松尾匡のページ

16年8月7日 また選挙が終わったので言いたいことを言う



 このところ、スマホをなくす(見つかった)とか、マイナンバーの通知カードをなくす(見つかった)とか、定期試験の監督にちょっと遅れるとか、毎日のように何か失敗してばかりいます。なんだかんだとやることが多くて、そこにちょっとプライベートな状況変化が加わって、いっこうに落ち着かないせいだと思いますが。

 さて、近隣の研究者たちとちょっと共同の仕事をしようという話が出ていて、成り行き上、こないだの参院選挙の民進党の政策パンフの批判をしなければならなくなりました。本当は、あんまり乗り気じゃないのですけど、そんなこと言っているわけにはいかない。
 いやあ、去年あたりから自分でもずいぶんがんばったつもりだったんですよ。こんな経済政策では野党は選挙に勝てない。このままでは、安倍さんの思いどおりになってしまう。──と、なんとか参院選挙までに野党の経済政策を変えさせようと、『この経済政策が民主主義を救う』を書いて、講演依頼がきたら断らずあちこち行って、取材にも極力応じてきましたけど…結局力及びませんでした。滋賀県の野党統一候補にも経済政策を申し入れたけど無視されたしね。
 今さら経済政策を変えさせようにも時間切れになってしまってからは、何を言っても自民党の票を増やしそうでしたから、言いたいことも言わず、じっと我慢して黙っていました。

 で、結果は案の定だ!
 おまけに追い打ちをかけるような都知事選敗北。参議院選挙から何も学ばなかったのか。いや、前回の都知事選挙の分析をこのサイトでも上記拙著でも公表してますけど、せめてそれだけでもまじめに検討してもらえたらよかったのに。しかも、クリントンさんよりサンダースさんが出た方がトランプさんに勝てるという調査結果が何度も出ているというのに...。
 左派・リベラル派野党候補のために、暑い中がんばられた運動員、協力者のみなさんの努力には、本当に頭が下がります。不可能をギリギリまで可能にした功績は、まちがいなくみなさんのものです。もうこれ以上がんばりようのない限度の限度までがんばりました。
 それだけに、この膨大な努力と、苦しい家計から出し合った貴重な資金を無駄に終わらせた指導部の責任は重大だと思います。与野党逆転にも、安倍内閣退陣にも遠く及ばず、結果として自民単独過半数と改憲派3分の2を許し、極右都知事をまたも誕生させたことは、誰がどう考えても敗北です。敗北を敗北と直視してこちらの何が悪かったのか総括することなしには、決して次につながることはありません。選挙後の野党側の声明は、第二次大戦末期の大本営の発表を聞くようです。この敗北のせいで、ますます戦後民主主義体制の破壊が進んでいくというのに!

 何度も繰り返して指摘してきましたが、有権者が選挙で望んでいるのは景気や雇用と社会保障がいつもツートップです。
 今回の参議院選挙でも、選挙前に、選挙で重視する政策を聞いた世論調査で、全く同じ結果が出ています。日本経済新聞社の場合は、「年金など社会保障」が35%でトップ、次が「景気や雇用」で21%、「憲法改正」は9%でした。朝日新聞社の場合は、「医療・年金などの社会保障」が53%でトップ、次いで「景気・雇用対策」が45%、「子育て支援」が33%となっており、「安保関連法」は17%、「憲法」は10%となっています。
 選挙のときの出口調査でも同様です。朝日新聞の調査では、投票に際して重視した政策は、「最多は「景気・雇用」の30%、次いで「社会保障」の22%で、憲法は3番目の14%だった」とのことです。比例区で自民党に投票した人のうち、32%は憲法を変える必要はないと答え、憲法問題を重視した人は5%にすぎないとのことで、明らかに、自民党に入れた人の多くは、憲法問題などへの安倍政権の姿勢とは無関係に、景気のためだけに投票していることがうかがわれます。10代有権者については、この傾向がとりわけ顕著だということは、前回のエッセーをご覧下さい。

 特に、左派勢力が頼みにすべき比較的経済弱者の層は、長年の新自由主義政策と長期不況に痛めつけられて、暮らしを楽にしてくれる政策、暮らしの不安を取り除いてくれる政策を求めています。だから、この層にアピールしようと思ったら、安倍政権を上回る景気・雇用の拡大と、社会保障の充実を訴えなければダメなのです。
 このとき注意すべきは、これらの層はいわゆる「中道」に分類されがちな「改革」路線の支持者ではないということです。つまり、おカネを使わずに、財政削減で行政をスリムにしようという話には飽き飽きしているということです。もちろんその中には、財政削減の矛先が自分に向かわずに、生活保護受給者なり、在日外国人なり、公務員なりといったスケープゴートに向かう限りは賛成する人が結構いるかもしれませんが、自分自身がこれ以上犠牲になるのはまっぴらごめんなのです。
 それゆえ、左派勢力は「中道」とではなく、極右と票田を取り合っていると認識すべきです。あるいはそこまでいかなくても、伝統的な保守勢力が利益誘導で暮らしを保護してくれることにも期待をよせる層と重なっているということです。こういった層が、今、圧倒的に(少なくとも消去法的に)安倍政権を選択しているのだと考えられます。これらの層は、多くは国粋主義などどうでもよく、苦しい自分の暮らしをなんとかしてくれそうな者の言うことに説得力を感じているだけで、実は多くの人々は本来は平和憲法の理念にシンパシーを持っているはずだと思います。

 ということは、「野党共闘」は基本的にいいのですけど、なんでもかんでも共闘しさえすればいいというわけではないわけです。比較的に経済的に恵まれた層のエコでロハスな文化の香りをプンプンさせ、なるべくおカネは使わないでゼロ成長不況に甘んじよと言っているような「中道リベラル」と組んで、護憲や脱原発は言っても、庶民におカネを使う政策への言及がその影にかくれてしまっては、主観的には「中道」に手を広げて支持基盤を広げたつもりになっていても、実は、本来左派勢力が頼みにすべき層から見放されて、これらの層をこぞって極右や自民党側に追いやる結果になっていると言えるでしょう。そこまでいかなくても、かなりの数を棄権に向かわせていると思います。
 それがこのかん参議院選挙でも、東京都知事選挙でも見られたことだったのだと思います。

 さて、このような見方からすると、今回の参院選での民進党の政策パンフは、どんなふうに評価できるでしょうか。自民党に事実上対抗できる中道リベラルの代表なんでしょうけどね。民進党ホームページからもダウンロードできる「民進党の国民との約束「人からはじまる経済再生。」」を見てみましょう。
 いやあ、私これ、わりと早い段階で入手していたんですけどね、正直、「どうせ誰も読まないだろうから安心だ」と思いましたよ。みんなから読まれたら自民党の票を増やしかねないですから。

1.致命的な二点

 突っ込みどころは山のようにあって、どこから突っ込んでいいのかわからないのですが、とりあえずまず致命的なこと二つ。

【消費税引き上げは「本来やるべき」だって?】

 なんと、7ページに「本来やるべき消費税引き上げ」とはっきり書いてある!
 なんたるオウンゴール!まあ、一応説明しておくと、「アベノミクスは失敗し、本来やるべき消費税引き上げを実行できる状況にありません。」として、2019年4月までの消費税引き上げ延期を掲げている一文中の表現なのですけどね。だったら、もしもう少しマシな景気だったら引き上げられていたところだったのか、と思われるだけですけど。
 景気が伸び悩んでいるのは、消費税の8%引き上げが原因のひとつであることは、有権者も周知のことです。そしてこのことは自民党だけの責任ではありません。もともと民主党政権で決めたことです。「アベノミクス」に責任を負わせていますが、では民主党政権のもとで8%引き上げがなされていたらどうなっていたか。多くの有権者は、こんなものではすまなかったのではないかと思っているでしょう。
 つまりまずは、消費税8%引き上げは、少なくともあの時期に行うのは間違いだったとして、ちゃんと公に責任を認めなければならないのです。それなしに「本来やるべき消費税引き上げ」と言ってしまったならば、「安倍さん以上の増税派」との印象を有権者に確実に与えることになると思います。

 振り返れば、安倍さんが消費税引き上げ延期の口実作りのために、サミットの外圧を利用しようと「世界経済はリーマン前の危険性も」と言い出して、メルケルさんやキャメロンさんから否定されたとき、民進党はやんやとはやし立てて安倍さんを批判したものですが、有権者にどう受け取られるか考えてみたのでしょうか。実際、世界経済は不安要因を山のように抱えていましたし、メルケルさんやキャメロンさんのような緊縮鬼畜の肩を持つような言い方自体、もともと筋が悪すぎる批判です。案の定その後イギリスのEU離脱投票結果を受けた世界経済の動揺で、民進党は経済の先見性がない印象を与えてしまいました。
 しかしそれだけではありません。世間の人々は「口実はなんでもいいから消費税引き上げを延期してくれ」と思っているのです。安倍さんがサミットで世界経済不安を持ち出すのも「口実」だということは百も承知で、使える口実は何でも使ってくれてありがたいぐらいに思っているのです。そこにもってきて、過去の消費税引き上げ決定の誤りを何も総括しないまま、「こんな口実をたててケシカラン」と批判することは世間にどんな印象を与えるか。「ああ、こいつらは、そこまでして消費税を上げてオレ達から搾り取りたいんだな」と思われるだけです。そんなことで選挙に勝てるはずがありません。

【自民党よりも賃金格差是認的なスローガン】

 それからもう一つ。安倍政権は、どこまで本気かはともかく、「同一労働同一賃金」と言い出しました。これは、今回の参院選の自民党の政策パンフでも9ページで明記されています。
 それに対して、民進党のパンフ(10ページ)で書いてあるのは、「同一価値労働同一賃金」です。
 もともと、労働条件の格差をなくそうという労働運動などの側が掲げてきたスローガンが「同一労働同一賃金」です。それに対して財界などは、同じ種類の労働をしていても、高い価値を生み出す人ならば高い賃金を出していいじゃないかということで、賃金格差を正当化するスローガンとして「同一価値労働同一賃金」と言うのです。
 本当に自民党政権が同一労働同一賃金を実現する気があるかどうかとか、それが現実的にどれほど実現可能かという問題は、この際どうでもいいです。重要なのは、非正社員が、雇われて働く人の4割という普通の存在になって、正社員と非正社員の格差が重大な社会問題として認識されているこのときに、自民党の側が「同一労働同一賃金」と言っているのに、民進党がそれよりも賃金格差容認的なスローガンを掲げていることの問題です。
 民進党は、格差に苦しむ層の労働者たちから、ただでさえ、比較的恵まれた大企業や公務員の、正社員組合の既得権代表のように見られがちです。これではますます、これら本来、左派・リベラル派野党の側が最も頼みにすべき層の人々を離反させることになるでしょう。

2.民主党政権時代の経済失敗の反省が足りない

【いいかげんな事実認識】

 消費税引き上げの件もそうですけど、民進党がまずやるべきは、過去の民主党政権のときにやった誤りの反省であり、もう二度とあんなことにはならないという安心を有権者に与えることです。どんなに現状の景気がパッとしなくても、またあの時代に戻るのはまっぴらごめんというのが多くの有権者の気持ちで、それが、安倍内閣の右翼的な政策に反対にもかかわらず多くの人々が自民党に票を入れたり、棄権したりする最も大きな原因になっています。
 この政策パンフの一番の問題は、その姿勢が欠けていることです。欠けているどころか、いいかげんな事実認識を掲げて責任をごまかそうとしています。特に、パンフの6ページ目に書いてあるこんなことです。
「旧民主党政権時には、年平均で1.7%だった実質成長率は、現政権下では0. 8%に下降。」
「給与を物価上昇で割引いた実質賃金は、2010年を100とすると最近は95以下と低迷を続け…」
「非正規雇用は雇用全体の4割を超えました。雇用は不安定になる一方です。」

 いや、自分たちの責任をごまかすためとか、大衆に向けて安倍政権を攻撃するための宣伝としてとかだったら、政治道徳的には「どうかなあ」という話ではありますが、まだ救いがあります。
 背筋が寒くなる事態は、ひょっとしたら、民進党のリーダーたちは、本気でこんなことを信じ込んで作戦をたてているのではないかというふしがあることです。これでは何回選挙をしても勝てるわけがありません。

【民主党政権時代の方がGDPはよかったのか?】

 まず、民主党政権時代の方が自民党政権のころよりも実質成長率が高かったという件です。これ自体は事実ですけど、それで民主党政権時代の方が経済がマシな状態にあったといいたいなら、全く的外れな説明です。
 ちょっと実質GDPの水準そのものの推移をグラフにして見てみましょう。データは、内閣府のGDP速報統計からとっています。
実質GDP推移
 おわかりのように、民主党政権は、リーマン恐慌のドン底から出発しています。だから政権期間で平均をとれば、成長率が高くなるのは当り前なのです。しかし、雇用や一人当たりの所得は成長率と直接結びついているのではありません。実質GDPのレベルと結びついているのです。民主党政権時代はまだそのレベルが十分ではなかったために、雇用がなくて苦しんでいた人がたくさんいたわけです。だから、これらの多くの人たちの実感では、民主党政権時代は暗くて悲惨だった思い出があるわけです。
 それに対して、安倍政権になってからは、消費税引き上げ前の駆け込み需要のときと引き上げ後の落ち込みをならせば、リーマン恐慌前の最高水準にまで到達して、そこで頭打ちになっているということがわかります。当然成長率としては数字が小さくなるのですが、人々の実感として民主党時代よりもマシになっているというのは根拠があることなのです。

 民主党政権下では、東日本大震災があって経済が打撃を受けたという言い訳もなされますが、図を見てわかるように、震災の前からすでに落ち込みは始まっていました。また、2012年に入ってからは、実質GDPの下落が続いていて、安倍政権の発足後上向きに転じたのです。民主党政権時代のGDP実績が安倍政権下よりもよかったとは、決して言えません。

 ところで、このグラフで見ると、小泉政権下の2002年から始まった、いわゆる「いざなみ景気」では、ずいぶん経済が伸び続けたことになりますけど、そんな実感はありますか。この時期、デフレが続いていましたから、賃金等はろくに増えていなかったのですが、物価の変化を取り除いた実質GDPではデフレの分がかさ上げされて上昇を続けたことになるのです。でも物価が下がっていったら借金は重くなりますし、中小零細業者の人たちは売値が下がって楽になりません。
 これではちょっと実感に合わないので、名目GDPの推移も参考までにグラフにしてみることにしましょう。すると、こんなふうになっています。
名目GDP推移
 すると、いわゆる「いざなみ景気」の期間は、あんまりGDPが増えていないことがわかります。2006年いっぱいぐらいまでは、小泉改革不況で落ち込んだ水準から、長い時間をかけてわずかに戻しただけですね。
 さて、これで見ると、民主党政権時代の落ち込みは一層はっきりします。民主党政権時代と安倍政権時代のそれぞれで、時間で回帰してトレンド線を出したので、赤く引いておきました。民主党政権時代のトレンドは傾きがマイナス(-524)ですね。これは、相関係数も小さいし、傾きのp値も大きいので、統計的には全く有意ではないので、マイナスということ自体にそれほど信頼性があるわけではないのですが、それでも「底」だったのは間違いないです。安倍政権発足後は、プラスの傾き(2314)のトレンドですが、相関係数も高く、傾きのp値も微小(小さいほどよい)です。サンプルが13しかないので、そんな意味のあることは言えないのですが、民主党政権時代の落ち込みとは質的に変っていることは間違いないと思います。

【民主党政権時代の雇用数はどうだったか】

 特に、雇用についてみてみましょう。安倍さんたちは、安倍内閣になってから、失業率が下がったとか求人倍率があがったとかいうことをさかんに強調します。それに対して野党側は、少子高齢化で労働力人口が減っているのでそうなるのだと反論するのが常です。
 では、雇用そのものがどうなっているのかを見てみましょう。総務省統計局の「労働力調査」のデータを使います。まず、就業者の推移は次のようになっています。
就業者推移
 やはり、民主党政権期、安倍政権期それぞれのトレンド線をかきいれておきました。今度は月次データなので、サンプル数はそれなりにあります。民主党政権期のトレンド回帰の相関係数は6割余、傾き(-0.89)のp値は微小値で有意だと思います。安倍政権期の場合は、相関係数約93%、傾き(3.06)のp値は微小値で、やはり有意だと思います。民主党政権期では、就業者数は、リーマン恐慌後の低水準を脱却できなかったばかりか、一月9千人のペースで傾向的に減っていたということです。それが安倍政権期になってから、一月3万人のペースで傾向的に上昇を続け、リーマン恐慌前の水準を超えていることがわかります。

 次に、就業者の中でも、賃金で雇われている「雇用者」の推移を見てみましょう。次のグラフのようになっています。
雇用者推移
 同じくトレンド線を入れておきましたが、民主党政権期のトレンド回帰は、相関係数が24%余、傾き(0.4)のp値は13%もあって、統計的に有意とは言えません。つまり、プラスの傾きがあるように出ましたが、傾きがゼロかもしれないということです。それに対して、安倍政権期のトレンド回帰は、相関係数が96%以上、傾き(4.4)のp値は微小値で、有意だと思います。やはり、リーマン恐慌後の雇用者数の落ち込みを、民主党政権では傾向的に脱却できなかったわけです。それが、安倍政権発足後、傾向的に一月4万人のペースで雇用者が増大し、一年足らずでリーマン恐慌前の水準を回復し、さらに増加し続けているということがわかります。

【雇用の非正規化が進んでいたのは民主党政権でも】

 しかし、上で見たように民進党は、雇用は増えたかもしれないが、安倍政権下で非正規雇用がどんどん増えて雇用が不安定になる一方だと言っています。検討してみましょう。同じく総務省統計局の「労働力調査」のデータによれば、非正規雇用の推移は次のようになっています。
非正規雇用
なるほど、どんどん増えている。ゆゆしき事態だ。…ってあれっ?
 リーマン恐慌を底として、民主党政権時代も含めてずっと増加トレンドにあったことがわかります。

 いや、民主党政権時代は非正規雇用も増えていたけど、正規雇用ももっと増えていたのでしょうか。安倍政権になってから正規雇用がどんどん減らされて、雇用が不安定化しているのでしょうか。
 では、正規雇用の推移をみてみましょう。こんなふうになっています。
正規雇用推移
 おわかりのとおり、前からずっと傾向的に減少しつづけてきました。もちろん、民主党政権期も減らされ続けていたのです。それが、安倍政権発足後一年ぐらいしてから、傾向的に上昇に転じていることがわかります。

 この直近の状況を月次データで見てみましょう。月次データは2013年からしかダウンロードできないのですが、つぎのようになっています。
正規雇用推移直近
 今のところ基本的に増え続けていて、6月現在だいたい2011年頃の水準にまで回復しています。この傾向が定着するかどうかには、不透明なところはたくさんありますが、「正規雇用が減った」という安倍批判の手が使えなくなることには備えておかなければなりません。

【高齢化が雇用の非正規化の一因】

 そして、安倍政権下での非正規の比率の増大ですが、言語道断の雇用流動化政策によって引き起こされている部分はもちろんあって、それは批判していかなければならないのですが、しかし、だから有権者の間では一触即発の不満が渦巻いているのだと期待していたのでは、有権者の実感を読み間違えることになります。
 まず、安倍政権ができてから、高齢者が退職後、非正社員として継続雇用されたり再雇用されたりする数が増えています。65歳以上の就業率をグラフにしてみると、こんなふうになります。
65歳以上就業率推移
 別に政権の政策でこうなっているわけではないのですが、一応やはり民主党政権期と安倍政権期でトレンド線を入れておきました。民主党政権期のものは、相関係数約20%、傾きのp値は0.22で、統計的に有意ではないです。つまり、傾きはゼロかもしれません。安倍政権期のものは、相関係数約84%、傾き(0.06)のp値は微小値で有意だと思います。つまり、安倍政権期に入ってからの65歳以上就業率は民主党政権期と画然と違った増加をするようになったということで、そのために非正規雇用比率が押し上げられている側面があるということです。

【主婦の労働力化も一因】

 さらに、これまでは専業主婦であった層が、働きに出るようになっている効果もあります。35歳から44歳の年齢の女性の就業率の推移をグラフにすると次のようになります。
35-44歳女性就業率推移
 こちらは、民主党政権時代の2011年あたりから、増加トレンドが始まっているように見えます。こうした層が非正規として雇用されていることが、非正規雇用比率を押し上げている効果もあると考えられます。

 まとめて言えば、正規雇用が減って非正規雇用が増える傾向は、民主党政権時代からずっと続いてきたことで、ようやく近年正規雇用が増加に転じるようになった、しかも安倍政権下の非正規雇用の増大には、団塊の世代退職などによる高齢者の就業率上昇や、主婦の就業率上昇による影響があるということです。だから、民主党政権時代の非正規化の傾向を自ら真摯に総括することなしには、非正規が増えたと言って安倍政権を批判することはできないわけです。

【実質賃金低下はいつから起こったことか】

 さてでは、民進党パンフが、実質賃金が安倍政権下で低迷していると指摘している件に移ります。厚生労働省の「毎月勤労統計調査」を使って、季節調整済み実質賃金指数の推移を見てみるとこんなふうになっています。
実質賃金指数推移
 なるほど本当だ。これはケシカラン。やっぱり民主党政権時代はよかった…って、本当でしょうか。なんかよく見ると、実質賃金指数の傾向的な低下というのは、民主党政権時代の2011年くらいからもう始まっているようにも見えるのですけど。
 実質賃金は、名目賃金を物価で割ったものですから、実質賃金は、名目賃金の変化と物価の変化に要因を分けて考えなければなりません。そこで、季節調整済みの名目賃金の賃金指数の変化を同調査から見てみると、次のようになっています。
賃金指数推移
 なんだ、リーマン恐慌後から、民主党政権期をはさんで今まで、ほとんど変ってないじゃないか。しかもよく見たら、民主党政権期は、リーマン恐慌のドン底からわずかばかり戻すまでの一年足らずの間多少上昇しているだけで、あとはずっと傾向的に緩やかな低下を続けています。この低下傾向は、安倍政権発足後の2013年まで続いて、そのあたりから若干の上昇傾向に転じているという感じです。
 そうすると、残りの変化は物価によるものということがわかります。そこで、実質賃金指数の一年前の同じ月と比べた変化率を、名目賃金指数の変化率と物価の変化率に分解してみたのが次のグラフです。
実質賃金指数変化率分解
 えんじ色は一年前の同じ月と比べた名目賃金指数の変化率です。黄色は同じく物価の変化率ですが、一年前と比べて物価が下がるとプラスに、上がるとマイナスにかいています。つまり両者を積み上げたものが実質賃金の変化率になっていて、それが紺色の折れ線です。ここからわかるのは次のことです。

(1)民主党政権前期の2010年ごろに実質賃金が山をつけているのは、リーマン恐慌からの名目賃金のどん底からの少々の回復に、デフレによる物価下落が加わっているからである。
(2)残りの民主党政権時代は、名目賃金の低下傾向が続き、実質賃金は低下し続けた。
(3)安倍政権下、2014年以降の実質賃金の顕著な低迷は、消費税引き上げの影響が大きい。

 つまり、民主党政権時代の実質賃金の動向も決して誉められたものではなく、しかも、安倍政権下での実質賃金低下の主たる原因は、ほかならぬ民主党政権が決めた消費税引き上げだったということです。

 ところでその実質賃金指数ですが、直近では上昇傾向が定着しつつあると感じられます。この傾向が進行するかどうかにはリスク要因がたくさんありますが、「実質賃金が下がった」という批判の手が使えなくなるかもしれないことには、十分に備えておかなければなりません。上記、実質賃金指数の一年前の同じ月と比べた変化率のグラフを、近年のものだけ取り出すと、次のようになります。
実質賃金指数変化率


 結局、民進党パンフで指摘している「アベノミクスの失敗」と称した経済状況は、すべて批判すればするほど、民進党にブーメランが返ってくるものだったわけです。それを大衆は実感によって覚えているのです。反省すべきことは反省し、もう二度とあんな時代に戻さないと有権者にわかってもらわないと、安倍批判をすればするほど票が逃げていくことになります。

3.自民党よりももっと景気拡大の姿勢を


【中途半端なニュアンスのスローガン】

 さて、民進党パンフの経済政策の一番根本的な問題は、「分配と成長の両立」というスローガンだと思います。これ自体は間違ったことではないのですが、この言い方は、本来分配と成長は矛盾するものという前提に立って、それをなんとか両立させるというニュアンスが感じられます。
 本当はそうではありません。手厚い再分配をすればするほど、消費需要が増えてますます景気が拡大しますし、逆に、景気が拡大して、食うに困った失業者がなくなり、劣悪な労働条件のところに人手がこなくなれば、分配問題は解決しやすくなります。矛盾するものではなくて、お互いに促進しあうものなのです。
 ところが「両立」と言ってしまうと、本来両立しないものをなんとか妥協させたというイメージになってしまいます。

 これがどう困るかというと、経済拡大策に中途半端なイメージがついて、自民党側の「バリバリ景気拡大させるぜ」というイメージに勝てなくなることです。なにしろ自民党の政策パンフの9ページで大見出しで目に飛び込んでくるのが、「GDP600兆円」だしね(笑)。
 600兆円はともかく、そこで真っ先にあげている5年間で財投30兆円の事業支出は現実的だしインパクトあります。消費税10%増税は、民進党は19年4月までの延期と言っているのに対して、自民党は19年10月までの延期で、半年遅いです。それだけでも有権者にはごりやくあるように写ります。観光振興も民進党は言葉で言うだけですが、自民党は、2020年外国人旅行客4000万人・旅行消費額8兆円を目指すと書いています。農業についても、民進党は6次産業化の加速とか輸出を積極的に進めるとか書いているだけですが、自民党は「2020年輸出額1兆円」目標を前倒しし、輸出を農林水産業の新たな稼ぎの柱とするとしています。私は、そんなことはしなくていいと思いますが、読んでいて威勢がいいことは間違いないです。
 こんなのを比べられたら「勝負あった」です。

 こんなことになるぐらいならば、最初から経済拡大策の土俵に入らず、ひたすら憲法問題だけ語っていればまだよかったのです。フランスでテロが起こったインパクトがまだ強かったころですから、アメリカの戦争に加担してテロの巻き添えを食う恐怖感に訴えた方が、まだ多少の効果があったと思います。
 そうではなく、「景気・雇用対策」をいの一番に望む、暮らしの苦しい有権者に応えて自民党に真っ向勝負を挑むならば、自民党をしのぐものすごい景気拡大を掲げないといけないわけです。

【自民党が逆らえない景気拡大への制約】

 そして、この競争は、本気で掲げるならば我が方にこそ勝ち目があります。なぜなら、自民党にはなかなか逆らえないものがあるからです。財界もそうですし、アメリカ政府もそうです。世界の大資本の意向を受けたIMFなどの国際機関の圧力や、それとシンクロした財務省の課す制約からも、なかなか脱却できません。
 財界の人たちにとっては、失業者があった方が都合がいいです。失業者がたくさんいれば、自分たちが雇っている人たちに、「おまえらの代わりはいくらでもいるのだぞ」と言って、賃金を抑えたり、無理難題を押し付けたりできるからです。失業者がなくなると、人手の確保に難儀し、賃金を上げて従業員のご機嫌をうかがわないといけなくなります。ですので、財界の言うことに逆らえない自民党は、そもそも完全雇用を目指すことができません。まだ失業者がたくさんいる状態でも、「完全雇用になった」と言って、景気拡大策を打ち止めにします。当然のことですが、自民党の政策パンフには、完全雇用の実現とは一言も掲げられていません。
 自民党が逆らえないものと言えば、アメリカ政府もそうです。日本が金融緩和をどんどん進めて円安になると、アメリカにとってはドル高になって輸出ができなくなって困ります。ですから、円高が進んで景気が危なくなっても、滅多に円売り介入をしようとしませんし、追加金融緩和もしょぼいものしかしなくなっています。

 そして、IMFや財務省は、財政再建の名の下に緊縮を押し付けてきます。世界中でこうやって緊縮が押し付けられて、たくさんの命が失われています。自民党パンフの10ページにも「赤字国債に頼ることなく」と書いています。だから今立てられつつある景気対策も、赤字国債を出さず、建設国債だけで資金をまかなおうとしています。
 本当は、赤字国債と建設国債には経済学的に言って何の違いもありません。建設国債は、国の資産となるものを作るからいいという発想なのでしょうけど、何かのときに売却してモトがとれるような建築物ならばもともと民間が作っています。現実的に売却などできないからこそ公共投資で作るわけで、実際には政府サービスにおカネを使うのと何の変わりもありません。こんな区別があるせいで、福祉や医療や教育や子育て支援のサービスに使うおカネがしぶられて、箱ものばかりが作られることになるのです。
 赤字国債で子育て支援の資金をまかなって、そのおかげで子どもが生まれたら、将来大人になったら税金を払ってくれます。赤字国債で学費支援をして、そのおかげで所得が上がってたくさん税金を払ってくれるようになるかもしれません。そう考えたら、建設国債でハコものを作るよりも、将来ずっと実入りの大きい「資産」を作ることになります。にもかかわらず、自民党では、今の制度に縛られて、本当に庶民の生活にとって役に立つ政府支出が思い切ってできないのです。

【完全雇用を目指す成長を掲げず、「天井」の成長促進ばかり】

 ところが、民進党パンフはどうなっているでしょうか。

 まず、労働組合のバックを受けた党であるにもかかわらず「完全雇用」が掲げられていません。政策リストの一番最初の一番目立つところに、「働きたい人が誰でも、まっとうな安定した職を得られるようにします」と掲げることこそが、今一番人々の心をつかむことなのに。
 だから、いろいろ「成長」政策を掲げているのですけど、本当に必要な雇用拡大という観点からは、的外れなものが多いです。

 そもそも、一般に「経済成長」と呼ばれるものには、全く次元の違う二種類があります。一つは、すべての人手が雇われつくした状態での生産の成長です。私は拙著でよくこれを「天井」の成長と呼んでいます。水を入れる器を大きくすることにたとえてもいいかもしれません。一般に、資本主義経済はすばらしいものだと礼賛し、財界の立場に立つことの多い経済学者は、この意味での成長を高めることを提唱します。小泉「構造改革」などの新自由政策が目指してきたのはこれです。「成長戦略」と呼ばれるものは、多くの場合、こうした「天井」の成長を目指す新自由主義的な政策を指します。いわゆるアベノミクスの「第三の矢」もこれにあたります。
 それに対して、実際の総生産の水準や経済全体での雇用の水準は、財やサービスがどの程度売れるかで決まります。つまり「総需要」で決まります。これは、水を入れる器に、どのくらい水が入っているかにたとえることができるでしょう。総需要が少なければ、たくさん失業が発生して、「天井」よりもずっと低いところで経済が決まるわけです。雇用を拡大させて失業をなくすためには、この総需要を拡大しなければなりません。これは、経済成長には違いないのですが、「天井」の成長である生産能力の成長とは違います。器をいくら大きくしても、水位は上がりません。水を注がなければならないのです。これは、財政出動や金融緩和によってもたらされるもので、一般にはケインズ派の経済学者が提唱する政策になります。伝統的には、欧州の左派、北米のリベラル派の勢力が採用する政策がこれです。日本では、なぜか保守派の安倍政権がアベノミクス「第一の矢」「第二の矢」と称して掲げましたが、実際には、安倍政権は消費税増税やそれに続く財政緊縮では逆のことをして総需要を抑制してきました。

 さてこの目からみると、民進党パンフで掲げられているのは、7ページに見られるとおり、ほとんどが「天井」を上げることを目指す政策です。まさしく「成長戦略」と、新自由主義者がよく使う言葉を掲げています。もちろん、「天井」を上げる政策だからといって、すべてがダメだというわけではありません。子育て支援政策や介護支援政策で、労働力を増やすことは、庶民の暮らしにとっても有益だと思います。しかし、パンフに掲げるようにイノベーションの支援などを政府が公金をかけてやってどの程度有効なのでしょうか。民間が自分の責任で自由に創意することに任せてこそ、意義のあるイノベーションがなされるものではないかと思います。いずれにせよ、明日の暮らしが不安な多くの庶民にとって、こうした「成長戦略」をいくら掲げても心に響くものではありません。

 その一方で、財政出動や金融緩和をどう組み合わせて有効な総需要拡大をして雇用を増やし、それを維持していくかという視点からの経済政策は、全く見られません。
 イギリス労働党のコービン党首は、イングランド銀行の金融緩和マネーを使って民衆のためのインフラ投資をする「人民の量的緩和」を掲げています。アメリカ民主党の大統領予備選で、サンダース候補は、5年間で100兆ドルの公共投資などの雇用拡大策を掲げました。カナダのリベラル派のトルドー首相は、3年間で250億カナダドルの財政赤字を容認する600億カナダドルのインフラ投資を公約に掲げて総選挙に勝利しました。
 雇用が働く者の最大の関心事であり、保守派政党が財界を気にして完全雇用実現に及び腰であるからこそ、左派やリベラル派は、保守側の掲げることができないような大胆な総需要拡大政策を高く掲げるべきなのです。

【「財政健全化」に縛られてしまっている】

 ところが、IMFや財務省幹部の課す制約から自由に発想できることこそ反保守派のアドバンテージであるにもかかわらず、民進党政策パンフは、13ページで「財政健全化を推進します」として、自らの手足を縛ってしまっています。かつて民主党政権時代、菅直人首相が世界の新自由主義者に恫喝されて緊縮増税路線に転じ、景気回復も震災復興も満足にできず、公約も実現できずに世論から見放されて沈み込んでいったことを忘れてしまったようです。
 こんなことですから、パンフでは、保育士の待遇改善や、給付型奨学金創設や、ひとり親家庭支援や、介護職員の待遇改善等々を掲げているのですけど、自民党にもほとんど同じ公約を掲げられてしまっています。しばしば自民党側の方が詳しい数字をあげていたり、もっと多くの政策メニューをあげていたりします。
 民進党は、介護についても、子育て支援や教育についても、医療についても、財務省の課す制約に縛られた自民党が言えないような、もっと大胆な支出を打ち上げるべきだったのです。そして、そうした支出が、総需要の波及効果をどれだけ生み出し、直接・間接の雇用をどれだけ生み出し、人々の賃金所得をどれだけ拡大するかを示して見せるべきだったのです。

 しかも、「次世代にツケをまわさない」などと財務省と同じことを言って財政再建を掲げる以上、いくら福祉や教育や医療などでいいことを言っても、「どうせ財源不足で実現できないんでしょ」と思われるだけです。まさしく「次世代を作ること」自体が脅かされている多くの人々にとっては、「次世代にツケをまわさない」などと言われて公共サービスをしぼられても悪い冗談にしかならないのに。
 むしろ、民進党が掲げるべきだったことは、財務省幹部やIMFが押し付ける「財政危機」なる幻想から有権者を解くことだったのです。大事なことは、インフレを適切に管理することであって、財政のつじつまをあわせることではありません。いまや国の借金の3分の1以上は日銀が持っています。これは期限がきたら借り換えて、いくらでも返済を先延ばしできます。日銀に政府が利子を払っても、日銀の運営コストを引いた余りは「国庫納付金」として政府に戻ります。つまり、日銀の金庫の中に入っている国債は、事実上この世からなくなっているのと同じなのです。

 もちろん、将来経済が完全雇用の「天井」に達し、インフレがインフレ目標を超えて高まった時には、日銀の持っている国債を売って通貨を市場から吸収するものです。そうすると国債価格が下がって金利が上がるので、おカネを借りて設備投資したり住宅を建てたりできなくなって、総需要が減り、インフレが抑えられることになります。そうすると、そうやって市場に戻った分の国債は、満期が来たら政府はおカネを返さなければならなくなります。しかし、インフレ目標をせいぜい2〜3%ぐらい超えた段階でそれを抑えるのに、日銀の持っている国債を全部使わなければならないはずはありません。今日銀が持っている膨大な国債の一部を売りに出すだけで、インフレ抑制どころか、お望みならば日本をデフレ不況に叩き込んでおつりが来ます。しかも国債を売る以外にも、インフレを抑える手段はいっぱいあります。
 つまり、日銀の金庫の中にある国債の多くは現実には永久に返す必要はないのであり、無理にそこまで返したら世の中から必要以上におカネが消えて不都合が出ます。財政危機問題を不安に思う有権者を安心させるためならば、政策パンフで、日銀保有の国債の一部を、返済無期限の永久債に変えてしまうことを掲げればいいでしょう。

 そして、介護や医療や教育や子育て支援などに手厚い予算を費やす公約を掲げたならば、その財源は、基本的には大企業への法人税増税や所得税の累進強化でまかなうというのは、今の民進党のパンフでも言っているとおりでいいでしょう。むしろ、新自由主義で痛めつけられてきた生活が苦しい層の有権者を味方につけるには、こういう増税こそ大々的に断固としてやり遂げる姿勢を、もっと示す必要があります。しかし、それをそのまま今の経済状況のもとで実施すると、景気に対してマイナスの圧力をかけて、またも雇用が失われてしまうというのは、多くの有権者が危惧することだと思います。
 そこで、当面景気があまりよくない間は、日銀が無から作った緩和マネーを使って、増税分と総額で同じ金額のおカネを、設備投資補助金や一律の給付金として民間に戻すことを掲げればいいと思います。そうすれば、利益を貯め込んでただとられっぱなしになるよりも、設備投資などで使った方がトクになりますから、逆に景気拡大効果が発生します。介護施設や保育施設の建設などの、一時的なインフラ整備のための支出も、緩和マネーを使ってあてればいいと思います。これも景気拡大効果を持ちます。
 そして、やがて景気が拡大してインフレがインフレ目標に到達するにつれて、これらの補助金や給付金を縮小していき、増税の効果が高まってくようにすればいいのです。そうすれば、総需要が冷やされてインフレを抑制することができます。

【そのほかの問題点】

 最後に、そのほか民進党パンフでいくつか残る問題点を指摘しておきます。
 まず、7ページで「マイナス金利は撤回させます」とあるのは間違った公約だと思います。民進党が、従来の日銀の独立尊重姿勢をやめて、金融政策を選挙で問われるべき争点にしたことはいいことだと思います。しかし、銀行資本の意を体してマイナス金利批判をするのは、庶民の立場に立った野党のするべきことではありません。マイナス金利導入以前のように、民間の銀行が日銀に預けてある口座にプラスの利子をつけることは、銀行がリスクをとって貸し付けをしなくても、ただおカネを遊ばせているだけで、日銀からお小遣いがもらえることを意味していたのですから。
 むしろ民進党は、マイナス金利政策で実現した超低金利環境を活かし、低コストで資金調達して必要な財政支出を行ったり、公的有利子奨学金の超低金利(無利子でもいい)での貸し換えをしたり、その他超低金利での政策融資やその貸し換えをしたりすることを公約すべきだったでしょう。
 また、10ページでは、「誰でも時給1000円以上となるよう、最低賃金を引き上げます」とありますが、自民党の政策パンフの9ページにも、最低賃金1000円を目指すと書いてあります。政府が最低賃金1000円と言い出していたことは、選挙前から分かっていたことですから、民進党はそれを受けて「1500円」と言うべきだったでしょう。
 それから自民党が消費税10%引き上げを、19年10月に延期と言っているならば、19年4月に延期などと、かえって実施を早めることを掲げるのではなく、「10%への引き上げは中止」と掲げるか、「消費税は当面5%に戻す」と掲げるかしなければならなかったでしょう。消費税というのは、消費需要を抑えることによって、消費財供給のための労働配分を減らし、人手を政府支出先(介護など)に向けるためにあるものです。もともと逆進性があること自体も問題ですが、人々の生活に必要なものの供給を抑えることは、人手の捻出のしかたとして適切ではありません。
 


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