。
そうだ浅田さん。あとで思いつきましたけど、「日銀反革命白衛軍」と呼んだらどうでしょう(笑)。
さて、前回のエッセーの終わりに書いた、数々の原稿や、報告・講演のレジュメ・スライド類、何一つ具体的に書きはじめていません。どうしよう。
そのうえ、あそこであげた『経済科学通信』の論文というのは、頼まれていたリフレ論関係のつもりだったのですが、9月14日の基礎経済科学研究所でのベーシック・インカムの報告の内容も、同じく『経済科学通信』に論文にして出さなければならないって!締め切りも同じ9月末。『季刊経済理論』の特集論文も同じ締め切りなので論文三本同時締め切りになって大変です。
報告・講演類も、9月23日の置塩研究会報告の前日に、新たに「市民社会フォーラム」での講演が入りましたし...。
そういえば、10月5日の「朝日カルチャーセンター」での講演。申し込みページができたみたいなので、以下にリンクしておきます。ご関心がありましたらよろしく。
アベノミクスを理解する
学生さんは以下のページからだそうです。
学生会員 アベノミクスを理解する
結論は「アベノミクス」という呼び方はやめようということですけどね。タイトルには使わせていただきました。
この講演も、10月5日、6日に経済理論学会が専修大学生田校舎であるので、それに日を合わせてもらったものです。5日は学会では懇親会とかいろいろありますけど出られません。4日、5日、6日と、この学会の幹事会にも出なければならないので、またもキチキチのスケジュールですね。『最強のマル経』企画の共著者の打ち合わせができる機会なので、どこかに入れ込みたいのですけど。
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