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 マルクスの基本定理の証明



数学を使わない証明はこちらを参照のこと。 (2016年10月23日)
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 これは、『経済科学通信』2001年の第95号に発表した記事(「業績一覧」エッセー、啓蒙その他 No.4)の一部である。

 各財の純生産量を要素とする縦ベクトルを、各財の総生産量を要素とする縦ベクトルを、投入係数行列(第i財1単位を生産するのに投入しなければならない第j財の量ajiをj行i列の要素として並べた行列)とすると、の総生産をするために生産手段として投入しなければならない各財の量はAxの要素で表されるので、この体系が再生産可能であるならば、次のことが成り立つ。
 

[純生産可能条件]
 各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である総生産を適当に実現すれば、
 Ax    (1)
にしたがって、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である純生産をいかようにも実現することができる。
(1)は、次のようにも書き換えられる。
 ()    (1)'
ただし、は単位行列である。
 純生産可能条件は、財の投入・産出関係を表すが満たさなければならない条件で、その意味することは、総生産よりも投入が多くなってしまうことはないということである。よってこれを満たさなければ世の中が成り立たなくなる。(これは数学的にはがホーキンズ・サイモン条件を満たすということであるが、とりあえずここではその内容を知っている必要はない。)
 さて、不等価交換で詐取することによって利潤をもうけることならいくらでもできるが、安定的に再生産される資本主義経済では、他部門を犠牲にすることなく、すべての部門で利潤を出すことができなければならない。今、各財の価格を要素とする横ベクトルを、貨幣賃金率を(スカラー量)、労働投入係数を横ベクトルτで表すと、この条件は次のように表される。
 
[利潤の存在条件]
与えられた正ののもとで、
 pAτ    (2)
を満たす、全ての要素が正のが存在する。


pAは各財1単位の生産のために投入された生産手段の費用、τは各財1単位の生産のために費やされた賃金費用を表わし、右辺が全体で各財1単位生産の費用を意味している。ただし、τの要素はすべて正、すなわちあらゆる財の生産には労働投入を必要とするものとする。(2)は次のように書き換えられる。

 p()>τ    (2)'
 さて、次に、マルクスの投下労働価値を定義する。すなわちそれは、各財を生産するために、直接間接に必要な労働量である。これを要素とする横ベクトルは、次のように表される。
 
[投下労働価値の定義]
 tAτ    (3)


τが全ての要素について正で、純生産可能条件が満たされるならば、は全ての要素について正である。(3)は次のように書き換えられる。

 ()=τ    (3)'
 (3)の意味は、tAが投入する財の投下労働価値、すなわち「死んだ労働」で、τが直接投入労働、すなわち「生きた労働」で、これを加えたものが生産物の労働価値になるということである。
 今、(3)'の両辺にをかけると、こうなる。
 ()=τ
これと、(2)'より、
 ()>()
すると、この両辺に右から、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である何らかの総生産ベクトルを適当にかけることにより、(1)'から、
 pyty    (4)
が、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正であるあらゆる純生産ベクトルについて成り立つことになる。
 ここで、1単位の労働に対する貨幣的報酬で購入できる適当な財の組み合わせを縦ベクトルで表せば、
 pb    (5)
である。すると、もまた、各要素がゼロ以上で、少なくとも一つの要素が正である縦ベクトルに違いないから、に置き換えても(4)は成り立つので、
 pbtb
(5)より、左辺はなので、両辺をで割って、次の式が出てくる。
 
[剰余条件]
 1>tb    (6)


は労働1単位の報酬で入手できる財である。は各財生産のために直接間接に必要な労働だから、tbは労働1単位提供した見返りで入手できる財に直接間接投入される労働である。これが1より小ということは、提供した労働よりも受け取った労働の方が少ないということである。すなわちこれは労働の搾取を意味する。よって、利潤の存在条件と労働の搾取とが同値であることが証明された。これが「マルクスの基本定理」である。
 

追伸:十分条件の証明についてお問い合わせがありました。[利潤の存在条件]は、すべての部門で利潤が発生する正の価格ベクトルが、なんでもいいから存在すればいいのですから、(6)が成り立てば、投下労働価値に比例する価格のもとですべての部門に利潤が発生します。(6)の両辺にτをかけて、tAを両辺に足せば、左辺はとなり、に比例するのもとで(2)が導かれます。

 ではこの場合の十分条件よりももう少し厳しくして、例えば、[剰余条件]から、均等利潤率が成り立つ生産価格の存在を導くことはできるでしょうか。実はこれは必ずしも導けません。非基礎部門が存在し、そこに自己再帰経路をもつ部門が存在するならば、[剰余条件]が満たされても均等利潤率体系が成り立たないケースが出てきます。『資本制経済の基礎理論』増訂版86-88ページを参照のこと。
 
 

 
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