マルクスの基本定理の証明
これは、『経済科学通信』2001年の第95号に発表した記事(「業績一覧」エッセー、啓蒙その他 No.4)の一部である。
各財の純生産量を要素とする縦ベクトルをy、各財の総生産量を要素とする縦ベクトルをx、投入係数行列(第i財1単位を生産するのに投入しなければならない第j財の量ajiをj行i列の要素として並べた行列)をAとすると、xの総生産をするために生産手段として投入しなければならない各財の量はAxの要素で表されるので、この体系が再生産可能であるならば、次のことが成り立つ。
[純生産可能条件](1)は、次のようにも書き換えられる。
各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である総生産xを適当に実現すれば、
x−Ax=y (1)
にしたがって、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である純生産yをいかようにも実現することができる。
(I−A)x=y (1)'ただし、Iは単位行列である。
[利潤の存在条件]
与えられた正のwのもとで、
p>pA+wτ (2)
を満たす、全ての要素が正のpが存在する。
pAは各財1単位の生産のために投入された生産手段の費用、wτは各財1単位の生産のために費やされた賃金費用を表わし、右辺が全体で各財1単位生産の費用を意味している。ただし、τの要素はすべて正、すなわちあらゆる財の生産には労働投入を必要とするものとする。(2)は次のように書き換えられる。
p(I−A)>wτ (2)'さて、次に、マルクスの投下労働価値を定義する。すなわちそれは、各財を生産するために、直接間接に必要な労働量である。これを要素とする横ベクトルtは、次のように表される。
[投下労働価値の定義]
t=tA+τ (3)
τが全ての要素について正で、純生産可能条件が満たされるならば、tは全ての要素について正である。(3)は次のように書き換えられる。
t(I−A)=τ (3)'(3)の意味は、tAが投入する財の投下労働価値、すなわち「死んだ労働」で、τが直接投入労働、すなわち「生きた労働」で、これを加えたものが生産物の労働価値になるということである。
wt(I−A)=wτこれと、(2)'より、
p(I−A)>wt(I−A)すると、この両辺に右から、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である何らかの総生産ベクトルxを適当にかけることにより、(1)'から、
py>wty (4)が、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正であるあらゆる純生産ベクトルyについて成り立つことになる。
pb=w (5)である。すると、bもまた、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である縦ベクトルに違いないから、yをbに置き換えても(4)は成り立つので、
pb>wtb(5)より、左辺はwなので、両辺をwで割って、次の式が出てくる。
[剰余条件]
1>tb (6)
bは労働1単位の報酬で入手できる財である。tは各財生産のために直接間接に必要な労働だから、tbは労働1単位提供した見返りで入手できる財に直接間接投入される労働である。これが1より小ということは、提供した労働よりも受け取った労働の方が少ないということである。すなわちこれは労働の搾取を意味する。よって、利潤の存在条件と労働の搾取とが同値であることが証明された。これが「マルクスの基本定理」である。
追伸:十分条件の証明についてお問い合わせがありました。[利潤の存在条件]は、すべての部門で利潤が発生する正の価格ベクトルが、なんでもいいから存在すればいいのですから、(6)が成り立てば、投下労働価値に比例する価格のもとですべての部門に利潤が発生します。(6)の両辺にτをかけて、tAを両辺に足せば、左辺はtとなり、tに比例するpのもとで(2)が導かれます。
ではこの場合の十分条件よりももう少し厳しくして、例えば、[剰余条件]から、均等利潤率が成り立つ生産価格の存在を導くことはできるでしょうか。実はこれは必ずしも導けません。非基礎部門が存在し、そこに自己再帰経路をもつ部門が存在するならば、[剰余条件]が満たされても均等利潤率体系が成り立たないケースが出てきます。『資本制経済の基礎理論』増訂版86-88ページを参照のこと。