松尾匡のページ

11年4月29日 日銀のバランスシートが毀損してデフレになる思考実験
 5月1日追記



 4月24日に市議会議員選挙が終わり、翌日トップページに書きましたとおり、応援していた市議会議員は無事当選しました。同じ町の出身者が新人で立候補したりいろいろあって、一時はどうなることかと思いましたけど、終わりよければすべてよし!
 2月7日のエッセーで触れた、民主党公認とって初出馬した知人も首尾よく当選してよかった。こっちの事務所でみんなで名簿分担して「出発式」の案内電話かけをしたとき、全く気づかずにボクこの人のところにフツーに電話してしまって、あとで気づいて恥ずかしい。ま、これからウチの議員と仲良くしてやって下さい。
 記録のために25日のトップページの文章を載せときます。

 春休みも返上で準備に巻き込まれた、近所の市民派無所属候補の市議会議員選挙運動でしたが、選挙中は投票日が永遠にこないような気になりました。結局、無事当選で終わり、いい天気の中気持ちよく勤務に出発。四年前の選挙後は連休中一人で残務整理して死ぬ思いしましたけど、今度は優秀なおばちゃんたちがいるから大丈夫だろう。書評とレフェリーの頼まれ仕事はできるかな…と期待。今朝は気が抜けて出勤前に、福岡県内の市議会議員選挙の各候補の得票が、定数ちょっと超えるあたりまで、だいたいは指数-0.2余りのジップ則にしたがうことを見つけておもしろがっていました。みなさんもお近くの市で試してみたらおもしろいかも。(11年4月25日)

 あとで調べたら、「ジップ則」って、正確には順位の逆数そのものに比例する場合を言うそうです。この場合は、得票数が順位の逆数の0.2余乗に比例することがわかったわけですが、まあ広い意味ではこういうのも「ジップ則」と呼んで間違いではないようです。
 それにしても、日曜日が投票日で、深夜結果が出て祝ってから午前帰宅して、明朝滋賀県に出て詰め込んだ授業に追われてたので、疲労のピークは水曜日にきました。昨日木曜日は事務所の後片付けとかしてましたけど、今日は気が抜けたのか、また身体がかなり疲れてソファーから動けなくなっています。


 さて、前回のエッセーでは、「国債の日銀引き受け→日銀のバランスシート毀損→インフレ悪化」という理屈を批判して、日銀のバランスシートが毀損するかどうかは、インフレが悪化するかしないかの問題とは関係ないということを示そうとしました。
 そこで、物価連動国債で日銀引き受けをどんどんやったらどうなるかという思考実験を示しました。この場合、もちろん歯止め無くやればインフレは悪化するにきまっているのですけど、インフレになったら物価連動国債の金額は上がりますので日銀のバランスシートが毀損することはないわけです。
 つまりここでやったのは、
・「前提」:仮に「日銀のバランスシートが毀損するからこそインフレが悪化する」のだとしよう。
・物価連動国債で日銀引き受けしたら、日銀のバランスシートは毀損しない。
・よって、「前提」より、物価連動国債で日銀引き受けしたら、どれだけやってもインフレは悪化しない。
・しかし、そんなことは実際にはありえない。
・よって、「前提」が間違っている。
というロジック。そう、ハイリハイリフレハイリホー。「背理法」のつもりだったのです。(あとから考えたら、物価連動国債を持ち出すまでもなく、日銀が光り輝くまばゆき金塊を世界中から買い集めたときでも、無制限にやればハイパーインフレになるでしょうね。)

 そうしたところ、はてなid: abz2010さんが、このエッセーをブログで取り上げて下さいました。ありがとうございます。
松尾匡教授の「思考実験」について

 読んでみたら、ん?
 なんだか、ボクが積極的に「物価連動国債で日銀引き受けしたら、どれだけやってもインフレは悪化しない」と主張しているような書き方なんですけど。
 前回のエッセーでは、はっきりと、「実際にはそんなことあるわけない」と書いて、歯止め無くやれば当然インフレは悪化すると書いてあるんですけど。
 abz2010さんは、
この思考実験は教授の説明とは逆に「日銀のバランスシートが毀損しないようなメカニズムを取ったとしても、日銀の国債引き受けがインフレを起こすルートを完全に防ぐことはできない」と言うことを示している
とおっしゃっているのですが、「教授の説明とは逆」ではなくて、それがボクの言いたいことなんですけど。

 と思って、コメント欄に説明を書き込んだら、丁寧なお返事をいただきました。背理法であることはご理解いただけたようなのですが、なおも、
「煙草の害を説く人に、煙草をすわなくても肺癌になる人もいるよといっても説得力無い気もしますが」
とのご批判をいただきました。

 なるほど。たしかにそうだ!
 「日銀のバランスシートが毀損しなくてもインフレは悪化する」と言えたからといって、「日銀のバランスシートが毀損してもインフレは悪化しない」ということにはならない。だから、両者が関係ないことの論証がなされたわけではないというわけです。

 ではそれならというわけで、別の思考実験を考えてみました。

 この仮想世界では、日銀はもっぱらドルを買い入れることで円を出しているものとしましょう。
 あるとき、現実世界と同じくサブプライム問題が起こってリーマン破綻恐慌が始まったとします。そこでバーナンキさんはじめFedの面々はショックのあまり、「アジャパー、タリタリラーン」と叫んで裸踊りを始め、「いくらでもドルをだすじょー、国債でもケチャップでもどんどん持ってこい」と言ったとします。オバマ大統領も大喜びで、国債を引き受けさせて、全国民に毎月1万ドルを給付をすることを発表しました。
 そうしたら、ただでさえ、現実世界と同様、日本への資本逃避で円高になっていたところへもってきて、ドルがさらに下落して円高に歯止めがなくなります。
 ここでなんと白川さん、普通とは逆の対応をしたとします。
 つまり、日銀が手持ちのドルを売って円を買い、円高をますます促進する対応を続けたとします。さあ、どうなるでしょうか。

 日銀のバランスシートは縮小しつづけるのですが、資産側と負債側を比べてみたら、資産側のドルの円価値は、負債側の日銀の出した円の金額に比べてどんどんと下がっていきます。つまり、日銀のバランスシートがどんどん毀損していくということです。
 そしたらさぞかしひどいインフレになるということになりませんか。

 実際にはそんなことになるはずがない。円高で輸出が減って不況になり、輸入品価格が下がって怒濤の流入をしてくるだけでなく、世の中に出回るおカネの量が減らされていくわけですから、インフレどころか大デフレになることは明白です。
 この思考実験でもわかりますが、結局、インフレなりデフレなりの事態を決めているのは、日銀のバランスシートの「健全さ」それ自体ではなくて、財やサービスの供給能力に対して、財やサービスの購買に向かう貨幣がどれだけあるかということです。「通貨の信認」が問題になるのは、将来その通貨でどれだけのものが買えるかという予想が、今の購買決定に影響する限りです。

 いまさら言うまでもないですけど、デフレ不況のしくみは、将来物価が下がってその通貨でもっと財やサービスが買えるだろうと予想すると、今は買い控えたほうがトクになるので、ものが売れなくなって本当に予想通り物価が下がるというものです。いわば「通貨の信認」が強すぎるわけです。だから現代のリフレ論は、ちょっとは「信認」を損ねてやって、将来買える量が少なくなるぞと予想させることを狙っています。今のうちに買っておこうと需要が興ってきて景気はよくなるぞと主張しているわけです。このとき、生産能力が追いつかなければインフレが悪化してしまいますが、生産能力が追いつくならば、たいしたひどいインフレにはならずにすむというわけです。


 ところで、今の話からもわかるように、リフレ論の要点は、将来よりも今買った方がトクと人々に思わせることにあるわけですから、その手段としては、「通貨の信認」を左右することに限られるわけではありません。フェルドスタインさんや山形浩生さんが言ったように、将来の消費税率を引き上げていくことでも可能です。ボクも以前のエッセーや、拙著『不況は人災です』などの中で、同じ発想のことを提唱しています。すなわち、当面数年間消費税を軽減(例えば思い切ってゼロ)にして、数年後今より高い税率にすると約束する政策です。耐久消費財購入も住宅投資も設備投資も、消費税軽減期間のうちにやっておこうとして前倒しされ、需要が集中して景気がよくなるでしょう。

 と以前から考えていたところが、こないだ本当にびっくりしてしまった。こんな報道が!
 「政府、民主党は19日、東日本大震災の復興財源に充てるため、消費税率を現行の5%から3年程度の期間限定で3%引き上げ、8%とする増税案の検討に入った。」
 期間限定で税率下げると景気対策になるわけだから、逆に期間限定で税率上げたら...。もちろん、大きな支出は先送りした方がトクですので、耐久消費財購入も住宅投資も設備投資も冷え込んで、確実に景気は悪化します。たぶん、復興財源で消費税増税と言ったら、消費が落ち込んで景気が悪くなると批判されたので、じゃあ「期間限定」でってことになったんだと思うけど、なおさら悪くなったじゃないか。ずっと上げたままにしてもらった方がどれほどましか。
 与謝野さんの起用にしても何にしても、菅政権のやっていることって、単なる経済音痴の出鱈目の域を超えている。なんだか、体系的意識的にマクロ経済を破壊する政策を選んで遂行しているような気にすらなります。


 この連休、2日に久留米大学で出版計画打ち合わせのための研究会を作ってもらって休講にしたので、一週間以上関西にでていかなくてもよくなって、選挙残務と頼まれ書評とレフェリーやった上でも、今度こそ久しぶりに自分の研究ができるかな。
 こないだホントに久しぶりに大学の図書館に行って『メトロエコノミカ』誌を覗いてみたら、最新刊で、吉原直毅さんとベネツィアーニさんの、"Strong Subjectivism in the Marxian Theory of Exploitation: ACritique"という論文が載っていました。"Strong Subjectivism"って、誰あろうボクのことだ!
 前に同じ雑誌に載せたボクの論文の批判論文です。実は最初の頃の原稿はもう読ませてもらっていたのですけど、とうとう載ったのね。
 吉原さんたちは、藤本喬雄さんの「一般化された商品価値」に関する論文の批判も最近の別の号に載せていて、すごい精力的。
 こんなのを見ると、早く本来の本業のはずの数理経済学研究に着手したくなりますね。吉原さんへの反論も考えてあるし、次の展開も思いついたので時間があれば始めたいのですが。

 そういえばひとからもらった本もどんどんたまっていて、これも少しは読んで、書評も書かないと悪いですね。田中秀臣さんからもらった本も気にはなってるんだけど、でもAKBのフォローとかしてるヒマはないもんね〜。
 ボクには藤波心ちゃんがいるからいいんだ。ココロちゃんまたブログ更新していて、今回も誹謗中傷をはねのけて、元気に活躍しているみたいでカワカッコイイよ。おじさん固く団結したいよムフフ
 サイン会たくさんの人で盛況だったそうで恐悦至極。
 それにひきかえ、ウソばっかりであきれられ、とうとう誰もこなくなった保安院・東電の外国記者向け説明会


11年5月1日追記:
 上記を受けて、abz2010さんが再反論のエントリーを書いて下さっています。
日銀のバランスシートが毀損するとどうなる?? (松尾匡教授の「思考実験」について 2)
 「日銀のバランスシートの毀損が問題となるのは、それがインフレを引き起こすからではなく、インフレ抑止能力を制限するからであり、一旦インフレになったときにそれが悪化するのを食い止められないのではないかという疑念を人々に抱かせるからであるというのが筆者の理解である」とのこと、全くその通り!とボクも思います。
 世の中には、思考を「ショートカット」するための公式がたくさんありますが、一旦公式化すると、本来の理由を忘れて一人歩きするものです。「バランスシート毀損→インフレ悪化」というのも、そういう公式の一種だと思います。もともとの理由に立ち返ってみれば、おっしゃるとおり、将来の中央銀行のインフレ抑止能力の問題なのだと思います。
 それが自覚されるならば、インフレが悪化するかどうかは、「日銀のバランスシートの毀損」それ自体で決めつけられるわけではなくて、日銀がそれによってインフレ抑止能力を失うかどうかに立ち返って判断しなければならないのだと思います。
 まあ実際言うと、たとえ日銀の持っている国債77兆円のうち三分の一の価値が失われたとしても、なおマネタリーベース(日銀の出したおカネ)の半分は吸収できるわけで、それは、多少のインフレ悪化が起こっても、経済を一転デフレ恐慌にたたき落とすには十分なように思います。
 たしかに、その場合その場合の条件を人間が判断することに不安があるという理屈もわかりますので、「バランスシート毀損は許しませーん」という固いルールを作っておくというのもひとつの立場でしょう。しかし同じくインフレ悪化を防ぐための「ルール」と言うならば、「2%のコアインフレを死守する」というようなインフレ目標のルールの方が、柔軟なうえに信頼性もあっていいように思います。
 まあもちろん、それにはいろいろ異論もあるでしょうけど、ひとつ言えることは、「日銀のバランスシート」なんて言葉、たぶんウチの経済学部の学生のほとんどは知らないでしょうけど、「インフレ2%」は誰でもわかる!

 なお、長期金利上昇にともなう国債価値下落が日銀のバランスシート悪化をもたらすとされる件については、前にも述べたとおり、国債の日銀引き受けで実質利子率は、下落こそすれ上昇する理屈はあり得ません。したがって、長期金利上昇は、もっぱら物価上昇を織り込んだため起こるものです。
 そうだとすると、現在における国債価値下落は、将来の物価上昇にともなう目減り分を現在反映しているものにすぎず、将来時点でそれによって吸収できる貨幣額が減るわけではありません。政府の税収の金額はインフレで水増しされますので、返済されない危険性が増えるわけでもありません。もちろん、インフレが進む前に今のうちに抑止する手だてが減ることには違いないので、あまりひどい名目金利上昇は望ましくないのは当然ですが、インフレ目標の約束があれば管理不能な急騰にはならないものと考えます。

(上の「前にも述べたとおり」のリンク先が間違っていたので、訂正しました。11年7月9日)

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