松尾匡のページ

15年2月18日 消費税の傷なお癒えず



◆ 前回のエッセー「ギリシャの同志たちの声を聞け!」では、先日総選挙に勝利したギリシャ急進左翼連合が、欧州中央銀行の量的緩和で国債を引き受けるよう主張していることを紹介しましたが、目下それどころかギリシャ新政権を貸し渋りで兵糧攻めにすべく、ドイツ政府と欧州中央銀行が圧迫を強めています。そんなギリシャ新政権に連帯する声明への署名の依頼がメーリスで回ってきたので、ここでもご紹介しておきます。ご賛同いただけましたらご協力下さい。(信頼性は保証できませんので、自己責任でお願いします。)
http://www.labourstart.org/go/greece


◆ さて、昨年秋に出たPHP新書の拙著『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』ですが、引き続きご書評をいただいています。ありがとうございます。

 時の人(笑)、原田泰さんが、2月10日号(発売は2月2日ぐらい?)の週刊『エコノミスト』に、たいへん好意的な書評を書いて下さっています。
〔書評〕『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼 巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた』 評者・原田泰

 愛媛大学の赤間道夫さんから、ブログで拙著の内容をご紹介いただいています。
akamac bookreview:1047松尾匡著『ケインズの逆襲,ハイエクの慧眼――巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた――』


 市民社会フォーラムの岡林信一さんからも、ブログでご書評いただきました。
市民社会フォーラム:松尾匡『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』
この本では、ちょうど直前に出た、大西広さんや碓井敏正さんの『成長国家から成熟社会へ―福祉国家論を越えて―』の批判をしているのですが、岡林さんのブログの隣のエントリーでまさにこの本の書評をしています。ブログの中でもちょっと両者の対比をされていますので、ご興味いただきましたら、リンク先ご覧になると面白いと思います。
 岡林さんには、市民社会フォーラムの学習会で、この21日に出版記念講演会を開いていただきます。お世話になります。まだ準備してないので急がないと。
【市民社会フォーラム第139回学習会】松尾匡さん出版記念講演会『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』(2/21土@大阪)


◆ ところで、すでにご存知のかたも多いと思いますが、朝日新聞デジタルさんから取材いただいたインタビュー記事が、この月曜日に掲載されました。
朝日新聞デジタル:左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡・立命館大教授
 とてもわかりやすくまとめていただきまして、ありがとうございます。
 聞き手の記者さんがいかにも懐疑的というふうな聞き方をされていますが、これは、読者が疑問に思うだろうことを出してもらって、ひとつひとつ疑問を解いていくという形式をとったために、わざとやってくださっていることですので、みなさん誤解なさらないよう。


◆ さて、同じ月曜日(16日)に、内閣府より2014年10-12月期のGDP統計の第一次速報が出ました。早速確認してみましょう。

 1月7日のエッセー「新春景気展望」で、名目GDPや民間企業設備投資額が、半年前の日銀の出したおカネ(マネタリーベース)の伸び率に相関するというグラフをお見せしました。もう一度掲げますとこんなのです。(マネタリーベース伸び率は、日銀ホームページの時系列統計データ検索サイトより。)
マネタリーベースとGDP

マネタリーベースと設備投資

 おわかりの通り、昨年4月の消費税増税の前の駆け込み需要と、導入後の落ち込みの影響がありますが、それを除けばだいたい合っています。金融緩和が効くまでのラグは、半年から一年余と言われていましたけど、だんだん短くなって、この三、四年は半年で安定しているように見えます。
 1月7日のエッセーでは、このグラフに従えば、10-12月期は、消費税増税の悪影響がピークを越して和らいでくる効果は多少あるけれども、半年前のマネタリーベースの伸び率が下がっている影響も効いて、けっこう苦しい数字になるだろうと予想しました。さて実際のところ、どうだったでしょうか。

 ジャーン。名目GDPはこうなりました。
マネタリーベース伸び率と名目GDP2014Q4まで
マスコミの論調は、「予想を下回る」ということでしたけど、私の予想よりはかなり高かったです。
 なんかこれだけ見ると、消費税増税の悪影響が全部なくなった見たいに見えますけど、本当でしょうか。苦境を脱したとか言って喜んでいいでしょうか。

 名目民間設備投資はこんなふうになりました。
マネタリーベースと設備投資2104Q4まで
こっちはだいたい予想通りです。わずかに上がったけど、そんなたいしたことない。やっぱり消費税増税の悪影響はまだしっかり残っていると見た方がいいですね。

 では、GDPが上がってきている要因はなんでしょうか。それを見るために、各需要項目の「寄与度」をグラフにして見てみましょう。ここからは物価変動の影響を除いた実質値で見ます。
 前の四半期からの変化率(季節調整済)で見たものは、次の通りです。
寄与度前期比2013-14
短期的変動は、在庫品の減少がなくなったのが一番大きい原因みたいですね。つまり、4月の消費税増税のあと、売れ残りの在庫品が積み上がったのが、7-9月期にはけていって、とりあえず一服したという感じなのだと思います。
 前年同期比ではこんなふうになります。
寄与度前年同期比2013-14
前年同期比で見ると、GDPは前の年と比べると減った状態が続いています。やっぱり、消費も住宅建てるのも、前の年と比べて依然ずいぶん低いですね。消費税の影響ありありです。前の年と比べた伸びが目立っているのは、純輸出です。
 どうやら、もっぱら輸出が伸び出したことに支えられてGDPが増え出しているようです。

 では、主要な需要項目の実質値の動きを見て確認してみましょう。まず実質GDPから。
実質GDP2012-14

 実質消費はこれ。
実質消費2012-14
消費税増税で一段落ちたまま、もとに戻らずに推移しているという感じですね。

 設備投資はこんなの。
実質投資2012-14
全く横ばいです。上のマネタリーベースと合わせたグラフでは少し上がっていましたが、そっちは名目額です。こっちは実質値。つまり、機械や工場の価格が上がっているために名目額では上がっただけで、実質では変らないということです。

 そして、輸出と輸入。
実質輸出・輸入2012-14
グラフでは輸出の方が多くなっていますが、これは実質値に直しているためで、名目値では依然輸入の方が多い貿易赤字の状態です。
 一時、輸出が頭打ちになったので、円安が進んでいるにもかかわらず輸出が伸びないということが話題になりました。このかんの円高で海外生産が進んだために、輸出を増やそうにも国内に生産能力がなくなってしまっているというわけです。
 それに対して私は昨年12月15日のエッセーで、海外生産と国内生産の割合が2年前の円・ドル相場ときれいに相関するという経験則があることを紹介し、円安開始から2年を経て、そろそろ国内生産の回帰が始まるころだと述べました。そうすると、遠からず輸出の拡大が始まると予想されたわけですが、実際それが始まっているように見えます。

 というわけで、消費税の傷いまだ癒えない中で、円安効果がようやく効いて輸出が伸び出したことだけに支えられた反転だったと言えるでしょう。

 そうすると次の、今年1-3月期の数字は、やっぱり消費は停滞し、設備投資も横ばいする中、輸出だけに支えられて何とか回復が続くということになるのではないかと思います。特に設備投資ですが、消費税の悪影響が多少薄れるのと、輸出拡大に伴う設備不足に対応する設備投資意欲が興ってくる可能性がプラス材料ですが、上のグラフに見られるとおり、半年前のマネタリーベースの伸び率が一層下がっているので、相殺されてしまって、結局ほぼ横ばいが続くか、上向きになってもわずかばかりという感じになるのではないかと思います。
 10月末の追加金融緩和でマネタリーベースの伸びがまた上がった影響が早めに出れば、設備投資の拡大も目立ったものになるかもしれませんが、まあそれはラッキーケースということで。
 実際、設備投資の先行指標である機械受注統計の昨年12月実績と今年の1-3月見通しが、2月12日に内閣府から出されていますが、下のグラフにありますように、月次データとしては12月は増えていますけど、四半期のトレンドとしては下がっています。
機械受注2014年12月

 今回、私の予想よりもGDP速報の数字がよかったのは、良し悪しだと思っています。もう少しパッとしない数字だったならば、統一地方選挙をにらんで追加刺激策がとられたことだろうと思います。景気回復がほんとうに人々の暮らしを豊かにするしっかりとしたものになるためには、輸出や設備投資だけに依存したものではなくて、消費の拡大に支えられたものでなければなりません。それは、当面は放置して実現できるものではありません。何もしなければ、少なくとも当面は輸出や設備投資だけに支えられた脆弱な回復になるでしょう。
 今、追加的な金融・財政の拡大政策を打ち出せば、春頃にはちょうど、10月末の追加金融緩和の影響が出るのに財政刺激が重なって、目覚ましい景気拡大が実現できただろうに…と思います。
 まあもっとも、そうなったらそうなったで、自民党の手柄ということにされて非常に困ったことになるのですけど。どっちにしろ春にはそれなりに本格的な回復感が感じられる景況になると思うので、その意味ではこれでよかったのかもしれない。う〜む。

 自分のインタビュー記事を載せていただいたので、朝日新聞のサイトの他の記事が目に入るのですけど、17日の記事にこんなのがありましたよね。
内閣支持率上昇50% 70年談話「おわび必要」52%
安倍内閣の支持率が上昇して50%、不支持率が下落して31%になっているのですけど、「戦後70年談話について、「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」という言葉を「入れるべきだ」は52%で「その必要はない」の31%を上回った。安倍内閣支持層でも「入れるべきだ」50%、「その必要はない」35%だった」というのです。
 要するに、日本の有権者は十分正気であって、安倍さんの本来の極右的体質には、まだ反対の世論の方が多いということです。にもかかわらず内閣支持率は増えている。それはなぜかということを考えなければなりません。

 この調査がとっても問題だと思うのは、経済政策のことは何も聞いてなくて、直前に起こった日本人人質事件での政府対応ばかり聞いていることです。政府対応を評価すると答えた人が50%で、評価しないの29%を上回ったということなのですが、これだけ見たら、政府の中東関連政策が支持されたおかげで内閣支持率が上がったと読めてしまいます。なんかそれはとってもまずいと思うのですけど!!
 同じ17日の記事にはこんなのがありました。
高卒内定率88.8% バブル期並み
 これだけではないでしょうけど、足下では景気回復の恩恵を感じる人が確かに増えていて、それが内閣支持率の増加に結びついていることは間違いないと思います。それをちゃんと切り分けるように調査を作らないと、中東に自衛隊出してオッケーみたいなところに行くような流れつくったらまずいですよ。なんでこんな調査設計したのかな。逆の結果が出るとか思ったのだろうか。

◆ ああそういえば月刊誌『サイゾー』(2015年3月号)にもインタビュー記事が載ったんだった。まだ見てないけど、みなさんよろしく。



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