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17年5月5日 バルファキスさんとメランションさんが言っていること



 前回4月3日のエッセーでお知らせしました、ケン・ローチさん監督、ブレイディみかこさん字幕監修のドキュメンタリー映画DVD『1945年の精神』が、ついに5月1日から発売されています。この特典映像のおまけのDVD、宇都宮健児さん、唐鎌直義さん、國分功一郎さん、山本太郎さん、そして不肖私がメッセージを語っているとお知らせした通りなのですが、なんと本編が94分なのに、このおまけが173分と倍近くあるという! すみません。私が一番長くしゃべっています。私のせいです、はい。
 同じ作品について語っているから当然と言えば当然かもしれませんが、みんな反緊縮で筋が通っていて、さすがはブレイディ人脈。特に、山本太郎さんの熱弁には、何度も「その通り!」と熱くなりますよ。…でも、個人的に一番ツボにきたのは、キャンパスは違う同僚の唐鎌直義さんの、15分56秒ごろの「大変だねえ…」の後の間合い(笑)。

 同じケン・ローチ監督の『わたしは、ダニエル・ブレイク』も、やっと映画館に行く余裕ができて、このあいだ海外出張前日がラストチャンスだったので観てきました。すばらしかったですねえ。ブレイディさんが、「『わたしは、ダニエル・ブレイク』はチャリティー映画じゃない。反緊縮映画だ。」とおっしゃっていましたけど、実際観たらよくわかりました。緊縮政策が、ごく普通に一生懸命生きている善良な人を、いかに追い詰めていくか。ブレイディさんのこの記事によれば、本当にこの映画の主人公のように、病気持ちなのに役所から就労可能とされたあげく心臓発作で亡くなった人がいたそうですが、哀れみではなく、怒りこそ、緊縮の犠牲者への追悼にふさわしいという気にさせる映画です。

闘う者にはサムズアップを!
闘えない者にはハグを!

って感じですかね。


 ところで、元自衛官の平和活動家の泥憲和さんが、憲法記念日の朝亡くなられたと聞き、ショックを受けています。ご本人とは二、三回話す機会があっただけですが、人間のスケールが私など足元にも及ばぬ人だと思いました。
 ご著書『安倍首相から「日本」を取り戻せ!!』(amazon, honto, HonyaClub)をいただいておきながら、書評もせずもうしわけないと思います。これを読んだり、ご講演を(わずかの回数聞いただけで、これももうしわけなく、心残りですが)聞いたりしてつくづく感じますのは、私も含め、我が陣営の中の誰も、安保問題についてこんなに適切に考えることができる人はいないだろうということです。実体験と専門知識とアップデートを怠らない一次資料に裏打ちされた議論は、専門外の私にとっては、今まで聞いた中で一番信頼できる話でした。
 そして、何より信頼できると思ったのは、あるメーリングリストに流してくださった「アイデンティティ・ポリティクスへの警戒」と題する(これはご自身のツイッターの投稿をまとめたものなのかな)実体験をふまえた論考でした。ご講演でも聞いたことがあります。公開していいかどうかわからないので詳しく書きませんが、拙著『新しい左翼入門』で言う「銑次の道」の蹉跌の典型パターンについて、その原因を根本的な姿勢の中に探っているものだと思います。大事なところだけ引用します。

「マイノリティの意思と一口にいうが、それはそんなにくっきりと立ち現れるものなのだろうか。マイノリティも地域社会で生きており、日本の政治に巻き込まれ、思想傾向も様々である。マイノリティにのみ純粋に保持されている意思とは、幻ではないのか。」
「少数派なのだから優先されるべき発言権があり、多数派は後ろに下がるべきという関係性が一旦構築されると、それはどこまでも原則化されて固定化し、エスカレートして、生き生きとした交流を妨げてしまう。そういう現実を、私は体験した。」

 反レイシズムのカウンター行動などで、常に最前線で差別と闘ってきた泥さんだからこそ説得力を持つ言葉だと思います。しかも、上から目線の頭でっかちの「嘉顕の道」(拙著『新しい左翼入門』)の姿勢からはほど遠い人だからこそです。…雲の上からきれいごとを言っても差別はなくならない。マイノリティ大衆の中の、長年の差別が産んだ歪みも含め、「すべてをひっくるめて丸抱えで前進して」いかなければならない。大衆とともに悩み、大衆とともに汚れ、一緒に進んでいくのが正しい。…そんな姿勢の、説得力も必要性も、よく経験しぬいた上で、しかしその姿勢の陥りかねない袋小路について警告しているわけです。このことについても、泥さん以上に適切に考えることができる人が我が陣営にいるだろうかと思うと、つくづく損失だと思います。私にはとても無理ですが、遺された課題として、みんなでずっと考えていかなければならないと思います。


 ああ、そういえば、農協青年部の機関誌的な雑誌『地上』の6月号に、私のインタビュー記事が載りました。題して、「なぜ安倍政権の支持率は高いままなのか」。前回のエッセーでも述べた内容を概説し、現行経済政策の矛盾点をいかに乗り越えるかを提起しています。プロのカメラマンにパシャパシャ撮られた姿が載っていて、いやん恥ずかしい〜。


 さてそろそろ今日の本題に。
 まず、バルファキスさん(Yanis Varoufakis)という人をご存知でしょうか。2015年のギリシャ総選挙で成立した急進左翼党政権で財務大臣を務めた人と言えば、思い出す人も多いと思います。IMFやEU当局、欧州中銀の「トロイカ」が緊縮政策を押し付けるのに対抗して、大幅な債務帳消しを主張しました。しかし、冷酷なドイツ政府の壁は厚く、欧州中銀による流動性供給制限の兵糧攻めにチプラス首相は降参して、とうとう緊縮策を受け入れることになります。この過程で、債権国団から嫌われていたバルファキスさんは、「(辞任すれば)交渉がまとまりやすくなると首相が判断した」と言って辞任しました。
 現在バルファキスさんは、イギリスのメディアに頻繁に登場して辛辣にEU当局を批判しています(ただし、イギリスのEU残留を支持していました)。ブレイディみかこさんによれば、「労働者階級のおっちゃんたちの間で妙に人気を博している」とのことです。昨年6月には、テクノクラートの独裁へと進むEUを民主化するための運動、Democracy in Europe Movement 2025 (「欧州に民主主義を」運動2015, 略称DiEM25)を立ち上げています。

 このDiEM25ですが、言語学者のノーム・チョムスキーさんや経済学者のジェームズ・ガルブレイスさん(ジョン・ケネス・ガルブレイスの息子)、社会運動家のスーザン・ジョージさん、哲学者のトニ・ネグリさん、映画監督のケン・ローチさんといった豪華大物が主要メンバーに名を連ねています。ところがそれにしては日本では全然知られていませんね。「お前が知らなかっただけ」と言われそうで怖いのですが、ネット検索しても日本語情報はほとんど出てきません。ウィキペディア日本語版にもありませんし。ブレイディみかこさんが、私信のメールの中で当たり前のように「DiEM25」という言葉を使っていて、恥ずかしながら何のことかわからなかったのですが、向こうの感覚では知ってて当然なのでしょう。

 そもそも、バルファキスさんの情報自体、日本では少ないですよね。日本語ウィキペディアでは、大臣辞任で話が終わっているし。しかも、まるで国民投票の緊縮拒否結果に反対して辞めたように誤解される書き方になっているし、文春記事を元に「トロイの木馬」とか一方的な憶測だけ書いてあるし、なんかものすごく偏った書き方になっています。
 ゲーム理論家だし、主流経済学を極めた人なので、日本の左翼界では何か偏見があるのかもしれません。しかし、ガーディアンのサイトに、「余は何故にマルキストになりしか」というようなエッセーがあるのですけど(よくまだ読んでない)。

 さて、このバルファキスさんが「欧州を救うひとつのニューディール」という論考を発表しています。今年1月25日に、欧州の社会民主主義者を中心とした左派系の論客が寄稿するウェブ雑誌「ソーシャル・ヨーロッパ」(Social Europe)に掲載され、同じものが、2月14日に自身のウェブサイトの中で公表されています。
 これをざっと和訳してみたので、今、「ひとびとの経済政策研究会」のメンバーに回して検討してもらっているところです。完成したら同会のブログに載せますが、ここでは、とりあえず目についたところを紹介したいと思います。

 この論考では、DiEM25が打ち出した「欧州ニューディール」の骨子を紹介しています。そこでは、「大規模なグリーン投資」「雇用保障システム」「反貧困基金」「普遍的な基礎配当」「立ち退きに対抗する保護政策」の五項目があがっています。
 この最初の「大規模なグリーン投資」は、次のように説明されています。

「このための資金は、欧州の公共投資銀行(欧州投資銀行とかKfWなど)と諸中央銀行との連携によってまかなわれる(投資事業債を買い取る量的緩和を遂行することに基づく)。それによって、欧州の総所得の5%をグリーンエネルギーと持続可能技術への投資に向ける。」

 KfWというのは、ドイツの政策銀行である「ドイツ復興金融公庫」のことです。ここでは、イギリス労働党のコービン党首の「コービノミクス」の「人民の量的緩和」同様、中央銀行が投資事業債を買い取っておカネを出す量的緩和によって、政策銀行を通じて大規模な政策投資をすることが提唱されています。
 「グリーン投資」だけでなくて、雇用制度も反貧困基金も、「公共目的のための公共銀行」の仕組みでなされることが記されています。「特に、諸中央銀行のすべての通貨発行益は、これらの目的のために使われるべきであろう」とあることに注目すべきでしょう。
 ちなみに、「諸中央銀行」と訳したのは、”central banks”と、複数形になっているからですが、これは、欧州中央銀行の独裁ではなく、各国政府が各国中央銀行をコントロールできる余地をもたせようという志向があるためだろうと思います。


 次にご紹介したいのは、先ごろのフランス大統領選挙第一回投票で惜しくも決選に入らなかった、左翼候補ジャン・リュック・メランションさんの提唱する政策です。決選投票は、全くアメリカ大統領選挙同様の燃えない組み合わせになってしまいましたが、メランションさんが得票率20%にまで迫ったことは、大きなインパクトを持つと思います。先の都知事選挙では、その前の宇都宮票の三割が小池さんに入ったという出口調査結果もありましたし、サンダースさんの支持票からトランプさんに流れたのもかなりあったと言われます。マクロンさんが安泰気分でいてメランション支持者の望む政策を取り入れなかったら、怖い思いをすることになると思います。
 メランションさんは、2012年の大統領選挙のときにも、中央銀行の独立を否定して、中央銀行が各国の国債を買い取ることを提唱していました。
 今回はどんなことを言っているのかなと気になって、フランスの専門家の知人に問い合わせたら、詳しいリンクを紹介されたはいいが、全部フランス語なので読めなかったのでした。それでこのサイトのトップページで、以下のように「ヘルプ」を訴えたのでした。

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 誰かヘルプ! フランス大統領選挙の第1回投票が明日に迫っていますが、躍進著しい左翼候補メランションの経済政策綱領が日本語でわかりません。経済専門ではないフランス専門の知人に聞いたらこんなサイトを紹介されましたが、全部フランス語なので読めません(笑)。
選挙キャンペーンサイト
https://jlm2017.fr/
政策
https://avenirencommun.fr/app/uploads/2017/04/programme3minutes-1.pdf
https://avenirencommun.fr/livrets-thematiques/
メランションの経済顧問
https://fr.wikipedia.org/wiki/Jacques_G%C3%A9n%C3%A9reux
https://www.youtube.com/watch?v=W-qHIyuwxQU
新聞記事
http://premium.lefigaro.fr/conjoncture/2017/04/10/20002-20170410ARTFIG00145-dette-publique-melenchon-fait-le-pari-de-l-inflation.php
http://abonnes.lemonde.fr/politique/article/2017/02/20/jean-luc-melenchon-fait-un-pari-keynesien_5082558_823448.html
景気拡大のための大規模な支出とか、欧州中央銀行の独立性を制限するとか、各国の公債を欧州中央銀行に買い取らせて永久債にするとか言っているそうですが。別に、明日に間に合わせる必要はないのですけど、どなたか経済政策部分だけでも訳して公開してもらえませんかねえ。
 昨日は、スペインから「ポデモス」のイグナシアスが、ポルトガルから「左翼ブロック」のフランシシュク・ローサが応援に駆けつけていたそうです。サンダース選挙の中心人物たちがメランションの支持声明をルモンドだったかにしているそうです。決選に残るのは夢ではない。がんばって欲しいものです。(17年4月22日)
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 その後、ありがたいご教示もあったのですが、私の一番知りたい中央銀行の財政ファイナンス問題がわからないので、上記の「新聞記事」の最初のリンク先の記事を、グーグル翻訳にかけて英語にしてみました。そしたらかなりすごいことが書いてある!

 まず見出し自体刺激的です。「こらえられないフランスの候補は、欧州中央銀行がすべての公債を買い取ることを望む。そうすれば諸国は「息をつく」だろうと。たとえインフレになってもよい。」
 本文でもそんなことが書かれています。そして、メランションさんのブレーンの言葉も引用されているのですが、曰く、「欧州中央銀行が公的債務を直接ファイナンスできるように」改革するとのことです。
 メランションさんは、欧州中銀が諸国の公債を買い取って永久債にしてしまえば、債務は消えてしまって諸国は解放されると言っています。借金をなくす方法は、インフレか戦争か返済しかないが、返済なんかできっこないんだから、インフレか戦争しかない。だったら戦争よりはインフレの方が人が死なないだけマシだと言っています。これによるインフレ率は、4%から5%ぐらいだと見積もっています。
 いやまったくその通りですと言うほかないですが、さすがに得票率20%の大統領候補がここまではっきり言うと私もビビる(笑)。

 グーグル先生のお間違いかもしれませんので、フランス語のできる人は是非正しく訳して公表して下さい。上のバルファキスさんとかDiEM25についてもそうですが、日本の左派系には、外国語に堪能な欧州経済の専門家がたくさんいるのですから、こんなことはもっと紹介されてしかるべきだと思うのですが、全然こっちに届いてこないのはどうしてだろうと思います。なんか、一部のエコロジー系に偏った紹介ばかりがされていると感じるのはうがちすぎでしょうか。

 このかん何度も何度も、欧州左翼が中央銀行の緩和マネーを使った財政ファイナンスを主張していることを紹介してきたのですが、何度言っても日本ではトンデモ扱いされてしまう。もうこれだけ証拠がそろっているのだから、いいかげんこれが欧州左翼の常識だということを認めてほしいものです。

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