松尾匡のページ12年9月6日 性感染症講演とか色平哲郎医師のお話とか生協関係の打ち合わせとか
※追記:9月9日に参加した大学院のときのサブゼミのOB研究会で、性風俗産業の現場についていろんな意味で詳しい知人がいたので、話を聞いてみました。
そしたら、下記の大阪府の分析について、「ソープランド」という表現をしましたが、90年代終わりには大阪ではソープランドはすでにほとんどなくなっていたそうです。06年の改正風営法施行で規制が強化されたのは、ソープランドだけでなく、その他の有店舗型経営一般にあてはまることだそうで、大阪で世紀の変わり目前後の不況期に雇用を吸収していたのはファッションヘルスなどの有店舗型だったそうです。そしてそこではたしかに、月一回は従業員に検査させていたということです。それが、06年の改正風営法施行後、規制で激減しているとのことです。
というわけで、下での推測は、「ソープランド」という表現を、ファッションヘルスなどの有店舗型業態と改めればあてはまっていたということになります。(9月9日)
9月1日午後から出発し、5日に帰宅するまで関西でした。
1日は、大阪でまたお医者さんたちの前で講演でした。例の性感染症と失業の関係の話ね。この話、去年の7月の講演と、12月の医学の学会の報告に続いて、もう三回目になります。そのたびにデータの更新とか新しいこと調べたりしてますので、かれこれだいぶ分析が進んで、最初は『不況は人災です!』の中のグラフ一つのエピソードにすぎなかったのが、とうとう論文がひとつできそうなネタがそろってきました。
超有名ノーベル賞経済学者のソローが、昔フリードマンをおちょくって、「ミルトン(フリードマン)は何を見てもマネーサプライ(貨幣供給)のことを連想する。私は何を見てもセックスのことを連想するが、極力私の論文からはそのことを排除している」と言ったそうですが、最初これ読んだ時、「ボクもノーベル賞取れるかも」と希望に燃えたものです。
しかし論文にしちゃったらノーベル賞とれなくなるな。
今回の講演準備で新たにわかったことをここでいくつか。
『不況は人災です!』を読んでいただいたかたや、以前からのこのエッセーの読者のかたには繰り返しになりますが、講演の主旨は、性器クラミジアや淋菌感染症の報告数が、失業率の動きとそろっているということです。失業などで生活が苦しくなると、セックスワークに出る女の人が増えて、それを通じて男性にも感染が増える。景気が好転すると、セックスワークを辞める人が増えて、性感染症の報告数が減ると推測されるわけです。
去年までの話では、リーマンショック後の不況で失業率が上昇しましたけど、性感染症報告数はそれに応じて上昇はしていませんでした。それに対しては、失業率に対して上昇に遅れがあるので、今後性感染症報告数が増加する可能性があると言ってきました。
今回は、最新のデータでは2010年までのものがウェブ上でとれました。果たしてこの点どうなっているでしょうか。
女性のケースはこうなりました。
左はクラミジア、右は淋菌感染症ですが、両方ともまだ減り続けていました。
うっかり「残念」とか言ったらいけませんよね。予想ははずれても減ったほうがいいに決まってる。
でも、実は男性のデータを見ると若干増えています。
クラミジアも淋菌感染症も、女性は男性と比べて症状が少なくて見つけにくいそうです。だから、失業率が上昇したときは、90年代末のときも男性の方が動きがよく合っています。今回も、女性も増えているのだけど、まだよく見つかっていない人が多くて、先に男性の方がよく見つかって増えだしているのではないかと思います。
それで、今回は、地域別や年齢階層別に分けて見てみました。そうしたら、はたして近年のほうで女性の感染症報告数が上昇しているケースが散見されます。
しかし、ここで注意しなければならないことに気づきました。今回発見したのですが、年齢階層が高くなると、全国データでも都府県別でも、2008年頃をピークにする小山が出現するのです。例えば全国データの40代後半女性の性器クラミジア報告数の推移はこんなふうになっています。
失業が増えたのは2008年10月頃以降だし、その前の景気拡大期のころからもう報告数が増えていて、あまり失業の動きとあっていません。特に東京はへんな動きをしていて、20歳未満を除く全年齢階層でこれが見られます。20代前半の女性でも、非常に大きな2007年ピークの山が観察されます。
失業率と合っていないばかりではなく、上は20代前半男性と40代前半男性、下は男性全年齢の性器クラミジア報告数と合わせていますが、やはりこの時期は動きが合っていません。性交渉のせいで増えているものならば、「相手」があることなのに、これはおかしいです。しかももっと奇妙なことに、隣の埼玉県の20代の女性の性器クラミジア報告数には、全然こんな小山は観察されません。経済環境にしろ衛生環境にしろ、東京と埼玉でそんな違いがあるはずがないのに。
実は、前回の不況のときの女性の感染症のピークも、年齢が高くなればなるほど2、3年後ろにズレる傾向があります。つまり、女性は症状が少なくて見つかりにくいのですが、2、3年たって年齢階層が繰り上がってから症状が出てくる人がいるということでしょう。2008年頃をピークとする山も同様に、前回の不況期に感染した人がしばらく無自覚ですごしていて、この時点で見つかっているのではないかと推測されます。
ということを講演で言ったら、あとで懇親会の場でお医者さんから教えてもらってそのことが確認できました。
自覚症状のない感染者の女性が、最終的にどこで見つかるか。
結婚前に心配になって検査を受ける人が多い、また、出産前には必ず検査するので最後には必ずそこで見つかるとのことです。つまり、世紀の変わり目前後の不況のひどい時に、セックスワークに出て感染したけれども自覚症状のなかった若い女性達が、景気回復後別の職についていたのですが、この時期結婚、出産を迎えたということですね。
東京だけこの時期、大きな山になっていて、しかも男性の報告数と関係ないのは、こうした人たちが近隣県から東京に検査だけ受けにきているからでしょう。
そういえば、去年の12月14日のエッセーで、性感染症と失業率の都道府県データでのクロスセクション分析の話をしましたが、今回2010年のデータでもやってみました。その前の年までのより実証成績が落ちるのですが、かろうじて有意のように思います。その12月14日のエッセーでは、淋菌感染症定点当たり報告数を縦軸に、失業率を横軸にとってみると、大阪はいつも回帰直線よりだいぶ上にあるという話をしましたが、実は今回もそうなりました。
これは、奈良県や和歌山県がたいてい下の方に出てくるので、奈良県や和歌山県に住んでいる人が大阪で受診しているために起こることだろうと推測していましたが、これも、お医者さんからそのとおりだろうと言われました。ボクの推測ではセックスワークの職場が大阪にあるのだろうということでしたけど、それだけではなくて、奈良の人たちは、診察ついでに買物などをして楽しむために、わざわざ大阪まで診察に出てくるのだそうです。
やはり、近隣他府県から受診に来くる効果は無視できないということだと思います。
ともかくそういうわけで、前回の不況での感染者が後年見つかる効果があるので気をつけなければならないのですが、福岡県、埼玉県、兵庫県では、直近で、リーマンショック後の失業増に伴う感染増と言っていいような動きが女性でも見られます。数が多くないと偶然の影響が大きくなりますので、報告数の多い都府県だけで見たのですが。
それから、さすがに10歳代では、前回不況時の感染者が後年発見される効果というのは少ないでしょう。実際、2008年頃ピークの山は一般には観察されません。
そこで、10歳代後半のデータで近年報告数が増加したケースがないか見てみると、こんなのが見つかります。大阪府の淋菌感染症です。これ、昨年の12月の学会報告で、共同報告者の古林先生が、当時の速報データで見せていたものですが、今回確定データでも確認されました。
この図でいっしょに合わせているのは全年齢男女計の完全失業率です。去年の12月14日のエッセーでも述べましたが、10歳代後半女子の失業率の動きは、経済状況と関係なく動くので比べてもしかたないのです。分母の労働供給が経済的必要性と関係なく変動しますので。だから、家計全体の困窮度がセックスワークに出るかどうかに影響するという意味で、全体の失業率の方が動きが合うわけです。
今回見てみたのは、10歳代後半女子の場合は、むしろ高卒女子就職率の方が動きが合うのではないかということです。サンプルが少ないので回帰分析で比べたりできないし、微妙なケースも多いのですが、中にはよく合ってそうに見えるケースも散見されます。例えばこんなの。
もちろん、就職率が下がると性感染症が増えるというふうに、逆に動くんですよ。こういうのって、単に就職できなかったから生活のためというだけでなくて、将来の人生の見通しとか、卒業した先輩の影響を受けるとかで、現役の高校生にも影響するのだと思います。
というわけで、リーマンショック以降の不況でも、やっぱり性感染症は増えているのではないかと思われるわけです。
でもそれにしては、前回不況のときと比べて勢いがしょぼいですよね。どうしてでしょうか。
去年の12月14日のエッセーで、コンドームの出荷数が減り続けているらしいということでしたけど、そこでご紹介した「下げどまらないコンドーム出荷数」のサイトでは、2004年までのデータしかありませんでした。そこで、厚生労働省のサイトの「薬事工業生産動態統計年報」のページを調べてみたら、2006年以降の毎年のデータはダウンロードできました(それ以前のは分類が大雑把なのしかウェブ上にない)。2005年だけ抜けているのですが、とりあえず並べてみたのが次のグラフです。
やはり、減り続けている傾向にはあるのですが、2010年、11年は、2009年よりちょっと増えています。
それで、それはなぜかを調べるために、「薬事工業生産動態調査月報」をひとつひとつダウンロードして動きを見てみたのが下のグラフです。
それまでほとんどなかった輸入が2010年4月、つまり平成22年度になって増えています。何か制度的な変更があったのだと思いますが、ウェブで調べたかぎりではわかりませんでした。2010年の出荷増はこのために起こったことだと言えます。
このあと、ときどき大口の輸入があったかと思わせる月があるのですが、そのときには在庫が積み上がり、続いて生産の落ち込みが見られるというパターンになっています。見た感じでは、在庫ばかり増えていて、本当に需要が増えているとは思えません。
去年の12月14日のエッセーでもお見せしたように、人工妊娠中絶の数も低下傾向にあります。基本的に、日本社会における性交の数は長期低下傾向にあるのは間違いないと思います。まあ、少子高齢化していますので当然でしょう。
というので、基本的に性交数が減る傾向にあるというのが、今回の不況での感染症報告数増大が激しくない原因のひとつでしょう。
それともう一つ、去年のエッセーでも言ったことですが、2006年から改正風営法が施行されて、いわゆる「ソープランド」の届出数が激減しています。しかも前回の不況時よりもリーマンショック後の不況は人々の懐具合への打撃が大きく、風俗産業への需要も停滞しているようです。そういうわけで、前回の不況のときのように、望めばすぐこの業界で雇用してもらえるという状況ではないようです。これも感染症報告数増大が目立たない原因のひとつだと思います。
しかし、ということは、今次不況の場合、雇用されたプロのセックスワーカーという形ではなくて、もっと非公式の形でセックスワークに出た女性がたくさんいたのではないかということが推測されます。
この点で興味深いのが、大阪府のデータの動きです。
大阪府の性感染症のグラフには特徴があって、前回の景気回復以降、基本的に減り続けています。上で指摘した2008年頃をピークとした小山が20歳代まででは観察されません。しかも、普通と違って、無症状が多くて見つけにくいはずの淋菌感染症の報告数の方が、クラミジアの報告数よりもピークが先にきています。それも、他の地域よりかなり早くです(全国のピークは04年、東京は03年)。
なにより、人口規模がずっと小さいのに、東京よりも性感染症の報告数の絶対数が多いです。
つまりこれは、前回不況時のデータにあがっている感染者のかたがたは、ソープランドなど有店舗型業態(9月9日修正,以下同様)のプロの従業員で、業者主導の検査が行われていて、症状の乏しい人でもそこでは根こそぎ見つかっていたということだと思います。だからこそ、その時点で見つからずに後年結婚、出産を機に見つかるという山が見られないのだと思います。
上で見た、都道府県クロスセクションの散布図で、大阪府が回帰直線よりかなり上に出るという現象も、実は淋菌感染症で見られることで、クラミジアではそれほど目立ちません。淋菌感染症の方がよほど症状がなくて見つかりにくいので、これも、他の地域と比較して業者主導での検査がなされていることを推測させると思います。
それゆえ、大阪府の場合の、報告数の減少の持続というのは、風営法改正によって、ソープランド有店舗型業態の数が激減した効果がかなり出ているのだろうと思います。
したがって、リーマンショック以後の不況によって、実はもっと非公式な形でセックスワークに出るようになった女性がたくさんいたのではないかと推測されます。だからまだ見つかっていない性感染症がかなり増えた可能性があるのではないかと。
この推測も、現場近くで開業されているお医者さんの証言で確認されました。
風営法改「正」によってソープランド有店舗型業態は激減したが、代わりに「ホテヘル」のような形態が激増しているとのことです。マンションの一室が詰め所になっていて、そこで女の子を見つくろって手をつないで出てきてホテルに行くというような形態。このワーカーたちは、だいたいがプロではなくてしろうとだそうです。業者主導の検査なんかはもちろんない。見つかっていない感染者がかなりいるだろうということです。
それともうひとつ効いているのは、こういうところは基本的に「本番」なしのオーラルセックスで、「本番」があったとしてもコンドームをしている場合が多いのですが、データは膣内分泌物の検査のものなので、口の中に感染しているものがデータに拾われていないということ。
さらに、こういた詰め所に、個人輸入した淋菌感染症用の薬が大量に置いてあるそうで、それ、名前は忘れたけど、二年位はよく効いていたけど今は耐性菌が出て効かなくなっているらしくて、公表されている2010年までのデータの減少にはある程度影響しているかもしれないが、直近ではまた増えている可能性がやはりあるとのことです。
それと、例の「飛田」ですよね。「さいごの色街」。「ナマ」は決してなくて必ずコンドームを使っていたのに、ごく最近「ナマ」が出だしたとのこと。
デフレ不況がここにも至って、サービス競争になっているのかと思いきや、それもあるのかもしれないけど、早くイカせて回転率を上げるのが目的だとか。なんと経済合理的。
まあそういうこともあって、やはり今後感染症報告数が増える可能性は高いと推測させる結論になりました。
終わってから、主催者のお医者さんたちに料理屋につれていってもらったのですが、さすがお医者さんのいくところはいいところですね。当人たちにとってはたいしたことないところなのかもしれませんけど。
食べられないものがないか一人一人に対応するために聞いてくるのです。それで、コレステロールが高いので、あらゆる生物の卵と肝臓は禁止になっているということを言ったら、店の人がかしこまって承知していたところを止めて、「医者四人がいいって言ってるんやから、いいんや!」だと…。まあたまにはいいけどね。
2日は、午前中は京都駅前の喫茶店で朝日新聞の記者さんが『新しい左翼入門』について取材。
午後は、京都駅前の、京都の大学が共同で持っている建物の立命館の部屋で、色平哲郎さんのお話を聞く会を開きました。色平さんって、結構有名人なんですけどね。個人ホームページはこちら、
信州の農村医療の現場から
東大を中退して世界と日本中を放浪し、京大の医学部に入学。信州の山村で地域医療にたずさわることになった人です。外国人HIV感染者・発症者への「医職住」の生活支援、帰国支援を行うNPO「アイザック」の事務局長としても活動されています。田中康夫知事からの指名で長野県の医療計画を担ったこともありました。一時、日本は医師過剰だとか言っていましたけど、実は医師不足なんだということは、自分が長野県で最初に発見したのだとおっしゃっていました。
こちらは色平さんの著書。
『風のひと 土のひと──医す立場からの伝言』
色平さんのもとには、彼をしたって全国から医学生や看護学生が「実習」に集まってきました。その中には、厚生労働省などのエリートになっていった人も多いとのことです。本人いわく「反政府思想」を教えているのに。
会に参加していた女子院生が、社会政策の専攻なので、こないだの濱口桂一郎さんのブログで「今年の厚生労働白書が社会政策の教科書みたい」と言っていたから是非読んだらと言ったら、その会話を聞いていた色平さんが「そうだよ」と。
実はこの社会政策の教科書みたいなのを書いた中心人物が、色平さんの「教え子」だったのでした。
3日は、京都にある生協の研究所「くらしと協同の研究所」で、年末にある生協の組合員理事向けセミナーの中身について、運営側の組合員理事の「おばちゃん」たちと打ち合わせの会。あちこちで「おばちゃん」たちからイジられているという人生話をしたら、「おばちゃん」「おばちゃん」と言うなと(笑)。またイジる。
最近『新しい左翼入門』とか『資本主義の限界と社会主義』の自分の章とか、田中秀臣さんとの対談とかで言っている、リスクと決定と責任のバランスの話をしたら、みなさんそれぞれ身近ないろいろな経験で思い当たるところがあるらしく、結構盛り上がってくださいました。
で、4日は教授会で、5日に帰ってきたというわけ。
実は、某学会のレフェリーの締め切りが8月末にあったのが、9月1日の講演の準備のために手がつけられなくて、結局講演が終わってから、上記のスケジュールの空き時間でホテルで作業を続けて仕上げるということもやっていました。
やっとちょっと余裕ができたので、こうしてエッセー更新なんかやっているのです。今度は9月末締め切りの共著用論文が一つ。それからそろそろ内地留学の準備で読むべき本も読まないとね。
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