松尾匡のページ

10年2月3日 給食費未納は失業でかなり説明できる


 2月1日、筑摩書房の景気の本の原稿を一応書き上げて送りました。あとは、「図解雑学」の原稿に取りかからなければならないのと、成績づけの大仕事があるのですが、一仕事終えたばかりで気が抜けたら、今日は朝から寒気はするし頭は痛いしで、昼間ぐーぐー寝ていました。とりあえず、次の仕事までの間にウェブ更新を。

 今朝、カミさんが早く起きて子供の弁当作ってくれてたのでやれやれと思って寝ていたら、「田中秀臣さんがアンタのことテレビで言っている」と言って起こしにきました。見たら田中さんのブログで宮崎哲弥さん相手に就職問題の解説している動画が貼付けてあって、冒頭ボクの『商人道ノスヽメ』の紹介が出ていてびっくり。
http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20100202#p2
 コメント欄にも早速書きましたが、おありがとうごぜえますだ。最近このエッセーコーナーでジャイアン扱いしてしまったことを深くおわびします。m(_ _)m
 改めて、この田中さんの『偏差値40から良い会社に入る方法』は実にいい本ですから、みなさん買いましょう。この本のマネして立命館ゼミ第1期生である三回生に希望就職先を聞いたら、びっくりするような大企業をあげるもので、初めての経験に当惑。田中さんみたいに再考させるべきなのかどうかわからなくて大学院生に聞いたら、通る人は通る、通らない人は通らない、好きにさせよとの話でした。一応足切りは受けない大学ということね。経済学の実力で見たら、一般的に前任校より優秀とは思わないのですけど。あとで述べる前任校の最終ゼミ生の卒業研究とか思うと、世の中の不条理を感じざるを得ないぞ。
 そしたら、あとでカミさんが言うには、アマゾンなどで『商人道ノスヽメ』が急に売れているそうで、ありがたい話です。カミさんはボクの本の売れ行きやら評判やらをしょっちゅうチェックしているらしく、これで彼女の中で田中さんの株はずいぶん上がったな。
 そういえば最近では、園田義明さんからも、ブログで『商人道ノスヽメ』のご紹介をいただいたのでした。ありがとうございます。
http://y-sonoda.asablo.jp/blog/2010/01/29/4842390

 そういえば最近なぜか急に、08年に出した『「はだかの王様」の経済学』のご書評をいただくようになっていて、ありがたく思っています。
 まずamazonで、このかん、まちづくり関係の本に関してレビューいただいてきた「パッション太郎」さんから、そういう実践活動の視点からご評価をいただくレビューをいただいていて、うれしく思いました。
 次いで、専修大学の松井暁さんから、経済理論学会の雑誌『季刊・経済理論』の最新号(第46巻第4号)で、深く読み込んだご書評をいただいております。
 さらに、はてなブログで「コバヤシユウスケ」さんから、詳しいご書評をいただいております。
http://d.hatena.ne.jp/yu-koba/20100124/1264315270
 みなさんどうもありがとうございました。

 さて、前任校の久留米大学の最後のゼミもとうとう授業は終わり、卒業の日が刻一刻と近づいています。僕も研究室を引き払って奴らと一緒に卒業と思うとホント寂しいねえ。講義の非常勤は来年度もちょっとだけ残るけど。
 それで、最後のゼミ生は今ゼミ論文大詰めで、何人かはもう出している段階。これがなかなかおもしろいのが多いのです。去年「九州は円高に弱い」で紹介した論文を書いた学生は、自分の住んでいる町の「プレミアム商品券」の経済波及効果を産業連関分析で出しました。小さな町で6億円あまりという結果で、効果倍率は標準的結果でしたけど。現金で買っていた日用品を商品券で買っただけの分があるので本当はあまり増えていない旨のことを、実も蓋もない表現で書いていたので、「商工会に、ご協力ありがとうございましたってもっていくんだろ?」と言ってもっと穏当な表現に書き直させてしまった。学生に奴隷根性を教えるマル経教員。

 これでこのエッセーでいくつか紹介したいと思っているのですが、今日は、今話題の「給食費未納」の問題を。給食費未納率の「増加」とか言うのは、親のモラルの問題とか言われますけど、本当は経済的要因が大きいのではないかという問題です。
 これ、1年半ぐらい前に、bewaadさんがブログ記事「モンスターペアレントって、本当に最近増えているの?」で取り上げていらっしゃるのですが、そこでは、札幌市の給食費未納率の平成元年からの年次の推移と、北海道の完全失業率の推移が似た動きをしていることが示されていました。サンプル数が少ないのでこのまま統計分析に載せるのは難しいのですが、そこでbewaadさんから、「犯罪と失業率との関係の際のように松尾先生(やそのお弟子さん)が何とかしてくれるとうれしいのですが」と水を向けられていたので、ずっと気になっていたのでした。
 これを今回ゼミ生の一人がやってくれました。しかし年次データってほんとに札幌市しか見つからないんですね。彼もボクも探しましたけど。まあ、サンプル十やそこらで回帰分析した研究なんて世の中にごろごろしているので、このままサンプル数18でやってもよかったのですが、彼はどこかのブログに都道府県別データが載っているのを見つけ出してきたので、その元データの文部科学省の報告書「学校給食費の徴収状況に関する調査の結果について」p.5の2005年の都道府県別データでクロスセクション分析することにしました。都道府県別の完全失業率は、こちらの第6表を見て下さい。

 実はこれ、原田泰さんが近著『日本はなぜ貧しい人が多いのか──「意外な事実」の経済学』(新潮選書, amazon)で分析なさっています。内容はNikkei Netのコラム「給食費不払いはモラルの低下を意味するのか」ですでにだいぶ前にお書きになっていました。やはり2005年の都道府県別データを使って、一人当たり県民所得で回帰してみたものと、完全失業率で回帰してみたものをあげています。それによれば、給食費未納率は、あまり一人当たり県民所得とは相関が見られなかったですけど、完全失業率とは相関が見られたということです。

 これ、散布図はこんなのになりました。横軸は完全失業率、縦軸は給食費未納率です。
給食費未納率と失業率の相関
 回帰分析すると、こうなりました。

  未納率(%)=−1.56+0.61×完全失業率(%)

 重相関係数は、0.639(重決定係数は0.409)となりました。切片のp値は0.0016、失業率の係数のp値は小数点以下6桁のオーダーとなりました。
 とりあえず、社会科学でしかもクロスセクションで相関6割は十分いい結果じゃないかと思います。この程度で相関が実証されたとする研究はいくらでもありますけど、原田さんは41%は説明がつくが、残り59%は説明がつかないとおっしゃっています。重決定係数を見ておっしゃっていることでしょう。まあやっぱりもう少し上がった方がいいには違いないです。失業率のp値は十分低いので有意であることは間違いないでしょうけど。

 原田さんは説明できなかった残りの部分は「県民性」だろうかとおっしゃっていますが、ここでひきさがっては経済学者としてくやしいので、ボクはもう少しがんばってみました。
 散布図を見てみると、都会が失業率の割に未納率が低いです。これはちょっと考えるとへんです。都会の方が核家族が多くてじいさんばあさんに助けてもらえないだろうし、給食費払わなくても後ろ指さすムラ社会もないだろうし、むしろ増えた方が自然です。ということは、都会の方が支払い免除などが充実していると見ていいと思います。これは、生活保護率でだいたいとらえられるだろうと見て、「人口千人当たり生活保護被保護実人員」を第2説明変数にして回帰してみました。これは、ここのJ表「福祉・社会保障」からとれます。
 すると、回帰分析結果はこうなりました。

  未納率(%)=−2.14+0.93×完全失業率(%)−0.076×人口千人当たり生活保護被保護実人員

 重相関係数は0.710(重決定係数は0.505)、p値は、切片のが小数点以下5桁のオーダー、完全失業率のが小数点以下7桁のオーダー、生活保護率のは0.0055でした。
 p値はいずれも非常に低く、有意だと言えます。相関もまずまず高いと言えるのではないでしょうか。

 ま、しかし何ですね、この問題。どこかのブルジョワが、「自分はカネ持ちだから、自分の子供には給食なんて貧乏臭いものではなくて、もっとおいしくて栄養バランスもとれた弁当を持たせるから給食費を払う気はない、もし教育的意義のために給食が必要だというならば、それは公教育の一環なのだから公費で負担すべきだ」と言って訴訟を起こしたらどうなるんでしょうかね。
 まあ給食だけでなくて、制服や体育の服や修学旅行や諸々のものが、選択の自由なくおカネを払わされている現状は、実は資本主義経済の原則に大いに反しているのですね。公的意義という社会主義的ニュアンスを入れたら、公費で負担すべきものになるし。現状は、資本主義的でも社会主義的でもなくて、幕府の城普請に諸藩が手出しで駆り出されるのと同じようなものですね。一種の「子供税」です。


「エッセー」目次へ

ホームページへもどる