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16年10月23日 お知らせ二点+ラフォンテーヌさん「中銀は財政ファイナンスを」




※ 当初、Oskar Lafontaineを、「ラフォンティーヌ」と表記しておりましたが、津田塾大学の網谷龍介さんからメールにて、「ラフォンテーヌ」が正しいとのご指摘をいただきました。どうもありがとうございます。たしかにそのとおりで、早速修正いたしました。読者のみなさんにはおわびもうしあげます。

 また一月半以上エッセー更新があきましたが、はいまたバタバタしてました。

 9月の下旬は、原稿の締め切りが三つと、神戸と久留米で講演したのと、学務のひとしごとがイッキに重なって目がまわりました。学務のは、「これは学務なんやぁ」と大手を振って学術文献を読むことができる貴重な機会で、ありがたいことになかなかおもしろいのが多くて助かったのですが、それでも英語の本まるまる一冊を読み込んで報告書を書くのは、英語の不自由な私にはスイスイとはいきませんでしたよ。おもしろかったからよかったけど。ハラハラしたけど結局うまくいって本当によかった。
 神戸と久留米の講演は、どちらも古巣で、なつかしい人々に歓待されてうれしかったです。どちらもそれぞれにオールド左翼の系統の人が中心だと思いますが、その常識からは破天荒に見えそうな経済政策論を真面目に受け止めていただき、少なくとも課題と危機感には強くご賛同いただけたようでありがたく思います。その後10月のはじめには、「京都自由大学」さんでも講演させていただきまして、やはり参加者のみなさんから大変好意的にご評価いただき、このところ危機感が共有されつつあるのかなと──そんな情勢を喜んでいいわけはありませんけど──うれしく思っています。

 これらの講演で、これまでのグラフ類を更新した中で、注目はこれかな。安倍政権成立後の実質GDPの推移が、消費税増税前の駆け込み需要による上ぶれと、消費税増税後の落込みをならして見ると、実質政府支出の推移とぴったり重なっているというもの。結局このかんの景気の動きは概ね財政出動で決まっていて、このところの景気の頭打ちは、財政支出が抑制されているからだということがよくわかります。
GDPと政府支出

 9月の原稿の締め切りの一つは、10月はじめに発売された岩波書店さんの『世界』11月号の論考でした。「なぜ日本の野党は勝てないのか?──反緊縮の時代の世界標準スローガン」です。貴重な機会をいただきました編集部のみなさんに感謝します。東京都知事選挙や、最近の欧米左翼の状況など、拙著『この経済政策が民主主義を救う』出版後の情勢も含めて論評しています。
 この号は、ブレイディみかこさんの國分功一郎さんとの対談記事や、宇都宮健児さんの増田寛也さんとの対談記事も載っていて、反貧困・反緊縮の政策志向が強く出ていていい号です。一見そういうことに関係なさそうなハンガリーの極右政権についての記事が、やはり同様のオチで終わっていて、はからずも号全体の論調を強めています。必読です。是非お手にとってゆっくりご検討いただきたいと思います。

 9月末で一区切りついてホッとしたのもつかの間。経済理論学会大会が福島でありました。10月14日の金曜日の幹事会から出て、土曜日の朝は自分の依頼報告と他の報告者二人へのコメントのセッション、日曜日の最後の分科会で急遽コメンテーターを頼まれて、それが終わって夜中に帰りました。そして、翌朝一番から、大阪茨木市の本学の新キャンパスでの「信用理論研究会」でシンポジウムの報告者をして、午後は討論、夜の懇親会まで出て帰ったというわけ。それまで福島報告の準備で手一杯だったから、福島からの帰りの新幹線の中で翌日の信用理論研究会のパワポを作り出すという、あいかわらずの綱渡りでした。
 まあ、反リフレ派の集まりの学会でして、リフレ派から一人出せということでウチの学部長から人身御供に差し出されたもので、どんなつるし上げになるか戦々恐々でしたけど、みなさん大変紳士的で、総じて暖かく対応していただけてありがたかったです。やっぱりドラエモンと小谷翁がついているのかな。

 すでにお知らせしていますとおり、この報告内容は、本サイト「アカデミック小品」のコーナーに予稿をアップしてあります。
 欧州左派のヘリマネ議論から見た異次元緩和と出口
 これまで一般向けの拙稿では、欧米左派系の金融緩和マネーを使った財政支出論について、全部いっしょにして好意的に紹介してきましたが、実は細かく言うと、緩和マネーを家計に配当する狭義の「ヘリコプターマネー」と、英労働党コービン党首のコービノミクスに掲げるような、間に政策銀行を挟んだ政策投資に緩和マネーを使う方式との間で、論争があります。その論争について簡単にご紹介しています。
 もっと簡単な要約は、この8月に出た『エコノミスト』第94巻第32号に掲載していただいた私の記事「欧州のヘリマネ 導入求める左派 EU緊縮で失業増、福祉崩壊」で書きましたので、ご関心がありましたら是非ご覧下さい。
 この議論の中で言われていることの前提は、望ましい名目経済に対応した通貨が世の中にノーマルに出ているならば、その引き換えで中央銀行の金庫に入っている国債は、政府がおカネを返して減らすわけにはいかないということです。返したらその分世の中からおカネが消えて困りますから。だから中央銀行の金庫に入っている国債は、期限が来たら借り換えして延々返すのを引き延ばしているのです。すると、長期的に見て、将来名目的に経済が成長していくならば、それに合わせて、事実上返済不要な中央銀行保有の国債も増えていくことになります。
 したがって、長期的にその範囲内に収まるならば、政府が中央銀行に国債を買わせて資金を作らせて、それで政府支出しても、その国債は返す必要はなく、インフレがひどくなることもないことになります。特に、失業があって総需要が増えても総供給を増やして対応する余力があるときにはそうです。将来インフレが行き過ぎた時に抑えるために中央銀行が売りに出す分の国債だけが、将来税金で返さなければならない分になります。欧米での論争の論点の一つは、コービノミクス方式の場合、本来政府は返済不要なのにもかかわらず、返済を必要とする形式をとることが、将来の増税に備えて公衆の支出を抑制してしまうのではないかということです。
 この長期的な理屈については、信用理論研究会のフロアからご意見いただいたマル経の先生からも認めていただきました。でも短期的には需要が縮小した時にスタグフレーションになるから駄目というご意見でしたけど。私はそうはならないと思いますが、仮に70年代の「スタグフレーション」と呼ばれた経済状態に今なったとしたら、多くの人はすごい好景気と感じると思います。
 あと、中央銀行の収益を赤字にしてはならないとか、バランスシートを合わせなければならないというのは、そうしないとインフレになるという理由なのだろうかと尋ねたら、「中央銀行というのはそういうものだから」というのが理由だと教えていただき驚いたことが収穫でした。

 まあこの夏も、そのほかの原稿やら審査やら講演等々と、いろいろ追いまくられて終わりました。本当は単著二冊執筆計画が詰まっているのですけど…。
 そういえば、9月17日に神戸大学大学院時代の足立ゼミのOB研究会があったのですが、その懇親会で、前回のエッセーで触れた「シン・ゴジラ」の最後の方で「株、債券、円のトリプル安」と言っているのはおかしいという話をしたら、みんな「そうだそうだ」と同意してくれましたよ。
 世界中から復興資金が流れ込んでくるから円高になるという話ですけどね。まあなにしろあの映画では、ゴジラの放射能は半減期が20日という都合のいい話になっていますから、そりゃ東京の土地を買い占めようと世界中から資金が押し寄せて、とんでもない円高になります。という話をしたら、外国の損保会社に保険をかけている会社が多いので、大量の保険金が海外から流れ込んできてやっぱり円高になるという話をしてくれた人もいて、これだけ専門家がそろっていてみんな「円高になる」と言っているのですから間違いないですよこれは。
 債券は、復興のためにいっぱい発行されるので、これは安くなるのは正しいですね。
 株はどうなるかという話をしたのですが、円高でまず輸出企業の株は暴落です。だいたいは輸出企業の株価で日本株全体が左右されますので、下がるのは間違いないとは言えますが、復興需要を見越して建設株は上がるだろうと。それはそうでしょうけど、建設業への特需がどれだけ日本経済全体に波及するかですね。そう考えると、超円高で輸入資材が爆安ですので、みんな輸入ですましちゃって国内に需要が波及しないと。やっぱり株下落は正しいという結論になりました。

 さて、このかんのことで二点お知らせ。

◆「ひとびとの経済政策研究会」起動

 前回のエッセーで、民進党代表選の三人の候補者に政策提言文書を送ったということをお知らせしました。
 しかし結局誰からも何の反応もなく、安倍政権を作った第一の戦犯の緊縮野田さんが幹事長という結末に。共著者の森永卓郎さんからも、ご賛同のお名前をいただいた方々からも、脱力の声が寄せられています。
 「二重国籍問題」などというどうでもいいことで蓮舫さんが負けることは断じて認めるわけにはいきませんけど、しかし、それでもこれは最悪の結果だったと思います。二重国籍問題については、代表選挙は一時中断して、対立候補二人が音頭をとって、民進党一丸となって蓮舫擁護のキャンペーンをするべきだったと思います。だいたい日本国民は十分正気なのであって、多数派はそんなことは問題にしていないという世論調査結果がでているのです。そうした上で、ちゃんと経済政策論議をしてほしかったです。

 候補者三人とも緊縮色が強くて不満なのですが、その中では玉木雄一郎さんの「こども国債」案が比較的よかったです。これは、私たちの提言文が出るよりもはるかに前から玉木さんがおっしゃっていたことなのですが、新たな国債、「こども国債」を発行して、教育・子育て支援支出を10兆円規模に倍増して、大学教育と就学前教育の無償化と保育士の待遇改善などを実現する政策です。そうすると子育て世代の将来不安がなくなって、消費も増えて景気がよくなるという理屈です。返すまでの期限が20年とか30年の国債にすれば、この政策の結果生まれた子どもがそのあいだに大人になって税金を払うようになるので、モトがとれるのだということです。全くそのとおりだと思います。日銀の量的金融緩和の枠組みで実施すれば、国債は日銀の金庫に入るので、もっと心配に及ばないと言ってもらえたならば満点でしたけど。

 というわけで、今のところは最緊縮執行部ができて残念な結果ですけど、あきらめるわけにはいかないと思います。
 実は、この政策提言文書のアクションは、最近立ち上げた経済政策の研究会で企画・検討したものです。拙著『この経済政策が民主主義を救う』などを、関西学院大学総合政策学部教授の朴勝俊さん、長浜バイオ大学准教授の西郷甲矢人さんという、どちらも京都市内在住のお二人が、それぞれ独立にご評価下さって、大いに盛り上がったので、この際研究会を作って、啓蒙活動と、数字を示した実装レベルの政策案を作ろうということになって立ち上げたものです。
 詳しくは、研究会のサイトを立ち上げましたので、是非ご覧下さい。今後いろいろコンテンツが増えていく予定です。
ひとびとの経済政策研究会


 前回のエッセーでは、補正予算3.28兆円でショボいとか書きましたが、よく考えたらやっぱり安倍さんたちをあなどっていたかもと思います。財政投融資も補正されていて、3.1兆円増額されているのでした。財投債も国債のひとつにほかならず、直接でないにしても、建設国債と同じで日銀が買う対象です。日銀の「長短金利なんとか」という何べん聞いても名前が覚えられない新しい枠組みによれば、政府が国債を発行して長期金利に上昇圧力がかかったら、それが元に戻るまで日銀は国債を買っておカネを出すことになるのですから、要は、金融緩和も今や政府支出次第で、政府が国債を出した分日銀が緩和マネーを出すということになります。もともと一般会計も財政投融資も減らされる傾向が続いてきましたから、決してそんな目を見張るような支出とは言えないのですけど、6.4兆円弱の追加というのはそれなりに景気にインパクトがあるかもしれません。なんとかがんばって魅力的な対案を作らなければならないと思います。

◆ 「マルクスの基本定理」の数式を使わない説明

 二つ目のお知らせなのですが、師匠置塩信雄の「マルクスの基本定理」を、数式を使わないで一般的に証明する説明を開発しましたので、そのパワーポイントファイルをアップしました。
マルクスの基本定理の数式を使わない証明
(SlideShareリンク 読者のかたからのご要望によりリンク。テキスト改行の崩れあり。16年10月25日)

 私は昔から、できるだけ何でも図で証明したり説明したりするのが好きで、仮面ライダークウガ世代の院生たちの間では、「一番ランクの低い図解人」ということになっています(敵側怪人の一番ランクの低いのが「ズ怪人」)。ちなみに一番ランクの高いのが、意味不明の、まるで文字化けのようなトポロジー記号を使う説明で、「究極の闇をもたらす存在」。次にランクの高いのは、難しい哲学用語を使って、本当は分かっていないのに分かったような気にさせる「誤解人」。

 「マルクスの基本定理」は、投下労働価値と比例する価格かどうかにかかわらず、正の利潤が発生するあらゆる価格のもとで、利潤の存在が労働の搾取を意味することを数学的に証明したものです。もちろん置塩はこれを、一般的な多部門経済について証明しているのですが、その証明には行列やベクトルの知識が必要です。もともとそんなものを使う授業など成り立ちませんでしたけど、近年では高校で行列やベクトルを全然やっていないそうで、なおさら授業では無理です。
 置塩は、主観的には一般向けの啓蒙書のつもりで書いた『蓄積論』で、これを生産手段と消費財の二部門モデルで証明して見せました。たしかにこうすれば、簡単な連立方程式で証明できるのですけど(本学ではそれでも難儀するので必修に近い大講義ではやはり無理ですが)、世の中にこの二種類しか財がないという想定をすること自体が、非常に抽象度が高くてついてくるのが難しいようです。

 一般の人はもちろんそうなので、なんとか財の種類が一般的にいくつもある現実の想定のもとで、わかりやすく図解で証明する方法がないかと、ずっと考えていたのです。『図解雑学マルクス経済学』では、図解の説明をしましたけど、これは厳密な証明ではないです。労働者各自の搾取までちゃんと証明できたわけでなくて、本質的原理の「説明」にとどまっています。

 それがとうとうできたのだ。院生たちが口を揃えてみんな「わかりやすい」と言ってくれるし、うれしくなって、上述の経済理論学会福島大会の自分の報告のときに披露しました。実は厳密な数学的証明にもなっていると思うし、そのくせ数学が苦手な人にも絶対にわかる。まあ、うそだと思ったら是非ご覧下さい。

◆ ラフォンテーヌさん「中銀は財政ファイナンスを」

 では今日のメインコンテンツ。
 上述の『世界』など先月終わりに書いた原稿では、拙著『この経済政策が民主主義を救う』を書いて以降知った欧米左派の情報を載せています。その中には、ドイツのラフォンテーヌさんの政策論、フランスのメランションさんの政策、その後の欧州左翼党の政策文書、連邦準備制度理事会の利上げ計画に抗議するアメリカの左派団体などがあります。そのうち、欧州左翼党の「アクションプラン」について、上記「ひとびとの経済政策研究会」のサイト内で朴さんが全訳してくださっていますので、興味のある方は是非ご覧になって下さい。拙サイトでも、後日のエッセーでまとめてリンクをつけようと思っています。
 いずれにしても、金融緩和マネーを使って政府が民衆のために直接に支出するという対案は、新自由主義やそれと見分けがつかない中道派に対する左からの批判勢力にとって、ほとんど常識と化していると言うことができると思います。

 今日はその中から一つ拙訳をお見せします。
 オスカー・ラフォンテーヌさんってご存知ですか。1998年に成立したドイツのシュレーダー社民党政権の蔵相だったのですが、新自由主義まがいの市場志向の中道路線を走る首相と対立して辞任、その後党を割って、東独の旧共産党の流れを汲む民主社会党と合流して左翼党を結成し、その初代共同代表の一人になった大物です。彼は今年の4月、伊・独の左翼党の政治家二人とともに書いた論説の中で、欧州中央銀行が政府の財政をファイナンスすべきことを提唱しています。その中では、低所得者に中銀マネーを配布するいわゆる「ヘリコプターマネー」の可能性も示唆されています。
 その英訳が、「人民の量的緩和」を提唱するヨーロッパの団体「Quantitative Easing for People」のサイトで紹介されています。
Europe Before the Crash

 これを全訳しましたので、以下にお見せします。例によって怪しさ満点の私の英訳ですので、みなさんは決して信頼せず、英語のできる人は原文に当たってご確認下さい。角括弧[ ]内は私による補足です。


ヨーロッパ・ビフォー・ザ・クラッシュ


欧州中央銀行は、新たなバブルを作り出すのはやめて、実体経済を刺激するべきである。その手段は、投資に融資するか、あるいは低所得家計への給付を行うかだ。

この記事は、ファビオ・デマシとステファーノ・マッシーナ、オスカー・ラフォンテーヌによるもので、もともと2016年4月4日にドイツの新聞FAZに載り、ついで2016年4月11日のイタリアの新聞コリエレ・デラ・セラに発表されたものである。

[本文]
 次なる金融恐慌が迫っている。金融市場の規制緩和、年金システムの民営化、社会的格差の拡大、国の支出の削減によって、ますます多くの資金が金融市場に押し出されている。というのも、実体経済には需要と投資が欠如しているからである。
 2007年[ママ]の経済・金融恐慌以来、欧州中央銀行は欧州という病人に対して、低廉な資金を供給するという人工呼吸を試みてきた。しかしその一方で、国の支出や賃金や年金を削減することで、病人の血が抜き取られてきた。

 欧州中銀からの低廉な資金は実体経済にまで行き着くことはなかった。なぜなら、企業も政府も、ゼロ金利にもかかわらず投資しようとしないからである。対称的に、株屋や富裕層が有利になった。なぜなら、中央銀行が彼らの証券を買い上げて、利益率を支えたからである。数多くの研究が──例えば、イングランド銀行による研究が──証明しているように、この金融政策は、富める者をますます富ませた。

 それゆえ、今やひとつの不都合な真実に向かっている。次の金融恐慌がきたときには、中央銀行は全く成す術を持たないだろう。金融テロを引き合いにした現金引き出し制限についての議論は、実際のところ、中央銀行がここからどこに行けばいいのかわからないから進められたものなのだ。

「この金融政策は理屈に合わない」
 銀行が欧州中銀に持つ預金へのマイナス金利は、銀行にもっと貸し出しを促進することはなかった。というのは、企業が投資しようとしないからである。それゆえ今やEUの市民は、こうした懲罰的利率を銀行が顧客に転化して彼らに消費を強いることが許される中で、自分のカネをマットレスの下に隠さずに銀行に預けるべく強いられることになっている。この金融政策は理屈に合わないし、法的な預金保証への信頼を突き崩し、銀行に対する取り付け騒ぎをかき立てる危険がある。
 金融政策は、財政政策によってサポートされなければうまくいかない。ところが財政協定は、多くのEU諸国に手詰まりを強いている。加えて、これらの国々の財政出動の余地はやはり限られている。というのも、反成長的な予算削減だとか、銀行救済だとか、資産への不十分な課税のせいで、国の債務がますます増大しているからだ。

欧州中銀は公共投資をファイナンスできるはずだ。

 それゆえ欧州中銀は道を変えて、バブルの資金をまかなうのではなくて、投資の資金をまかなわなければならない。欧州中銀は、銀行や金持ちから証券を買って金融市場にこれ以上の資金を注入するのをやめて、経済を刺激しなければならない。
 マリオ・ドラギ[欧州中銀総裁]は、物価の安定という目的に気を配りながらも、公共投資をファイナンスすることができるはずである。そしてそれによって実体経済に資金を注入すればいいのである。どこまでかと言えば、例えば、若年雇用の憂慮すべき高い[失業]率が削減されるまでは。そのことは、民間投資を活性化させるだろう。未来のために緊急に必要なサービス、例えば教育や研究、十分な住宅、分散的なエネルギー供給は長い間無視されてきた。その無視は、移民危機という報いを全力で受けている。

 たしかに、EU条約とドイツ連銀によって、政府へのマネーファイナンスは禁止とされたわけだが、欧州中銀はこれを無視するべきではないか。結局のところ、銀行のためのカネはいいカネで、政府のためのカネは悪いカネとされているのはなぜかと聞かれても、その理由はさだかではないのだ。スペインの不動産危機や金融市場のメルトダウンを見ても、銀行が政府よりも賢く資金を扱えるなどとは言えないことがわかる。

 また、欧州中銀はボタン一個押すだけで、低所得の民間家計の銀行口座に信用を払い込む(make credit payments)こともできよう。このことはEU条約に反してさえいない。このアイデアは、新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンを思い起こさせる。彼は、自らの貨幣理論において、中央銀行がヘリコプターから大衆に貨幣を散布する比喩を用いたものだ。しかしながら、消費を刺激するために短期的に現金を注入するよりも、投資に融資した方が、長期的にはより分別があるように思われる。

 我々は、この提案が採用されることは起こりそうにないことは承知している。実際、ツィプラス政権が当初、賃金や年金を削減して経済をさらに破壊することを拒否したからと言って、欧州中銀はギリシャに貨幣供給することをしぶった。だからこそ、ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツや、イングランド銀行マーヴィン・キング前総裁が、ユーロの空中分解を予想しているのである。

 それゆえ、そのときには(in case of doubt)政府は自分自身の民主的な金融政策を導入しなければならない。しかしそのことは、欧州通貨システム(EMS)の中で自国通貨が変動する仕組みに戻らなければならないことを意味する。もし南欧諸国の中央銀行が何らかの投資プログラムに融資しようとしたならば、新通貨に対してプレッシャーをかけることになる。通貨投機の犠牲になることを避けようとするならば、ユーロを抜けたこれらの諸国は、まずもってデンマークとともに現在のEMSに加盟するのがよいだろう。後者は、参加中央銀行が、欧州中銀も含め、一旦為替レートが[許容する]変動幅から外れたならば、為替市場に介入することを必要とするだろう。そうすると、為替レートの日々の調整は、EU条約にしたがうならば、財務大臣の責任になる。

 新たな欧州通貨システムと民主的にコントロールされた中央銀行があれば、EU経済の再建は可能であろうし、金融市場による破壊から欧州の民主主義を守ることができるだろう。
[本文終わり]


オスカー・ラフォンテーヌは、ドイツの元大蔵大臣で、社会民主党と左翼党の党首だった。

ステファーノ・マッシーナは、イタリアの元経済財務副大臣で、国際通貨基金(IMF)に勤めていたことがある。現在は、イタリア左翼党の下院議員である。

ファビオ・デマシ(ドイツ左翼党)は、欧州議会の経済通貨問題委員である。



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