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14年12月15日 選挙も終わったし言いたかったことを言う



 12月7日の日曜日、「ベーシック・インカム勉強会関西」さんにお呼びいただいて、大阪の日本橋にある「討論Bar"シチズン"」に講演に行きました。小さなカフェでしたが、一杯に集まって下さったみなさん、ありがとうございました。
 お世話をいただいた高橋さん、司会をして下さった池田さん、放映やドリンクなどいろいろお世話をいただいた「討論Bar"シチズン"」のかたに、深く感謝いたします。
 行く時に、例によってあらぬところから場所を尋ねる電話をかけて、関係者のみなさんをハラハラさせてしまってすみませんね。結局じゅうぶん間に合ったからよかったですけど。

 まああいかわらずそんなのばっかりで、京都に住みはじめてもう八ヶ月以上ですけど、いまだに滋賀県の草津キャンパスに行くのに、間違えて湖西線に乗るのを繰り返しているし。前なんか、湖西線に分かれた次の駅である大津京駅との間を二往復したし。戻ってまた乗っちゃったわけ。
 なんか急いでいるときほど湖西線に乗ってしまうという法則がある。列車の中で、ああ、こないだまで間違えて湖西線に乗ってたよなあと考えていたら、実はそのときも乗っていたとか。

 そんな話はどうでもよくて、講演の話ですけど、前回のエッセーでお知らせしたPHP新書が出たばかりですので、早速宣伝させていただきました。本の内容を概略解説して、本のベーシックインカムの章に書いてあることを説明しました。
 ということなのですが、実はその話の前に、主催者から景気と景気政策の話をしろと注文を受けたので、50分ぐらいその話をしています。
 前回のエッセーで書いた「安倍総理の野望」のスケジュールの話に加えて、不況が深刻化しないうちに四年任期を延ばすという「今のうち解散」説がなぜ的外れかということをお話ししたのですが、このことについては、後日、ウェブメディアの「ポリタス」さんから、総選挙特集の寄稿を頼まれたので、そこで詳しく書きました。以下のリンク先をご覧下さい。
【総選挙2014】どうする!?安倍総理の野望と景気対策
 まあ、安倍さんのスケジュールはあくまで推測ですけどね。でも、それぞれの政策イベントが経済に影響が現れるまでのラグについては、まあ信頼してもらっていいと思います。2016年夏が、設備投資などに関して、2017年4月の消費税引き上げの駆け込み需要が起こってくるというのについては、本格化するには少々早いかなという気もしますが。

 もしこの安倍スケジュールが本当だったとしても、打つ手はありますよ。
 選挙法を全面比例代表制に変えることだけが役割の「選挙法改正内閣」を作って二、三ヶ月後に再選挙することを公約にして、野党が徹底的に選挙区調整をすること。これは、共産党も含んだ方が、単に集票上のことだけではなくて、「居座らずすぐ再選挙する」公約に信憑性が増すのでいいです。そして、このことを前提に、私としては、既存のリベラル派、左派政党を割って、リフレ派新党ができることを望みます。そうしたら、景気後退を恐れる有権者に受け皿が作れる。
 本当にこれがバッチリ準備できたら、先方は恐れをなして同日選挙のための解散はしないかもしれません。そうできればひとまず最悪の憲法危機は避けられる気がします。
(あっでも、もともと勝つ見込みがなければ、選挙区調整はまとまらないか。まとまってくれても困るかも。やっぱりこっちの経済政策転換が先か。ああ。──12月16日追記)

 さて講演では、話が終わってからもたくさんのご質問をいただきましてありがとうございました。活発に議論が盛り上がってよかったです。終了後も懇親会でいろいろな人とお話しいただき、とても楽しかったです。
 懇談の中では、UさんとかTさんとかがはめられたと言う陰謀話は本当かどうか知らないけど、こんな安倍さんのスケジュールとか推測して大丈夫なのかとおっしゃっていただきましたけど、満員電車とか注意しないといけないかも(笑)。痴漢えん罪とかはめられても、ウチの院生とかは、モザイク顔で変な声で「いつかやると思ってました」とか証言すると言っています。

【おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざ】
 さて、きのうは総選挙の投票日でした。
 こちらとしては、いろいろ言論活動をやっているのは、左派・リベラル系世論を多少は変えることで、なんとか左派・リベラル系政党の経済政策を変えてもらいたいと意図してのことですが、選挙直前となっては、いまさら選挙公約を変えさせる力などもちろんあろうはずもなく、何を言っても自民党を利するばかりだと思って黙っているほかないことがたくさんありました。
 「おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざ」とはこのことだ!
 選挙も終わったことだし。よーし言っちゃうぞー。

 まず、あんまり残念なのでベーシックインカムの講演会のときには、思わず言ってしまったのですが…。
 民主党の海江田さんは、9日、「政権交代できない」と言ったそうですけど、のけぞりました。民主党の景気対策は数字も書いて無いし、「財政健全化推進法」とか作るって書いてあるし、「異次元緩和」批判を書いてあるし、ショボいに決まってるんですけど、本当に政権をとったのなら、ショボくてもやらないよりはやったほうがマシです。
 でも、政権を目指さないと公言してしまうということは何を意味するか。「自分たちの景気対策は実現できません、でも自民党の景気対策は邪魔します」ということでしょう。こんなので、不況を恐れる有権者から票が取れると思っているのか。嘘でもいいから「政権を目指す」と言ってほしかったです。

 それでですね。野党のみなさんもマスコミも、あんまり底の浅い「アベノミクス」批判を繰り返しているものだから、心底心配になるわけですよ。今後、景気が好くなって、それが安倍さんの手柄として宣伝されていく恐れに備えていますか。大衆の期待を下げてしまったら、たとえショボい景気でも大成功のように思わせることにつながらないですか。

【増えるは非正規ばかりって本当か】
 例えば、野党やマスコミのみなさんは、実質賃金は下がり続け、非正規雇用ばかりが増えていると指摘します。
 これはたしかに事実です。さらに念のため押さえておきますが、雇用関係のデータは典型的な遅行指数ですので、目下の景気後退の影響は遅れて現われます。春頃には、雇用関係のデータはショボい数字が目につくようになるかもしれません

 でもこれらのことをあまり過大に見て、もう少し長い目で見たときの雇用拡大や賃上げの可能性を見落としていると、大衆の支持を失うことになりかねません。

 実質賃金の低下の原因の大きなものは、もちろん消費税率の引き上げです。これは当然批判すべきことです。賛成した民主党さんが言うと「どの口が言うか」ということになりますが。
 もう一つの大きな原因は、やはり、非正社員の比率が大きくなっていることです。このために一人当たりに平均した賃金が下がっているわけです。
 これもたしかに批判すべきことです。しかし、どこまでが本当に正社員の雇用口が狭まった効果なのかは慎重に見極める必要があります。

 というのは、このところ人口の多い「団塊の世代」の正社員が退職している効果を考えなければならないからです。
 この人たちは、非正社員として再就職している人が多いので、非正社員の数は必然的に増えます。一方、この人たちの退職した穴埋めを、たとえ最大限正社員で埋めようとしても、若年人口そのものが減っていますので、全部を新卒正社員で埋めることはそもそも困難です。だから、もっと上の世代も含めて既存の非正社員の正社員化を進めない限り──これはもちろん進めるべきです──、普通のやり方では正社員の数は景気対策の成否にかかわらず減ることになります。
 仮に、団塊の世代正社員の退職の穴埋めが、全部若者の正社員の採用でなされるという、ほとんど無理なことができたとしても、年功序列制賃金のもとでは、一人当たりに平均した賃金は必ず減ることになります。実際には全部を正社員で穴埋めすることはありませんので、なおさら平均賃金は減ります。

 そのうえに、このかん景気回復に合わせて、今まで求職活動をしていなかった主婦や退職者などが、非正社員として働きに出るようになっているので、非正社員の数はなおさら増えます。
 こちらが叩くべき非正社員化の部分は確実にある程度はあると思いますが、それは、これらの効果を取り除いて示さなければならないと思います。

 この問題は、学部のゼミの学生の一人が、課題としてやってくれると言っているので任せているのですが、ちょっと手こずっているみたい。こちらとしては、世代別、男女別の正社員、非正社員の推移などが折れ線グラフで出ればいいくらいに思っていたのですが、本気で要因分解したいと思っているらしい…。二回生にできることだとはとても思わないのですが、とりあえず待っています。
 と思ったら、ネットで探したらある程度データを調べたのがありましたよ。

 まずこちら、「真空地帯ブログ」さんのエントリー
アベノミクスで従業員は増えたか
では、2013年3月から一年間で正社員は22万人減っているけど、このときの60歳人口は22歳人口よりも65万人多いので、減り方が少ない方ではないかとおっしゃっています。少ないかどうかは、世代人口に比べた正社員比率を見ないとなんとも言えませんが...。

 こんなエントリーもありました。このブログ主は、安倍政権支持者のようで、読者のみなさんの中には気分を害される人もいらっしゃるかもしれませんが、データ分析は冷静客観的にされていますので、どうか我慢して読んで下さい。「猫の遠ぼえ『次の世代に残したい日本』」さんのブログです。まず、このエントリー、
アベノミクスで正規雇用者も増え始めた!!
では、「生産年齢人口」(15歳〜65歳人口)に対する割合で、正規雇用、非正規雇用の推移が計算されていて、正規雇用の比率の増加が示されています
 これによれば、非正規雇用の率は、民主党政権下から引き続き、一貫して増えています。他方、正規雇用の率は、民主党政権下では2009年の40.4%から2012年の40.5%へと0.1%ポイント上昇しただけだったのに対して、その後、2014年(10月までの平均)の41.1%にまで、2年で0.6%ポイント増えています。とても見やすい折れ線グラフにされていますので、リンク先をご覧下さい。

 さらに、
もう「非正規雇用がー」は通用しない
というエントリーでは、率ではなく絶対数で見ても、2014年に入って「正規社員は4−6月期、7−9月期と連続して前期比で増加している。しかも、7−9月期は前年同期比でも10万人増加している。」という指摘がなされています。これもグラフ入り。データ、グラフ元は「労働力調査(詳細集計)平成26年(2014年)7〜9月期平均(速報)」

 また、
正規雇用を希望する人 非正規のほうがいい人
というエントリーでは、上記「労働力調査」から、正社員の仕事がないから不本意ながら非正社員に甘んじている人の数と、その人たちの非正社員に占める割合をグラフにされています。これも2013年、2014年の間で傾向的に下がっていて、特に2014年に入ってからは、データのある第3四半期まで下がり続けていることが見て取れます。

 そもそも、雇用が増えているのが非正社員だったとしても、今まで職がなかった人が職にありついたならば、「ありがたい、この職をまた逃したくない」という気持ちが真っ先にくるのは当然ですから、言葉の使い方を慎重にしないと、「非正規が増えているのはいけません」的な言い方だけしていたのではこうした層の人たちから反発を買う恐れがあります。気がついたら、こうした層の人々がこぞって自民党の支持者になって日の丸を振っていることになりかねません。
 それに、「総雇用者所得」で見ると増えているとする安倍さんの言い訳もあながち無視はできません。消費需要につながるのは、一人当たり賃金ではなくて、総雇用者所得だからです。

【「円安倒産」は不況につながるか】
 野党やマスコミのみなさんには、「円安倒産」が出ていることを問題にされる人もいます。倒産についての最新情報は、帝国データバンクの11月集計が出ています。円安倒産についての報道のソースはここです。これによれば、

■「円安関連倒産」は42件(前月39件)判明し、集計開始以降の最多件数を更新

とのことです。
 私たちがどのような政策を目指すべきかという観点から言えば、これは放置されるべきではありません。円安で輸出業者が受けるメリットの方が大きいのですから、メリットを受けたところの負担で、円安で打撃を受ける業者に激変緩和のための補償を行ったとしても、なおトクの方が大きく、景気にマイナスにはなりません。よって、こうした措置を追求すべきです。

 しかし、今後景気に与える影響を予測するという点では、このことをもって景気がよくならないとする理由にはならないと思います。実はこのデータ元が示しているのは、全体としての倒産件数の劇的な減少です。すなわち、

■倒産件数は671件で、前年同月比18.2%の大幅減少を記録し、16ヵ月連続で前年同月を下回った。8月(683件)を下回り今年最少を記録したほか、2006年9月(667件)以来の低水準となった

■負債総額は1100億2300万円と、前年同月から17.6%減少し、6ヵ月連続で前年同月を下回った。2014年3月(1119億6000万円)を下回り、2000年以降で最小となった

ということです。円安倒産というのは、671件中の42件の規模のことで、圧倒的規模の全体が減っている中では、影響はわずかなものと見込まれます。リンク先に見やすいグラフがあるので、ご覧下さい。

【輸出は増えないのか】
 それから、円安が進んでも輸出が増えていないというご指摘があります。日本では輸出産業の海外移転がこのかん進行してしまっていて、円安になってもそもそも輸出品を生産できなくなっているということです。
 これは、目下のところ事実であろうと思います。
 これを確認しておきますと、2012年末にいわゆる「異次元緩和」で円安が始まってから、輸出は2013年を通じて拡大し、2014年に入って頭打ちになっています。
 この、2013年中の輸出拡大は、存在する生産設備の稼働率を上げることによって実現されたものだと思います。このかん、輸入金額も拡大したために貿易赤字は減らなかったのですが、国内産品の競合品の輸入が増えたわけではないので、雇用そのものには拡大方向に働いています。このロジックについては、詳しくは拙サイトの以前書いたエッセーをご覧下さい。
 それが2014年に入って頭打ちになったのは、基本的には生産能力の限界に達したということだと思います。

 この海外生産と国内生産の割合については、2年前の円・ドル相場ときれいに相関することがわかっています。つまり、約2年のラグをおいて、円安は国内生産比率の増大をもたらすということです。
 こちらのレポートの「図3」で1988年以来の折れ線グラフが出ていますので、ご覧下さい。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所レポート:円安が導く輸出「採算改善」と「国内回帰」 (2014年10月24日)

 この法則から見れば、このかんひどい円高があまりに続いて、ずいぶんと海外移転が進んでしまいましたので、多少ラグが長くなる可能性はありますが、まもなく国内回帰の流れは起こるものと思います。11月21日付けの「中小企業ニュース」の記事では、円安による製造業の国内回帰についての報道がなされています。
 以上のことから、おそらく来年度には輸出が増え始めるものと思います。
 なお、アメリカなどの景気拡大が本格化することで輸出が伸びる可能性もあると思います。この効果は「アベノミクス」とは関係ないことですが、それも含めて「成果」であるかのように宣伝されることにも備えなければなりません。不用意に「輸出は増えない」と断言して、そのときになって大衆の信頼をなくすことは避けるべきであると思います。

【設備投資は増えないのか】
 設備投資が増えていないというご指摘がなされることもよく耳にします。
 日本政策投資銀行(旧長銀)が6月に発表した今年の「全国設備投資計画調査(大企業)」では、「大企業(資本金10億円以上)の2014年度国内設備投資額は、製造業(18.5%増)、非製造業(13.2%増)とも増加し、全産業で15.1%増と3年連続の増加となる」と、大幅な増加が示されていました
 もっとも、消費税増税の悪影響で、実際にはかなり抑えられると思います。この計画の勢いが復活するかどうかは、今後の景気対策次第だと思います。

 今後何もたいした対策をとらなければ、消費税増税の悪影響を抜け出すことはなかなかできないと思います。
 しかし、もし消費税増税がなければ、もともと景気拡大の勢いには底堅いものがあったと言えます。今後、追加的な財政、金融の拡大政策がとられることで、来年一年間かけて、それなりに好況が実感されるところまでいくのではないかと思います。
 これは、「楽観」で言っているのではなくて、改憲に向けた安倍スケジュールが着実に進むことを警告して言っているのだということを間違えないようにお願いします。

 それゆえ安易な「アベノミクス失敗」論はやめてほしいし、そもそも何度も言いますが、「アベノミクス」という言葉を反対側の陣営が口にするのはやめて下さい。
 2016年に好況の熱狂の中で、安倍応援アイドルが「アベノミクス!アベノミクス!」と叫んで踊り回ったらどうする!
 私をはめるときには、アイドルのハニトラでお願いします。



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