松尾匡のページ
10年8月1日 いろいろ


 新著『不況は人災です!』またも誤植が見つかりました。
p.174、11行目 誤)「勤務時間」→正)「通勤時間」
ご指摘ありがとうございます。こんなオチの直前で・・・。芸人なら切腹ものだわ。残念。

 『図解雑学』のマルクス経済学、二校が来たんですけど、前よりだいぶ改善されていて、思ったより校正作業は楽になりそうです。遠からず、立命館から695人分の答案が送られてくるのがひたすら怖いですが。
 ともかく延々続いた本の原稿地獄から解放されて、人事審査のハードワークも終わって、やっと落ち着いて待望の研究ができるはずなのですが、なんだかそうすると、自分の新著の評判が気になってしょっちゅうネットを検索していたりする。あーあ、結局研究とかしたくなかったんでしょと突っ込まれそう。
 でまあ、検索してたら、飯田泰之さんがSYNODOSで書評書いて下さっていました。どうも、ありがとうございます!!
【本日の一冊】松尾匡『不況は人災です−みんなで元気になる経済学・入門』 飯田泰之

 まあ、この本は基本的には、小野善康さんとかニューケインジアンとかを含む新しいケインズ派の理論におおまかに基づいて書いていて、あまりマルクス経済学固有の理論は使っていないのですけどね。生身の一人一人の人間が大事で、貨幣価値など本来は手段にすぎない、貨幣価値という思い込みの一人歩き(デフレ)によって人間の暮らしが破壊されているのはおかしい──という、根本的な価値観はマルクスの疎外論のものですけど。
 それにしても、飯田さんますます大活躍ですよね。某私立大学経済学部に勤める知り合いによれば、飯田さんの『世界一シンプルな経済入門』はそこの学生にもわかるけど、ボクの新著は読める学生は一人もいないだろうとのこと。
 ひどい。あんなに苦労したのに。やっぱりボクは才能ないのね。飯田さんみたいに才能があったら、水着美女と共演できるのに。くやしい。
 この上残された方法と言えば、もう漫画かなんかしかないかも。誰か「リフレたん」出してよ。(…でも今の学生は漫画も読まなくなってるし。ひところに比べてウヨ学生が少なくなったのは、『ゴーマニズム宣言』が今の学生には字が多すぎて読めなくなっているからという話を聞いたことがある...。)
 もうボクは一般書からは足を洗うぞ。今度は絶対『労働搾取の厚生理論序説』みたいな難解重厚な本を書いてやるんだから。

 ところで若田部昌澄さんの石橋湛山賞受賞おめでとうございます。受賞作の『危機の経済政策』(日本評論社)は、ボクも以前のエッセーに書きましたように、殺人的多忙さの中でさんざん仕事の邪魔をされてしまった、読み出したらやめられない本です。若田部さんの強みである、膨大かつ丹念な史料・文献の考証がいかんなく発揮されています。
 エッセーを読み返したら、あのときも、拙著『痛快明快経済学史』が出るタイミングでして、若田部さんのに比べたらはるかにずさんで恥ずかしかったのでした。
 今回も、『不況は人災です!』と同じタイミングで、浜田宏一先生や勝間さんとの『伝説の教授に学べ!──本当の経済学がわかる本 』(東洋経済新報社)とか、『「日銀デフレ」大不況──失格エリートたちが支配する日本の悲劇』(講談社)とか出されました。二冊ともいただきましてありがとうございました。どちらもやっぱり、自分の本が恥ずかしくなる本です。

 『伝説の教授に学べ!』は、多くの人からの好意的批評に今さら付け加えるものもありませんが、浜田先生の白川日銀総裁への手紙は、ある意味位人臣を極めた教え子への愛情と尊敬に満ちた文章で、今の日本の人々がおかれた状況への危機感から、あえて低頭して金融政策の転換を訴えていて心を打ちます。白川さんもこんなものを読んだら心苦しいだろう…そうとでも思わないとやりきれません。
 浜田さんも世界のトップクラスの学者にしては(?)平易な語り口で、ちょっとくやしいのですが、勝間さんのまとめと、若田部さんのファクトいっぱいの解説が入って、さらに注で語句などを補足して、さらに読みやすくなっています。
 本筋を外れますが、浜田さんの思い出話に出てくる、学生時代の東大のマル経の大物たちのキラ星ぶりに呆然。浜田さんはマル経は得意でなかったとはおっしゃるものの、この世代は近経学者も、最も優秀なマル経の薫陶を一通り受けていたわけですよね。
 ところでどうでもいいけど、最初「伝説の教授」と聞いたときは、いけのぶ先生かなんかの替え歌を誰かが作ったのかと思った。誰か作ってよ。(白川さんのワルラス法則理解を紛れ込ませていても誰も違和感持たないかも。)

 『「日銀デフレ」大不況』ですけど、若田部さんには、わかりやすさを求める我々の暴力的競争からは一歩距離をおいて欲しかったのですが、いきなり引き込まれるようにスラスラ読めるし、煽りまで入っているし、どこでこんなテク学んだのって感じで、やっぱりなんかくやしい〜。水着美女と共演だけは今後もしないでほしい。
 ただ、膨大な史料できっちり裏をとるファクト重視の姿勢は、この本でもしっかりと貫かれています。

 拙著は、三校段階でいきなり内閣が変わって、鳩山内閣のシブチン姿勢が変わるかもと思って慌てて追記を入れたのですが、その後なぜか増税論に流れて「なんじゃこりゃ」です。若田部さんの新著は、この最新の状況もフォローされており、菅総理とブレーンの小野善康さんの増税論への批判もしっかりなされています。
 なお、若田部さんは、菅=小野の提唱するように増税して政府支出しても、乗数(政府支出が何倍のGDP増加につながるかの倍率)は「1」しかないと批判しています。この本によれば、菅さんは11倍の乗数(笑)を期待していたようで、それに対する批判にはなっていると思いますが、小野モデルの「流動性のわな」では、もともと乗数は「1」になっていますので、この点は小野さんは重々承知の上のことと思います。乗数「1」でも失業者が減る以上はやらないよりやった方がいいし、国債でまかなっても増税でも「1」で変わらないなら、増税でやった方がいいという理屈なのだと思います。
 小野さんがさんざん強調してきた乗数効果論批判もこのへんに理由があるのかなという気もします。昔飯田さんのこのブログ記事で議論になって、ボクは昔マル経で「生産的労働」と「不生産的労働」の分け方をめぐって不毛な議論をしていたのと同じにおいを感じて、コメント欄にそう書き込んだのですけどね。小野さんの議論は、役に立つ政府支出と役に立たない政府支出を区別できる賢者の存在が前提になっているので。政権をとった今になってみんなこの危険さに気がついてきたような気がしますけど。(「国民が決める」ということです。なお、この論点は、景気対策としての効果をめぐるものではありません。次回のエッセー参照。)
 それにしても、小野さんはもともと、富裕層を中心にした所得税の増税を原資にして政府支出することを唱えられていたはずで、消費税についてはむしろ減税論だったように思います。どこで消費税増税論議にすりかわったのだろうかと不思議です。(消費税減税論は撤回したそうです。次回のエッセー参照。)

 そのほか、へんな産業政策みたいなのとか、東アジア共同体構想とか、最近のトンデモ経済政策をフォローする余裕は拙著では全然ありませんでしたが、この本ではしっかり取り上げられているので、心強く思いました。
 また、日銀のインフレトラウマを作ったらしい70年代の政策史とか、1930年代の各国の経済状況と政策とか、知らなかったことが詳しく書いてあって勉強になりました。


 ところで、経済理論学会の雑誌の『季刊経済理論』で、以前に載った松井暁さんが書いてくださった『「はだかの王様」の経済学』の書評へのリプライを書けと言われていたのですが、昨日はその締め切りでした。で、例によってずっとほったらがしていて、昨日一日で書いたの。
 このテーマでの議論もだいぶお腹いっぱいって気がしてきましたけど、やっているうちに、どんな議論にどんなイメージが抱かれているのかということがだんだんわかってきて、説明がうまくはなってきたと思います。今度の『図解雑学』では少しは成果が出たかな。
 とりあえず、以前トップページでもお知らせして、「研究業績リスト」のところでリンクをつけておいたけど、『季報・唯物論研究』第111号に載った「『「はだかの王様」の経済学』が今日言いたいこと」が、やすいゆたかさんのウェブ雑誌に転載されています。興味のある方はこちらからどうぞ。(URL変更につきリンク更新:8/20)

 それからついでに、立命館大学のホームページで読書案内を載せるからということで、なんか取材されたので、昔の人生経験やら「商人道」がらみのことを言って、ジェイコブスの『市場の倫理 統治の倫理』を紹介しました。これが載りましたので、こちらからどうぞ。画面の下の方にスクロールバーがあります。


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