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12年11月30日 前回の続き──豪州・NZも労働党は景気刺激LOVE



 12月7日に『立命館経済学』の論文の投稿締め切りがあったのを、きのう思い出しました。お世話になった先生の退任記念号なので、書かないわけにはいかないのに、すっかり忘れて何も準備していない。手持ちのネタも切れてて困っています。
 こんな状況なのにエッセー更新。前回のがちょっと反響あったもので、さっそく調子にのっている自分。我ながらバカと思う。
 まあ論文はどうせみんな間に合わないから、ひと月くらいは締め切り延びるなという合理的期待のもとに、こんなことしているのです。

 さて、今となっては旧聞になりますが、25日の「報道ステーション」の安倍自民党総裁との討論での野田総理の発言がスゴすぎて話題になりました。インフレ目標を立てて金融緩和しようと唱える安倍さんを批判して、
「安倍さんのおっしゃっていることは極めて危険です。なぜなら、インフレで喜ぶのは誰かです。株を持っている人、土地を持っている人は良いですよ。一般の庶民には関係ありません。それは国民にとって大変、迷惑な話だと私は思います。」
とおっしゃったとのこと。
 野田さんには是非、本サイトの次のエッセーをご覧になっていただきたいです。
10年1月22日 前回のエッセーの続き

 要約すると、
・日本の預貯金の3分の2は、上位3分の1の世帯によって占められていて、金融緩和の利子下落の犠牲は主におカネ持ちが払っている。
・全体の過半数の世帯が入る金融資産1200万円以下の世帯では、負債が資産を上回っているために、金融緩和で金利が下がると利払いが減ってトクになる。
・金融資産全体から、株や株の投資信託と、外貨預金、外債の投資信託を除いた残りは、物価が上がると目減りする資産と言えます。これと、負債との大小を比べてみると、全体の4割を占める、金融資産750万円以下の世帯では、負債の方が大きい。つまり、貧しい庶民ほど、インフレになると借金が目減りしてトクになる。
・70年代のインフレ時代には物価も上がっていたけど賃金はそれを上回って上がっていた。デフレになってからは、物価も下がったけど、賃金はそれ以上に下がってきた。

ということです。
 さらに付け加えると、拙著『不況は人災です!』でも触れましたが、中小零細企業や個人業者の事業のための借金は、形式上は個人の借金ではないので、このデータの中に含まれていません。でも、たいていは銀行から借りる時には個人保証をつけます。つまり、事実上は個人の借金と同じです。だから、これらの人々も、インフレになると借金が目減りしてトクになります。
 そもそも、ブルジョワほどインフレを嫌い、貧しい庶民・労働者ほど、多少のインフレは甘受しても雇用拡大を求めるという図式は世界の常識なんですけど。

 というわけで、今回のエッセーも世界の常識の確認。前回ヨーロッパ左派政党が、中央銀行の独立性にこだわらない金融緩和志向だということを見たわけですが、今日は同じことをオーストラリアとニュージーランドで確認してみましょう。とは言っても、両国の共産党にあたる勢力は本当に弱くて存在感がないので、中道左派の大政党の労働党でしか調べはついていないのですが。
 オーストラリア労働党は、リーマン恐慌前からこのかんずっと与党ですけど、ニュージーランド労働党はリーマン恐慌後から野党暮らしが続いています。攻守立場が違いますが、言っている方向は全く同じです。

 オーストラリアでは、労働党政権下でリーマンショックを迎えましたが、中央銀行であるオーストラリア準備銀行は、もともとインフレ目標政策をとっていたこともあり、果敢な金融緩和を行ってこの危機を乗り切りました。
 さらに、労働党政府は、"The Nation Building Economic Stimulus Plan(「国づくり経済刺激プラン」?)"と称する経済対策を立てて、大胆な政府支出を行いました。
 この対策に対しては、2010年8月の総選挙直前に、スティグリッツさんが「ファンタスティック」だったと絶賛しています。詳しくはこちら、
労働党はオーストラリアを救った:ノーベル受賞者スティグリッツ語る ("Labor saved Australia: Nobel laureate Stiglitz", Business Day, Aug.6, 2010, Sydney Morning Herald)

 言うまでもなく、スティグリッツさんは、有名なアメリカの経済学者ですが、『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』とか、最近の『世界の99%を貧困にする経済』などでIMFと新自由主義を厳しく批判していることで知られている人です。
 このときのオーストラリア政府の対応については、労働党サイトの選挙向け自画自賛実績集のページですが、こちらをご覧下さい。
世界経済危機における断固とした行動(Decisive action during the GFC)

 ここには、このときの大規模な財政支出として、中低所得者への現金給付、学校や社会施設や地域コミュニティのインフラへの投資、零細事業への税免除、道路・鉄道・港湾などのインフラ投資があげられています。ああ、なんか自民党嫌いの同志諸君には怒りだす人が出てきそうですけど。だけどこのおかげで、先進国で一番少ない打撃で危機を切り抜けて、先進国で唯一不況に陥らなかったとか、政権について以来、世界経済危機に見舞われたにもかかわらず45万人の職を作り出したとかとドヤ顔です。

 さて、2010年の選挙に際しては、労働党サイドがこうして当時の対応を誇ったのに対して、野党保守陣営の自由党のアボット党首は、スティグリッツ発言を念頭にこんなふうに批判しました。当時のマスコミ報道です。
労働党は経済を救ったわけではなかった:アボット("Labor didn't save economy: Abbott", World News Australia, Aug. 6, 2010)

 危機当初の財政出動は仕方なかったけど、そのあとからやった420億豪ドルの景気刺激策は、「多すぎ急ぎすぎ("too much too soon")」だと。ワオ。別の国の当局のこのときの対応を、「少なすぎ遅すぎ("too little too late")と批判する話はよく聞くけど。
 そして、政府がこのとき20万人の職を作り出したという話を取り上げて、一人当たり25万豪ドルもかかったことになると批判しています。経済危機はただの北大西洋の金融危機にすぎなかったのだ等々とも言っています。なるべく緊縮して財政赤字を出さないようにしようというのが保守陣営のスタンスなのです。
 実はアボットさんは、同じようなことを以前から言っていたらしく、すでに3月時点で労働党の公式の反論がウェブに載っています。こんな経済について無知な人に国を任せていいのかという調子で論じています。日本ではなぜか極右政治家ばかりがこんなセリフを言っていますが。
また野党党首が経済学的に間違ったことを言ってみせているぞ(Opposition leader economic misjudgement on display again, Wayne Swan, 31 March 2010 )

 さて、今度はニュージーランド労働党を見ましょう。こちらは野党として現状の保守陣営の政権運営を批判する立場にあるのですが、政府のみならず中央銀行であるニュージーランド準備銀行の経済運営も、経済停滞をもたらしているとみなしています。公式ウェブのニュースのページから記事をひろってみましょう。重要な部分を訳してみます。例によって私の怪しい訳ですので、みなさん信用せずに元記事にあたって、間違いがあったら指摘して下さい。

準備銀行の目的は時代遅れ(Reserve Bank objectives out of date, May 3, 2012)
 準備銀行の目的は時代遅れであり、成長と対外債務よりもインフレの方がニュージーランドにとって主たる関心事だった時代を反映している──労働党のFinance spokesman(「影の財務大臣」か?)デービッド・パーカーはこのように述べました。
 …中略…
 デービッド・バーカーは、現行の準備銀行法は、準備銀行が気にすべき「マクロ金融リスク」は、ただインフレーションだけであるかのように想定していると言います。
「実際には、経済は別の要因によっても不安定になり得る。目下、最も大きなマクロリスクは、ニュージーランドが巨大な対外債務を負っているということである。この問題は、NZドルがこのかんずっと高すぎるために、ますます悪化しているのである。労働党が準備銀行の目的を広げようとしているのはこのためである。」
「現行の準備銀行法は時代遅れであり、成長や対外債務の問題がインフレ目標(この場合、インフレを目標値に抑え込むことの意味)と比べて重要とみなされなかった時代の産物である。そのような時代は過ぎ去ったのであり、変更が必要になっている。」とデービッド・パーカーは述べました。

低いインフレこそ労働党の議論の正しさをますます証明している(Low inflation further proof of Labour's argument, October 16, 2012)
 物価の上昇が10年以上にわたって低い状態が続いているのを見れば、インフレが唯一の重要な経済問題だった時代は終わっていることがわかる。準備銀行には、為替レート問題をも同じくらい重く考慮するための力が与えられるべきだ──労働党のFinance spokesmanのデービッド・パーカーは長い間このように唱えてきました。
「インフレがこの13年間で最低を記録している一方で、NZドルは過大評価されていて、我が国の輸出の妨げになっている」とデービッド・パーカーは述べています。
「ところが準備銀行はインフレをコントロールすることを主たる任務とされていて、過大評価されて経済に打撃を与えている我が通貨の為替レートについては、十分な注意が払われていない。100億NZドルにもなる対外債務にもかかわらずだ。これはギリシャを除き先進国で最悪である。」
「我が国の経済は停滞している。主要製品以外の製造業は危機的で、毎週のように雇用が切られている。こんなことになっているのはNZドルのせいであり、インフレのせいではない。」
「準備銀行の主たる任務はインフレのコントロールとされているが、インフレは目下の問題ではない。労働党はこのかん、準備銀行はインフレだけにこだわるのではなく、為替レートのようなほかの重要な課題も同じくらい重視できるようにすべきだと主張してきた。こうしてこそ、我が国の輸出と製造業を救うことができるし、こうしてこそ、彼らが、まっとうな賃金の質のよい職を創出することができるようになる。」
「労働党は、準備銀行法を改め、準備銀行がもはやインフレ問題ばかりを主眼にせず、為替レートをも重視できるようにしたいと考えている。」デービッド・パーカーはこのように述べました。

 ちなみに細かいことを言うと、90年代に労働党政権が新自由主義的な経済運営をしていたときに、これを批判して労働党から分裂したもっと左派の「革新党」は、もっと成長・雇用志向ですね。その後労働党が左にやや戻したら勢力が衰えて今では議席がなくなってしまいましたが。


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