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16年2月19日 新著『自由のジレンマを解く』紹介/サンダースとスティグリッツのマイナス金利論



 ご報告が遅れましたが、2月16日に、新著『自由のジレンマを解く』がPHP研究所さんから出版されました。サブタイトルは、「グローバル時代に守るべき価値とは何か」。
自由のジレンマを解く
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 ウェブ雑誌シノドスで連載させていただきました、「リスク・責任・決定、そして自由!」の後半の出版になります。前半を2014年秋に出版していただいたのが『ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼』で、PHPの担当編集者の大岩さんの秀逸なアイデアの書名が私の周囲でもたいへん評判でした。それで、弟子たちとの間では、『ロールズの憂鬱 マルクスの覚醒』とか「センの逡巡」とか、いろいろ小難しげな二字熟語(なぜかネガティブワードが多い)が飛び交っていたのですが、結局人名系はやめました。

 『ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼』では、「小さな政府」への転換と誤解されてきた1980年代以降の社会システムの転換の本質は、リスク、決定、責任を一致させることだと論じたわけですが、新著では、なぜこの時期になってこの転換が必要になったかを、固定的人間関係がメインのシステムから流動的人間関係がメインのシステムへの転換から基礎づけています。そして、この後者のシステムにふさわしい社会思想であるリバタリアンの個人主義自由主義に徹しつつ、なおかつ、「大きな政府」で福祉や景気対策に公金を費やす体制が正当化できないか、個々人が連帯して助け合うことが基礎づけられないか、徹底して考え抜いたつもりです。
 その答えは、マクロな方向性と身の回りの取組みに逆方向の原理を振り分けて総合することであり、「私」という主体が二種類あると想定して、自由についてのそれぞれ異なる原理をあてはめることです。…といっても何のことかわからないと思いますので、気になる人はぜひお読み下さい。

 この本は、「あとがき」を書くタイミングを逸してしまって、謝辞がありません。PHPの担当編集者の西村さんにはもちろんおおいに世話になりましたし、何より長きにわたって連載させていただいたシノドスさんのご厚意なしにはこの本はできませんでした。シノドスの芹沢さんの毎度の適切な編集もあわせて感謝しております。その他、謝辞を申し上げるべき人たちがいらっしゃると思いますが、こうした事情ですのですみません。

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 さて、1月に出た大月書店さんの『この経済政策が民主主義を救う』ですが、ご覧いただけましたでしょうか。
 ご存知でないかたは、本エッセーコーナーの紹介記事と、シノドスさんにご転載いただいた「はじめに」の部分をご覧下さい。ご関心をいただけましたら、ぜひご入手下さい。

 その後、書名などでグーグル検索したかぎりでは、次の書評をいただいています。どうもありがとうございます。

濱口桂一郎さん(EU労働法政策雑記帳)

梶谷懐さん(梶ピエールの備忘録。)


児玉昌己さん(児玉昌己研究室)


南船北馬舎さん 近著探訪(39)

田中秀臣さん(Economics Lovers Live)


質問者2さん

赤井誠さん(Akai's Insight & Memo)


宇都宮隆法さん(宇都宮隆法の書評ブログ)


志村建世さん BLOGOS記事


 どれも好意的なご書評をいただきまして、ありがとうございます。アマゾンレビューでも、今のところ六ついただいていますが、どれも概して好意的でありがたく思っています。いつも適切にご紹介下さるUtahさん、今回もありがとうございます。

 向井文雄さんからはツイッターでご紹介いただいたようで、こんなまとめ記事ができています。
向井文雄氏のツイートまとめ(野口旭ケインズ主義2.0批判、松尾匡のBM有効論批判、機能的財政論擁護など

 向井さんには、繰り返し本書を「お勧め」とツイートくださって、本当にありがたいです。
 その一方、「ひっかかる点」として、大恐慌時のアメリカの量的緩和政策の効果について「回復が量的緩和によってなされたという印象づけになってる」とされています。そして、回復をもたらしたのは財政出動であって、中央銀行が作ったおカネはそれに追随して増えたのだとおっしゃっています。
 私はそれは全く否定していなくて、むしろこの部分の論旨で主張したいところです。
 引用いただいているグラフが出てくる箇所は、中央銀行の作ったおカネで財政支出をまかなっても悪性のインフレにはなりませんよと言っている部分です。その証拠として、大恐慌時のアメリカの例を見せているのです。中央銀行がこんなにおカネを作っているのに、たいしてひどいインフレにはなりませんでしたということです。そのおカネの出し方のすごさを見せるために、今世紀日本の量的緩和のおカネの出し方をグラフで並べたのです。
 だから、拙著が、アメリカの大恐慌からの回復が財政支出をともなわない量的緩和によって専らもたらされたと書いているかのように受け取られるむきがあったとしたら、それは全くの誤解です。

 ところで、こんなブログでもご紹介いただきました。
村野瀬玲奈の秘書課広報室
「安倍政権に勝てる対案」(松尾匡さん)と、「バーニー・サンダース支持の理由」(英ガーディアン紙記事)から学ぶべきこと

 ここで、私の本の主張に補足する形で、サンダースさんの反緊縮の主張に野党は学べというツイートが引用されています。
 そうですよねえ。アメリカ大統領選挙の民主党候補選びで躍進している最左翼候補のサンダースさん。私の本でも彼の「120兆円の公共投資」の公約を取り上げましたが、その後予想以上の大活躍ですね。とうとう世論調査で支持率がヒラリーさんを上回ったそうですよ。こないだのニューハンプシャー州予備選では地滑り的勝利でしたしね。

 ではそのサンダースさんの話です。
 最近、日銀が、民間銀行から預かっているおカネに利子をつけていたのをやめて、逆に手数料を取るという、いわゆる「マイナス金利」政策を始めて、世の中大騒ぎになっています。
 日銀が、民間銀行の預けているおカネにプラスの利子をつけたのは、2008年のリーマンショックのあと、一時やめていた量的緩和(金融緩和のすごいやつ)を復活してからです。私はなんでこんなことするのかわかりませんでしたけどね。当時は白川さんの時代でしたけど。
 実は、アメリカの中央銀行(フェッド)も、ほぼ同じ時期に、民間銀行の預けているおカネに利子をあげることを始めています。
 この政策について、去年の末、サンダースさんがニューヨークタイムズに書いた論評の中でこんなふうに言っています。

The New York Times
Bernie Sanders: To Rein In Wall Street, Fix the Fed
By BERNIE SANDERS, DEC. 23, 2015
より

Second, the Fed must stop providing incentives for banks to keep money out of the economy. Since 2008, the Fed has been paying financial institutions interest on excess reserves parked at the central bank ― reserves that have grown to an unprecedented $2.4 trillion. That is insane. Instead of paying banks interest on these reserves, the Fed should charge them a fee that would be used to provide direct loans to small businesses.

[拙訳]第二に、フェッド(アメリカの中央銀行)は、銀行が経済の外におカネを置いておくことへのご褒美を与えるのをやめなければならない。2008年以来、フェッドは、中央銀行に預けてある超過準備(民間の銀行が決められた額以上に中央銀行に預けてあるおカネ)への利子を、金融機関に対して支払ってきた。おかげで、超過準備は史上空前の2兆4千億ドルにまで膨れ上がっている。全く正気のさたではない。こんな超過準備への利子を銀行に払う代わりに、フェッドは、銀行から手数料を取るべきである。本来そのおカネは、中小企業のための直接の貸付として使われるべきもののはずだからである。

 いやあ、いいですねえ。そのとおり。まさに最左翼候補の言うべき主張でしょう!

 あるいは、スティグリッツさん。やはり私の本でも取り上げましたけど、アメリカの代表的なリベラル派のノーベル賞経済学者ですね。
 このスティグリッツさんが、つい先日、ラシドさんってバングラデシュの人らしいのですが、その人と連名でエッセーを書いています。その中で、やっぱり、中央銀行が、民間の銀行が預けているおカネに利子をつけていることを批判しています。こんなことをしたせいで、量的緩和でジャブジャブおカネを出しても、そのまま民間の銀行が中央銀行の口座に預けたままにしてしまって効果が殺がれてしまったと言っているのです。
 そしてそれに続いてこんなことを言っています。

What's Holding Back the World Economy
Joseph E. Stiglitz, Hamid Rashid; 8.Feb.16
より

This amounts to a generous - and largely hidden - subsidy from the Fed to the financial sector. And, as a consequence of the Fed's interest-rate hike last month, the subsidy will increase by $13 billion this year.

[拙訳] (フェッドが超過準備に利子を払ったために、量的緩和の力が殺がれてしまったという議論のあとで)
これは結局のところ、気前のいい──そして大方には隠された──フェッドから金融業界への補助金だったと言ってよい。そして、フェッドの先月の利上げの結果として、その補助金は今年130億ドルにものぼるだろうというわけだ。

To have the desired effect, QE should have been accompanied not only by official efforts to restore impaired lending channels (especially those directed at small- and medium-size enterprises), but also by specific lending targets for banks. Instead of effectively encouraging banks not to lend, the Fed should have been penalizing banks for holding excess reserves.

[拙訳]望ましい効果を発揮するためには、量的緩和にともなって次のことがなければならなかった。ひとつは、損なわれた貸付チャンネルを修復するための公的な取組み(特に、中小企業への直接の貸付について)である。そしてそれだけではなく、銀行に対して一定の貸付目標を課すべきであった。銀行に対して貸付させないように効果的に煽るやり方ではなくて、フェッドは超過準備を保持することへのペナルティを銀行に課すべきだった。

 いやあ、もう「左派の世界標準」って言葉は言い飽きたのですけど、なんべん言えばいいのでしょうねえ。
 スティグリッツさんみたいなリベラル派はヌルすぎて駄目ですかそうですか。サンダースさんは社会主義者を自称していますけどやっぱりヌルいですか。
 ではガチ左翼のマルクス経済学では、「利子」ってそもそも何ですか。労働者から労働を搾取した剰余価値からきているんですよね。みなさんちゃんと『資本論』読んでますか。



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