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13年9月19日 日本経済学会で聞いた報告をまた日常用語で解説




※ 以下のエッセーの中で、当初、関西大学の本多祐三教授のお名前を、「本田祐三」と誤記しておりました。大変失礼いたしました。訂正しお詫びもうしあげます。(13年11月13日)

 こんなにしょっちゅうエッセー更新している暇なんかないはずなんですけど、私のプチ不幸話を読まないとメシがうまくないという読者のみなさんの期待に応えなければなりません。
 台風18号の日は関東にいました。
 9月14日土曜日は、京都府立大学の基礎経済科学研究所大会の共通セッションでベーシックインカムについての報告をしました。前日カミさんが職場旅行なもんで、義父の夕食の用意とかしなければならなかったので、当日朝に九州を出るしかない。午前中のセッションには参加できず、自分の報告のセッションだけ参加して、終わったら総会もサボってそそくさと関東に向かいました。
 14日、15日が神奈川大学で日本経済学会の大会だったので、二日目(15日)だけでも出ようというわけで…。
 さらに、翌16日から、明治大学でポストケインズ研究会の国際会議があったので、16日だけそれに出て夜関西に移動し、17日は朝から京都キャンパスで業務という予定でした。

 そしたら15日、日本経済学会が終わって、天気が落ち着いてる間に西側の人間がみんなそそくさと逃げ帰る中、一人寂しく宿の近くの天ぷら屋で定食を食べていたら、大将曰く、翌日の夜がちょうどそのあたりに台風が来る予定だと。
 それは大変。17日朝にはなんとしても京都キャンパスにいなければなりません。16日夕方まで研究会に出て、夜台風に襲われたりしたら、関西に戻れなくなってしまいます。
 それで、ポストケインズ研究会の人には出席キャンセルのメールを入れ、翌朝なるべく早いうちに戻ることにしました。

 ところが、いざ朝になると、もうすでに列車がまともに動いていなくて、横浜まで出るのも一苦労。横浜線も動いてないので、地下鉄で新横浜駅まで辿り着きましたが、もちろん朝から新幹線はストップしています。待合室の床に座り込んで延々長期戦ですね。結局動いたのは3時でした。
 夜にはすっかり台風は抜けて、新幹線は動いているわけですから、なんのことはない。普通に研究会に出てても帰れたのでした。もっとも、朝、明治大学までまともに辿り着けたかどうかはわかりませんけど。

 そんな感じでやっと夕方京都駅に着いたら、琵琶湖線が動いていないと。
 滋賀県の草津キャンパスの宿舎を予約していたのですけど、線路に土砂が入ったとかで不通になっていて辿り着けません。仕方がないので、ネットで京都の街の真ん中で4000円で泊まれる宿を見つけて泊まりました。悪いホテルじゃなかったんですけど、台風一過急に秋。夏仕様の寝具だったので夜中に寒すぎて目が覚め、布団を持ってきてもらいました。今も何かのどが調子悪いぞ。

 そしたら翌朝、バスで立命館衣笠キャンパスまでいくのに、宿の人が教えてくれたよりもはるかに長い時間がかかって、間に合うかどうかハラハラです。かなり余裕を見て出てきたおかげで間に合ったからよかったけど。
 仕事は順調に夕方に終わったのですけど、最後にまた試練。
 最近とうとう携帯電話が調子悪くなってスマホに買い替えたのですが、まだ全然慣れていません。新幹線のチケットは、携帯で予約するやつが割引率が高いのでいつも使っているのですけど、まだまだスマホからではスムーズに扱えませんねえ。
 それはいいのですが、こいつがまたすぐ電池がなくなるんで。
 京都駅に着いて九州に帰宅する新幹線予約しようとしたらスマホが真っ暗で起きないの。ノートパソコンで使える電波はホームになかったし。ノートパソコンからスマホ充電しようとしたら、充電ばかりに時間がかかって一向に機能しないうえに、ノートパソコン側の電気がどんどん減っていく。
 それは困るので、充電はやめて、改札出て地下街の、使える電波の飛んでいるところに行って、やっと新幹線確保できたのでした。

 で、帰りの新幹線の車内でこのエッセーを書き出したってわけです。

◆会長講演:非伝統的金融政策の効果
 さて台風のネタ話のために書きはじめたエッセーですが、せっかくですので、日本経済学会大会で聞いた話をいくつか、なるべく日常用語で紹介しておきましょう。
 まず、学会長、関西大学の本多佑三さんの会長講演です。
 有名なご研究ですし、私は実は、6月の立命館でやった応用経済学会の招待講演でも、基本的に同じお話を聞いていたのでした。毎回とてもわかりやすく話されるので、計量経済学はしろうとの私でもわかったような気になりました。

 中央銀行が不況対策で短期金利を下げていった果てに、とうとうゼロになっちゃったら、もっと金融緩和を進めるためには、仕方ないから量を目安にしておカネを出していくしかない。「量的緩和」ってやつですが、こういう「非伝統的」と呼ばれる金融緩和の効果は果たしてあるのかないのかということは、これまでにもかなり議論になってきています。アメリカなんかでも実証研究がなされてきました。日本でも、日銀スタッフだった人が効果なかったという論文を出していたりもしましたが(本多さんによればサンプルが量的緩和期間内をカバーしていないそうです)、本多さんは、効果あったという結論の計量分析を先駆的にされてきました。
 そのこれまでのご研究に触れながら、最新の研究成果を紹介されました。今日の標準的計量手法であるVARモデルを使っているのですが、最近のご研究は、通常VARで使われる変数のほかに株価を加えています。そのほか、日銀にある民間の銀行の口座に日銀がおカネを作って入れている額を、量的緩和期間とそうでない期間を区別して、変数に入れてあります。
 その入れ方にはいろいろなバージョンを作っているのですが、どのバージョンにも共通する結論ははっきりしています。日銀がおカネを出すショックを与えると、すぐさま株価が上がり、次いで半年ぐらいしてから鉱工業生産が上がるということです。物価はバージョンによっては上がりますが、ほとんど動かないバージョンもあります。

 本多さんは、このような動きになる原因を、いわゆる「トービンのq」を通じた効果によるものと考えておられます。
 どういうことかというと、株価が、企業の持つ機械や工場等の実物資本の価値よりも上がると、新株を発行して資金を集めて実物資本を設備投資した方がトクになるというわけです。実際、株価と新株発行にはプラスの相関があるし、株価と1年後の設備投資(四半期データ)とか、株価と機械受注(月次データ)とかにもプラスの相関があるということを示されています。
 それに対して、銀行貸出の総額は、2001年の量的緩和開始後も減り続けていて、04年になってやっと減り方が緩やかになり、05年夏になってはじめて反転しています。企業の設備投資は、当初は銀行から資金を借りてなされたのではなくて、新株を発行して資金調達していたのだというのが本多さんの見立てです。この分析で物価への影響が観察されなかったのは、銀行貸出が本格化する前に量的緩和をやめてしまったからだと本多さんは考えておられます。

 普通、リフレ論では、株価というよりは、日銀がおカネを出すことで人々の予想インフレ率が上がって、実質利子率が下がり、それがやがて設備投資を増加させるというルートを狙っています。株価を通じたルートはあるにこしたことはないですが、メインで想定されているわけではないと思います。その点で実際何が効いていたのか、腑分けできたらいいと思います。
 それにしても、日銀がおカネをジャブ出ししても、当面民間の銀行は貸出を増やすわけでもなく、世の中に出回るおカネは容易に増えないという認識は、本多さんはじめ日銀のおカネジャブ出しの効果を信じる多くの人に、最初から広く認識されていることだったはずですが、いまだに「銀行にマネーブタ積みされただけ」などと指摘して量的緩和の効果を否定したつもりでいる人が後を絶たないことには、いささか徒労感を覚えます。

◆小枝淳子・林文夫:レジーム切り替えを考慮したSVARによるゼロ金利政策の分析
 東京大学の小枝さんが発表されました。
 これがものすごくおもしろいの!

 私の大学院時代の同期の友人である宮尾龍蔵日銀審議委員が、以前に日経図書文化賞をとった著書『マクロ金融政策の時系列分析──政策効果の理論と実証』について、このエッセーコーナーで書評を書いたことがあります
 この本で紹介している彼の研究は、今日の標準的計量手法であるVARモデルを使って、日本における金融政策の効果を分析した先駆的研究でした。そこで宮尾君は、金融政策の効果は乏しいということを実証していました。これについて、私はVARの原理はよくわかっていないのですが、わかっていないなりに、計量分析に関しては主に次の三点の疑問をあげました。
1.金利政策の分析では、2000年のゼロ金利解除(打ち止めにすること)とその後の急速な景気後退の時期が対象期間に含まれていない。
2.貨幣供給量を使った分析では、03年以降のおカネジャブ出し後の景気回復期が対象期間に含まれていない。
3.この実証結果を、リフレ派提唱のインフレ目標政策を批判する論拠にしているが、このモデルは、これまで日銀が普通にとってきた、経済現象に対する政策反応の仕方を前提として成り立っている。インフレ目標政策は、これまでの政策反応の仕方とは違う、新しい反応ルールに切り替えようという話だから、その効果を、従来の反応の仕方を前提にしたモデルで測ることはできないはずである。

 その後何人もの人が、その後の期間を含めた実証に取り組んでいますので、上記1番2番の問題は今日ではクリアされていると言えるでしょう。本多会長のご研究ももちろんその一つです。
 ところが、3番をクリアした研究はこれまでまだ現われていませんでした。本多さんのモデルにしても、中央銀行の政策反応ルールは、全期間共通のものと仮定した上で、ただ、量的緩和政策をやっていた期間にだけ日銀の出したおカネの量を変数として加える(または、その他の期間のおカネの量については別変数としてまた加える)だけでした。ゼロ金利の期間と言えども、全期間共通の政策ルールに基づいて、日銀が金利を決定しつづけることが想定されているわけです。

 小枝さんたちの研究は、上記3番の問題を正面からクリアした、おそらく最初の研究です。すなわち、ある程度引き続く、中央銀行のなんらかの特定の政策反応の仕方の体系──これを「レジーム」といいます──として、二種類を考えます。一つは通常のレジーム。もう一つが、ゼロ金利や量的緩和などの「非伝統的手法」をとっているレジームです。それぞれのレジームで、モデルの方程式体系を切り替えるわけです。
 これが、極めて周到に、難しいモデルが解き易い形になるようにしていて感心します。

 VARのことはよくわからないのですが、普通VARモデルは、経済全体の生産水準(の正常値からのギャップ)と物価水準と利子率の三変数を使うことが多いのですが、これ以上変数を増やすとだんだんと不都合が出てくるようです。本多さんも苦労されていました。
 小枝さんたちは、非伝統的手法の間は、ゼロ金利なんだから利子率はゼロとしてあっさり内生変数からはずし、その替わり、決められた以上に民間の銀行が余計に日銀の口座に抱えているおカネを三番目の変数に使っています。これを日銀が操作するものとみなすようです。そして通常のレジームの間は、この決められた以上に銀行が抱えているおカネをゼロとして内生変数からはずし、通常通り利子率を三番目の変数にした体系を使います。
 こういう処理をすることをわざわざ正当化するために、利子率がプラスのときは余計に抱えているおカネはゼロで、余計に抱えているおカネがプラスのときは利子率はゼロという関係が現実になりたっていることを見せています。本当は量的緩和はやめたけどゼロ金利が続いている期間はちょっとあったけど、まあざっくり行くことにしてそれは無視して、上記二レジームに分けていって構わないんだというわけです。

 そして、このレジームの切り替えをどう定式化しているかということが、うまく考えられているのです。
 この種のモデルでは、中央銀行は、生産水準とインフレの状態を見て金利を決める、なんらかの反応ルールを持って金融政策運営していると仮定されます。通常はこれに基づいて各期の利子率が決まっていくのですが、一旦これによって決まる利子率がゼロを切ったら、レジームが非伝統的手法のレジームに切り替わることにしています。つまり、通常のレジームから非伝統的手法のレジームに切り替わるのは、内生的なスイッチになっているわけです。
 ところが、伝統的レジームから通常のレジームに切り替わる、いわゆる「出口」については、日銀の通常の反応ルールがプラス金利になったら自動的に切り替わるというものではなくて、ちゃんと「出口条件」を明示して、それを満たしたらはじめて切り替わることにしてあります。具体的には、目標インフレ率に到達したらスイッチするということです。しかも、芸の細かいことに、そこに政策ショックを入れていて、目標インフレに到達していなくても解除しちゃうことがあり得ることになっています。ははあ、「デフレ脱却まで続ける」と言いながら、脱却していないのに量的緩和とかゼロ金利とか解除しちゃった福井日銀のことですか。

 いやしかしまさにこれは、上記宮尾本へのコメント3で望んだことに、きれいに答える定式化になってますわ。

 この結論は、非伝統的手法のレジーム下で、銀行が余計に抱えることになるおカネを日銀が増やすことは、生産水準の上昇にもインフレ率上昇にも効果があるということでした。ただし効果の大きさは小さいとのことです。
 それから、非伝統的レジームからの「出口」の効果ですね…ゼロ金利や量的緩和を解除する効果、これは、プラスの効果とマイナスの効果の両方があるとのことです。04年4月時点でこれをやっていたら生産水準にマイナスの効果があったが、現実の量的緩和解除の06年6月だったらプラスに働くとのことで、この限りでは日銀の判断は適切だったという結果になります。ただし、誤差の幅はとても広く、確定的なことは言えないとのことでした。
 まあ、確定的なことは言えないというのは肩すかしな結論でしたが、ともかくレジーム切り替えを明示的にモデルに組み込んだ計量研究が現われたということに意義があるのだと思います。今後これに続く精緻な研究が現われることを期待します。

◆國枝繁樹:インフレ促進策としての消費税増税
 一橋大学の國枝さんのご報告です。
 これは、モデル分析の発表ではなくて、関連諸研究をふまえた上での具体的な政策論です。フェルドスタインが2002年に、消費税の税率引き上げがインフレ目標政策と同じ景気拡大効果を持つことを指摘していたことをふまえ、今回予定されている消費税引き上げを支持するご主張でした。
 実はフェルドスタインの言っていたことの本旨は、私が1999年出版のマクロ経済学の教科書『標準マクロ経済学』(中央経済社)の中ですでに書いたことです。山形浩生さんもほぼ同時に同じことを言っています。
 もっとも私の場合は、当面数年間消費税を下げ、数年後引き上げることを主張していました。一番極端にわかりやすいのは、景気拡大をめざす当面数年間は消費税を全く停止してしまうことです。
 そのかんの財政問題が心配ならば、その分、所得税を増税すればいいと主張していました。所得マイナス消費は貯蓄なので、貯蓄への課税になって消費を促すからです。当時の私の主張は02年8月13日エッセーでも書いています。

 國枝さんも説明されたとおり、インフレ目標政策の目指すものは実質利子率の引き下げです。現在財と将来財の交換割合を操作することなのです。その点から言うと、人々にインフレ予想を抱かせる方法も、消費税を現在と比べて将来引き上げることも本質的には同じなのです。
 さらに言えば、私はずっと、最低賃金の引き上げスケジュールを示す方法を提唱していますが、これも同じです。物価上昇の原因が、需要で引き上げられることか供給コストで押し上げられることかは本質的には重要ではなく、現在財と比べた将来財の相対価格が上がることが本質的なのです。その原因が賃金の上昇であってもいいわけです。

 実は私は、二千ヒトケタ代初め頃は、金融緩和によって人々にインフレ予想をつけさせる効果については、あまり信じてなかったのです。この消費税の税率操作とか、資産課税によって事実上マイナス利子率にすることをメインに提唱していました。今でもこれらの方法は効果があると思います。私が金融緩和でインフレ予想がつく効果を信じるようになったのは、2004年に当時まだ財務官僚だった高橋洋一さんが財務省の雑誌に書いたブレーク・イーブン・インフレ率の動きについての記事を目にしてからです(04年10月29日エッセー)。

 もちろん、これらの政策をとれば金融緩和が要らないわけではなく、コスト上昇がスムーズに価格に転嫁できるには、金融緩和の支えが必要です。また、物価上昇は何もしなければ実質貨幣供給を減らしますので、金融引締めの効果をもってしまいます。そうならないように金融緩和で打ち消す必要があります。これは、最低賃金上昇政策を提唱する際に私がずっと言ってきたことですが、國枝さんも消費税引き上げ策に関して、全く同じことを指摘しています。

 基本原則はそうだとして、では現行の消費税引き上げスケジュールがどれだけ景気拡大効果があるかは、具体的によく見てみないといけないでしょう。消費税引き上げが終わったら、人々の支出が減少して景気後退圧力になるのは間違いないのですから、そのまでの間に前倒し支出効果で景気が十分拡大できるだけの期間がないといけません。現行の引き上げスケジュールで、その期間が十分にあるとは思えません。
 私が提唱したように、当面は消費税停止するとか軽減するとか、あるいはフェルドスタインの元の提案のように、1%ずつ長期的にだんだんと上げていくとかいうのなら、消費の前倒し効果はかなりあると思います。
 しかし、國枝さんは財政再建スピードが遅れると財政の持続可能性への信認がなくなると考えておられます。財政赤字を日銀がおカネの発行でまかなったら、長期金利が不安定になるとの根拠のない危惧も持っておられます。景気拡大が実現したあかつきに、民間で持たれている国債が売りに出されて長期金利が上がってしまう危険はあると思いますが、それを防ぐにはデフレの今のうちに日銀が民間から国債を買い取って金庫の奥に塩漬けにしてしまうべきです。財政破綻懸念→国債暴落などの懸念は成り立ちません。でも、國枝さんはそんなふうには考えないので、フェルドスタイン方式では、財政再建のスピードが現行案よりも遅くなるのでダメだとおっしゃいます。私の案も当然その理由からダメとおっしゃるでしょう。

 あと、財務省の研究所の磯辺昌吾さんと学習院大学の細野薫さんが、非伝統的金融政策のあたえる為替相場への影響を、各国包括的に計量分析した研究報告も聞きました。これもはっきりしない結果が多いのですけど、とりあえず日米の量的緩和は自国通貨を安くする効果を持っていたし、それは伝統的政策の場合よりも大きかったと言えるとのことです。
 総じて、「非伝統的」な政策には、何らかの効果があるとする研究が一般的になっているという印象を受けました。

 九月末締め切りの論文三本まだひとつも書き出してなくて、22日に講演、23日に研究会報告があるのにその準備もしていなくて、それなのにこのエッセーに足掛け三日かけてしまった!
 そういえば、来週からもう授業が始まるぞ!


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