松尾匡のページ
10年11月5日 近況+「どマクロ」デフレモデル補足



 新著『図解雑学マルクス経済学』、早速、田中秀臣さん濱口桂一郎さん、富山大学にいる大学院時代の後輩の大坂洋君がご紹介下さいました。どうもありがとうございます。

 このかん、『不況は人災です!』のほうも、存じ上げていない方々から、ウェブ上で好意的なご紹介を次々いただいています。
 うっかり「旧与党」と書かずに「自民党政権」という批判の仕方をしてしまって、その上それに対して真逆の批判をしてきた民主党や共産党や社民党を名指しで責めたために、思いもよらない大物政治家のかたから好意的なご紹介をいただいてしまいまして、さあどうしましょう(笑)。たぶんおかげさまで支持者の方々に売れたのではないかと思うと、ありがたくて頭を下げるしかありません。(とか書いたらまた金子さん問題のときみたいに怒られるかな。)
 ありがたい政治家と言えば、この本はできる直前に菅内閣が誕生したので、一時はこれで景気が回復に向かって時期外れになってしまうのではないか、なんとタイミングの悪い出版かと心配したのですが、いやいやとんでもない。いまだにとても時期にかなった本として売れてくれています。全くありがたくて涙が出るわ!

 存じ上げていないかたのブログをご紹介することは、コメント欄がある場合、万一ご迷惑をかけたらと思うと躊躇しますので、こちらの勝手な判断で、お立場がはっきりしていそうなところだけあげさせていただきます。もしご迷惑でしたらお知らせ下さい。
◆「ニャンケのブログ」様 「不況は人災です!を読んで(読書感想文)」 なんかいろいろ共感するブログですが(Coccoかっこよすぎ)、ご賛同いただいたことを本当にうれしく思っています。
◆「荒野に向かって、吼えない…」様 「わからないなりに経済本」 言いたいことをばっちりまとめたご紹介を下さりありがとうございます。
◆「ママデューク」様 「読書感想文 45」 本当に詳細にご紹介いただき、ありがとうございます。
 他に、拙著ご紹介下さったのに不覚にも気づいておりませんかた、ご迷惑をおかけすることを懸念してお取り上げしなかったかたには、大変感謝しておりますので、失礼をご容赦下さい。
 それから、知人では、関西大学の中澤信彦さんと、学部生時代の友人がご紹介下さっています。どうもありがとうございました。

 さて、10月23日、24日は経済理論学会(マルクス経済学の全国学会)の大会だったのですが、23日は、住んでいる久留米の市議会議員の後援会の会議が夜まであって出られず、その晩大阪まで移動して、24日朝から参加しました。「恐慌対策にケインズ主義回帰を期待することは反動である」とか、「インフレーション目標政策論の批判的検討」とか言う報告タイトルに見事釣られて出てしまいましたけど(笑)。
 そのまま九州には帰らず、25日は、某大手出版社の編集者の人と会いました。メールで景気の新書書いてくれと言ってきていたのですが、景気はお腹いっぱい、エネルギーを出し尽くしたって断りました。実際、もうデータをフォローする気にならなくて。気が滅入るだけだし...。
 ところが、ともかく会って話だけでもということなので、とりあえず研究室に来てもらいました。そしたら、以前のエッセーに書いた、飛行機乗り遅れる原因になった妻の「買ってこい」指示のあったケーキを売っている東武池袋の洋菓子屋のお菓子をおみやげに持ってきて、「奥さんに...」。
 ツボを押さえているじゃないか(笑)。
 案の定、後日妻からは「書きなさい」と指令が出たのですが、「景気」も「ケーキ」ももう結構なので、全然別の話題でということで、来年夏休みに原稿を書くスケジュールで新書が出る予定です。テーマはまだ秘密ということで。

 今週は、授業のなかび11月3日は、文化の日なのに立命館では授業があるのですが、お医者さんの団体から講演を頼まれて、授業を休講にして東京に行ってまいりました。商人道関連の話だったのですけど、『商人道』本でかなりご議論に乗っからせてもらった北海道大学の山岸俊男さんもいっしょに講演して、席を並べて質疑討論しました。
 一部から「親分子分」などと邪推された間柄ですけど(笑)、実は今回初めて顔を合わせたのです。でも初めてという気は全然しなくて、会場は大いに盛り上がって楽しかったです。

 ところでこのほど、本サイト「アカデミック小品」のコーナーに、「学部生向け「どマクロ」初級モデルによるデフレ均衡の分析」と称した論考をアップロードしました。
 学部1、2年生向け初級教科書に載っている最も基本的なモデルの道具立てだけで、デフレ均衡を含む複数定常均衡が発生する可能性を示し、財政政策、金融政策、フィリップス曲線のシフト、インフレ目標政策の効果を分析しています。動学的最適化はおろか、微分も、立ち入った数式展開さえ一切使わず、ただグラフだけから議論を導くことに成功しました。短いものなので、是非ご検討下さい。
 実は学部のゼミ生のゼミナール大会研究のために、ウチのゼミ生でもわかるレベルでということで考えて作ったのですが、あまりに簡単自然にできたので、たぶん誰かがもうやっているような気もします。ご存知でしたらお知らせ下さい。(とりあえず、そのゼミ生の問題意識のためには、労働を二種類にしなければならないので、それは複雑にすぎて無理そうなので、結局このモデルは彼用としてはボツにしてしまっています。)

 なお、この論考の中で検討されている調整過程のほかに、次のような運動も考えられます。
 すなわち、貨幣賃金率上昇率(ω)が物価上昇率(π)よりも高ければ、実質賃金率が高まって雇用(N)が減る。貨幣賃金率上昇率(ω)が物価上昇率(π)よりも低ければ、実質賃金率が下がって雇用(N)が増えるという運動です。
 この場合、論考の中の運動とは逆に、低位均衡が不安定、高位均衡が安定になります。
 これは一見奇妙に見えます。なぜなら、安定な高位均衡の方が、財政政策や金融政策の効果などについて、正常ではない方向に変化するからです。均衡が消失するほど大きな総需要拡大政策をとったら、突然デフレになって雇用がゼロに落ちるというのも奇妙です。

 しかし、これは実は奇妙でもなんでもなくて、論考中に検討した適応的期待の運動とは違って、完全予見のもとでの運動を表しているのだと見るべきです。ここでの物価上昇率とは、投資関数の中に入る予想の物価上昇率ですので、それによって実質賃金率が運動して雇用が運動するということは、これらの運動全体が企業によって完全予見されていることを意味するからです。
 そうだとすると、低位均衡は不安定ですが、こちらは通常のマクロ動学モデルでノーマルなように、企業が最適な投資を選ぶことによって、最初から雇用が均衡の上に乗るように選ばれていると見るべきです。
 したがってやはり高位均衡の方がノーマルではなくて、高位均衡に収束する連続無限個の解があり、どれになるかはたまたま選ばれた初期値で決まることになるのだと思います。

 そうすると、高位均衡は総需要拡大政策の結果雇用もインフレ率も下がるのですが、これも説明がつくと思います。
 つまり、このモデルでは絶対物価水準(または貨幣賃金率水準)は不決定で任意の値をとり得るのですが、定常均衡における物価水準予想をみんなが共有しているもとで、完全予見されたインフレ率で逆算することで、現在の物価が決まっていると見るのだと思います。そうすると、総需要拡大政策の結果、初期値以来、均衡に収束するまでのあらゆる雇用のもとでインフレ率が下がることになるので、低いインフレ率で、所与の定常均衡の物価水準に収束することになります。ということは、その低いインフレ率で逆算すると、初期値である現在の物価水準は上方へジャンプしなければならなくなります。
 それゆえこの場合、総需要拡大政策の結果、物価水準(とそれにともなう貨幣賃金率水準)は一旦跳ね上がるということになるので、別に奇妙ではなかったということになるのではないかと思います。

 ところで、今度の経済理論学会で、第1回の経済理論学会奨励賞に、吉原直毅さんの『労働搾取の厚生理論序説』が選ばれました。心からお喜びもうしあげます。
 吉原さんからは最近また論文送ってもらっているし、こんなこともあると早くちゃんと本業を進めないといけないと思いますね。次の本で忙しくなる前に、今のうちに少しはやらないと...。


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