松尾匡のページ14年3月23日 今頃の東京都知事選挙分析
前回のエッセー「右腎臓全摘しました」を書いた翌日の17日の夕方、無事予定通り退院しました。ご心配をいただいたみなさまありがとうございました。
帰宅したら15日付けの市の広報の束がある...。うちは今年度自治委員の当番なので広報を近所に配らなければならないのです…というわけで、早速市の広報を配ることから始まり、そのあとネコのトイレを片付けたり、ちょっと掃除機をかけたり、夕食の後片付けをしたりという日常生活が待っていました。
と、入院中溜まっていた郵便物の中に、京都の不動産屋の封筒があるではないか。新年度からの単身赴任のための部屋の賃貸契約書類が届いていたのです。読んでみたら翌日18日が返送期日になっている!えらいこっちゃ。
18日は朝から別件で採血検査に出かけ、終わったら市役所で必要書類を入手し…等々と、いきなりあちこち歩き回るはめになったもので、翌19日は疲れて動けませんでした。
その翌日もなんか生産的なことを何もする気が起こらなくて、無為にすごしたなあ。入院中は、身体が動くようになってからはずっと本を読んでいたけど、本も読まない。まあ洗濯等々をする分、入院中より動いていたかもしれませんけど。
でもやっぱり疲れやすいのは事実ですわ。片腎臓になると慣れるまでは疲れるとは聞いたけどね。片腎臓のせいなのか、術後のせいなのかわかりませんが。
まあとりあえず、順調に回復はしていますので、22日の卒業証書授与式と修士号授与式には出てきました。念のためにキャンパスの宿舎に前後泊を入れ、往復の新幹線は、携帯予約で貯めたポイントと株主優待券を使ってグリーン車に乗って…と、一応身体をいたわっているつもり。
しかし、行きは、カミさんの仕事が長引く日だったので、同居の義父に夕食を出してから出かけたら、夜もふけてから着いた京都駅で、在来線が事故でなかなか動かなくて、深夜なんとか門限に間に合う事態になったし。
帰りは、京都駅で新幹線の改札を入ってから財布がないことに気づく!
息子のひっこしの荷造りのために、カミさんが「早く帰ってこい」と言っていたもので、カミさんに電話して許可をもらってから大学に取りに戻ったのでした。もう単身赴任する以上は正装を家に持って帰る必要はないと判断して研究室においてきたのですけど、その胸ポケットに財布を入れっぱなしていたのであります。
と、だいたいこんな感じ。今、帰りの新幹線の中で書きはじめましたけど、帰ったら息子と自分のひっこしの準備でバタバタすると思います。
◆東京都知事選挙の分析について
ところで、前回のエッセーで、2月の講演用に作ってボツになったパワーポイント資料の「つかみ」の部分をご紹介しました。
ここで、真っ先にやっているのは、先の東京都知事選挙で、各市区ごとの宇都宮候補と細川候補の得票率の差と、各市区の一人当たり税額との関係を回帰分析してみたら、非常にきれいなマイナスの相関が出たというものです。つまり、所得が高ければ高いほど、細川さんの得票が宇都宮さんの得票に比べて高くなるということです。こんな感じ。
相関係数83.4%、自由度修正済み決定係数にすると68.9%、定数項と係数のp値は少数点以下14桁の微小値と、非常にクリアな結果です。久々に「相関45度」(←一部ネット界の古いギャグネタ)。
宇都宮さんと、細川さんは、所得による支持層の分裂が極めてはっきりしているわけです。他のどんな候補の組み合わせも、こんなにはっきりしたものはありませんでした。
これ、実は、文教大学の行方久生さんが、非常に似た回帰分析をなさっています。ただし、行方さんのは、税額ではなくて、手間のかかる計算で一人当たり総所得金額を出して使っています。その点で、求めたい関係を直接分析している優れた分析と言えます。ただデータにあげられているのは、23区のものだけです(私のは東京都内全市区町分を使いました)。やはり、相関係数85%以上のクリアな結果になっています。
都知事選挙における細川氏への一本化論=宇都宮氏に辞退強要論から進んで「左翼の政治暴力」とまでいうトンデモ議論の初歩的な誤り
あんまり分析が似ていますから、最近「剽窃」とか「コピペ」とか言ってヒトを叩くのは流行りですから、私もそんな目に遭わないとも限りません。念のために、誤解なきよう、経緯をご説明することにいたします。
これは、もともと私にとっては、伊藤大地さんの「ハフィントンポスト」2014年2月10日記事がきっかけです。そこでこんな地図が掲げられています。
紫は宇都宮得票が細川得票を上回った所、黄色は細川得票が宇都宮得票を上回った所です。高所得者が住んでいる所で細川票が上回っているように見えます。
この記事を、「市民社会フォーラム」の岡林さんが同フォーラムのメーリングリストへの投稿で紹介され、分析を呼びかけられたのです。それに答えて私がやってみたのが上の分析結果で、上のものは2月12日に同メーリングリストで発表しています。
それとは独立に行方さんが、2月14日に、各市区ごとの各候補の得票状況を分析した中で、所得の違いによる、宇都宮、細川得票率の違いについてフェースブックで指摘されていました。
都知事選挙の結果を分析する一つの資料
それを岡林さんが、似たような分析があったということで市民社会フォーラムのメーリングリストで紹介すると同時に、私の回帰分析についても行方さんのフェースブックで紹介して下さり、その後私たちのお互いの感想を、岡林さんがメーリングリストとフェースブックで取り次いで下さったという経緯があります。今のリンク先の書き込みの下の方をご覧下さい。
その中で、行方さんは、回帰分析はやってみるとおっしゃっていて、それが果たされたのが、最初のリンク先の分析というわけです。
というわけで、私のは「剽窃」ではないということで、ご理解下さい。
ここから読み取った結論は、行方さんの見方と全く同じです。すなわち、仮に、反原発候補「細川一本化」がなされていたとしたら、今回の宇都宮・細川票の合計が取れていたわけではなくて、それより少ない票しか取れなかったということです。
パワーポイントでは、さらにこのことを補強する次のような資料をあげました。
各市区の舛添さんの得票率と一人当たり税額の関係はこのようになっています。
さっきのほどではありませんが、逆相関しています(相関係数57.9%、自由度修正済み決定係数32.2%、係数のp値小数点以下6桁の微小値)。
つまり、舛添さんも所得が低い層ほど支持される傾向があるということです。これは、本気かどうかはともなく、舛添さんが選挙戦で一生懸命に福祉を語った効果だと思います。行方さんは、公明党対策と評しておられますが。
さらに、若者世代では、怖いことですが、極右田母神さんが出口調査で二位をつけています。が、若い世代では宇都宮さんの得票率も決して低くはありません。それに対して細川さんは全く支持されていません。
朝日新聞デジタル「舛添氏、高齢層から圧倒的な支持 都知事選出口調査分析」図表
このロスジェネ・若者層の田母神支持について、田中龍作ジャーナル2月11日記事では次のような証言をあげています。
宇都宮陣営に関わっていた、ツイッター名 @keiki22さんは次のように明かす―
「宇都宮ボランティアの少なくない数の人間が田母神さんの街宣を見に行ってる。実際にチラシも受け取って、向こうのボラの人の話も聞いて来てる。 そして、どんな気持ちでボラに参加してるのかも様々な事を知ってる。彼らの中に、田母神さんと宇都宮さんで悩んでる人も少なくないと、そこで知った」(強調松尾)
田母神さんは、「アベノミクス」を補完してさらに庶民に景気の恩恵を行き渡らせると称し、「タモガミクス」を唱えていました。
三橋貴明ブログ「タモガミクス」
【タモガミクス(東京総合経済対策)三本の矢】
一本目 都民税減税により、4月の消費税増税による景気の落ち込みを防ぐ
二本目 防災・五輪関連の公共事業拡大
三本目 中小企業の「仕事」と「所得」を増やす
私は、開票日以前の都知事選挙の最中の2月4日のエッセーで、細川さんから小泉改革、民主党政権に至る、この20年の「改革」って何だったのかという怨嗟の気持ちが大衆の間に満ち満ちているので、「改革」の立役者が雁首揃える細川陣営が票が取れるはずがないと書きました。舛添さんは、細川さん宇都宮さんの票を合わせたよりも多くの票を取ると思うので、脱原発派の「統一」を気にして細川陣営に遠慮することはもともと意味のないことだ、「都知事選挙の結果は、おそらく、総需要拡大政策を汚いもののようにみなす「改革」の時代の終焉を見せつけるものになると思います」と書きました。
本当にその通りになったと思います。
上にあげたことからわかることは、ロスジェネ・若者層からは、新自由主義改革の担い手であった細川=小泉は支持されておらず、この「改革」で苦しめられた自分たちの暮らしを救ってくれる候補こそが望まれているということです。国粋主義に賛成か反対かなどということは、この層の人たちにとっては二の次で、どっちにでも動くのだということです。宇都宮陣営が一生懸命福祉や反貧困や労働条件の問題を語ってくれたおかげで、これらの層の、決して自覚的に左翼ではない多くの票をつなぎとめることができたと思います。
だからはっきり言えることは、仮に「細川一本化」がなされたならば、宇都宮票の多くの部分は、細川さんに行ったのではなくて、舛添さんか田母神さんに行っただろうということです。そうならなくて本当によかったです。
自民党は、都知事選挙に先立って世論調査を何度も行い、一度自民党を飛び出した舛添さんを、あえて絶対勝てる候補として選んだそうです。細川一本化論を唱えて宇都宮さんに降りろと迫った有名人たちは、ちゃんとそれぐらいの調査をして事実をふまえて言っていたのでしょうかね。
コトは、東京だけの話ではなくて、これから全国にとっての教訓にすべきことです。だってこのかん、何度も何度も何度も同じような失敗が繰り返されてきたじゃないですか。
2012年総選挙
日本未来の党:121人立候補→当選9人。現職5人落選。
2013年参議院選挙
生活の党:11人立候補→当選0人。
みどりの風:8人立候補→当選0人。
緑の党:10人立候補→当選0人。
そして2014年都知事選:細川惨敗です。
もちろん、民主党や社民党の凋落もこの一環に入るでしょう。もういいかげん目をさまさないといけません。
「狭い左翼層を脱して保守層にも手を広げて…」という問題意識は悪くはありませんが、実際には、かえって民衆から見放される方向に行ってしまったのが、厳然たる事実です。
ロスジェネ世代以下には、細川−小泉−民主党の「改革」時代の膨大な犠牲者がいるのです。このような多くの人たちは、今、景気回復でようやく光明を見出しているのです。何か政府がおカネを使うことが汚いことのように宣伝されて、それをなくす「改革」をしないと日本は復活しないと言われてきたのに、「改革」してもしても暮らしは苦しくなるばかりで、結局今、政府がおカネを使えば問題が解決しちゃったというわけですから、何のために「痛みに耐えて」きたのか。怒るのは当然です。
上記の「失敗」の繰り返しは、これらの本当に苦しんでいる層に対して、生活が救われてもっと豊かになれることをアピールできなかったところに敗因があると思います。端的に言えば、みんな「なんか景気が悪くなりそ〜」というイメージがあったと思います。
「市民社会フォーラム」のメーリングリストでも言ったのですが、ここから言える教訓は、次のようなことだろうと思います。
・狭い左翼層を超えて、保守・中道とも手を組もうというときには、旧来の政治的左右の一本軸だけで組む相手を測るのではなくて、相対的に生活が苦しいロスジェネ以下世代の層の支持が得られる相手と組むこと。つまり、過去20年やられてきたような、緊縮的「改革」を志向するイメージのない人と組むこと。むしろ、保守本流の方が「改革派」よりマシということです。
・もちろん、安倍自民党や極右と組むことはあり得ませんけど、その場合には、彼らよりももっと、雇用が拡大し、暮らしが豊かになることをアピールできる政策を掲げること。そうでなければ、本来こちらの支持者になってしかるべきだった相対的に生活が苦しいロスジェネ以下世代の層を、民族差別や戦争政策や人権抑圧の支持者に追いやってしまうことになると思います。
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