用語解説:アソシエーション論
現在、マルクス派はじめ社会変革を志向する多くの論者の間で広まりつつある議論。「アソシエーション」とは、自立した諸個人の自由で対等なネットワーク的連合を指す。アソシエーション論の論者は、このような人間関係が社会の主要なシステムになる世の中を目指している。
【アソシエーション論の歴史】
19世紀にはアソシエーション論は広く見られた:
19世紀には、オーエン、フーリエ、プルードン、シュティルナーなど、多くの社会主義者の目指す理想像は、民衆が協同組合的に連合して民主的に生産する世の中だった。また、ミル、ワルラス、マーシャルといった、一般には資本主義擁護派の巨頭のようにみなされている論者達も、実は資本主義は永続せずやがては協同組合的社会に変わっていくものだと考えていた。このように、19世紀には、アソシエーション論は体制側にも反体制側にも広く見られた議論だったのである。
そしてマルクスもまたその例外ではなかった。彼は、未来社会を指すのに「社会主義」とか「共産主義」とかいう言葉はあまり使ってなく、圧倒的多くの部分では、「協同組合的社会」とか「自由な諸個人のアソシエーション」などと呼んでいた。その中身は、集権的国有指令経済などでは全くなく、自立した諸個人の自由で対等な連合にほかならない。
20世紀にはアソシエーション論は消えた:
ところがこのような議論が20世紀に入る頃から消え去っていくのである。
社会主義者の側では、レーニンは「一国一工場」モデルに基づく国有中央指令経済を目指した。そしてロシア革命の「成功」の威力によってそのイメージが決定的に広がったのである。他方それに対抗する社会民主主義者もまた、手段として議会を通じた平和的手法をとることが違うだけで、国有計画経済という目指すイメージは同じだった。
資本主義を擁護する側もまた、行政エリートによる経済への国家介入を唱えたケインズの議論が主流となった。ファシズムも含め、右から左まで国家権力に依存する社会を志向する議論ばかりになってしまったのである。
現代におけるアソシエーション論の復活:
それが1990年代ぐらいから、また一転、世界中でアソシエーション論が復活しだしている。その原因の一つは、ソ連東欧体制の崩壊によって、国有中央指令経済モデルの破たんが明らかになったことであろう。そしてもう一つの原因は、近年NPOやNGOや協同組合などの事業が現実に着実な発展を見せ、社会変革への有効性を証明しはじめたことであろう。
【国権変革論の否定と下からの変革路線】
今日のアソシエーション論は、必ずしも国家権力を使った変革にはこだわらず、むしろ、民衆自身が現実の日常的事業に取り組んで、草の根から社会を変革していくことを重視する。これは、かつてマルクスが変革過程で政治革命による国家権力行使を重視したことに反している。しかし、他方でそのマルクスが、土台(経済)の変化が後で上部構造(政治)の変化をもたらすという唯物史観を唱えたことを思い出せば、今日のアソシエーション論の主張する変革の順番は、まさにこの唯物史観に合致しているという意味で、マルクス以上にマルクス的と言うことができる。
【現代アソシエーション論の二つのアプローチ】
このように国権的変革からは距離をおくことで共通する現代アソシエーション論であるが、草の根からアソシエーションを広げていく際の方向をめぐっては、大きく二つの立場が分かれると思われる。
我々の周囲の人間関係は、「疎外(合意なき外的強制で動かされる)か共同決定(納得づくで動く)か」と「開放社会(個人の自立)か閉鎖社会(集団への忠誠)か」の二種類の分け方によって、表のような四種類がある。
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「ゲマインシャフト」というのは、家族や昔のムラ共同体や血縁共同体などであり、基本的に疎外なき対等な合意によって運営されるが、しかし閉鎖的で個人が埋没している。「ヒエラルキー」というのは、上位者に下位者が人格的に従属することで集団が運営されるシステムである。軍隊を極とする行政権力機構が典型である。「市場」というのは、自立した対等な諸個人のわけへだてない取引きで成り立つシステムであるが、人間のコントロールできない需給法則などに強制される疎外社会である。以上三システムは現存社会に様々な混合比で存在してきた。
アソシエーションは、ゲマインシャフトと異なり、自立した個人の開放的関係という点では市場と同じなのだが、市場と異なり、人々の意識的合意で人間関係をコントロールする点ではゲマインシャフトと同じ共同決定体である。このシステムは現実にはまだマイナーであり、それが見られるNPOや協同組合などの事業体も、不断に他の既存三システムやその混合へと変質してしまう傾向を持つ。
それゆえこれらの事業体を通じてアソシエーションがメジャーな社会を目指す際には、開放社会を重視して市場の力を利用する「市民社会論的アプローチ」と、小さなゲマインシャフト的集団から合意形成を重視して始める「コミュニタリアン的アプローチ」の二つの立場が生じることになる。
実際にはこの両方が必要であり、市民社会論的に広く事業を提起して賛同者を掘り起こしつつ、それが行き過ぎて疎外が進行する市場的変質が生じたならば、集まった関係者での地道な合意を重視するコミュニタリアン的路線に転換し、それがまた行き過ぎて閉鎖集団化が進行するゲマインシャフト的変質が生じたならば、また市民社会論的に新たな方向への事業展開に乗り出す、といった交代によって、長い目で見てアソシエーション中心の社会を目指していくべきなのである。
※ 以上の議論は、主に拙著『近代の復権――マルクスの近代観から見た現代資本主義とアソシエーション』(晃洋書房)の第5章で詳しく論じています。「著書」
サイト内リンク
私の主張7「市場でもなく、国家でもなく、その中間でもなく 」
私の主張8「非営利・協同ネットワークと個人のアイデンティティー」
研究内容2「マルクスの近代システム認識から見た現代資本主義と非営利・協同ネットワーク」
原稿ダウンロード「アソシエーション・アプローチ間の相互関係」(『社会主義理論学会会報』第53号
MSWordX. 68KB)
推薦書
田畑稔『マルクスとアソシエーション──マルクス再読の試み』(新泉社)
田畑稔他『アソシエーション革命へ―理論・構想・実践』(社会評論社) 私の書評
富沢賢治『非営利・協同入門』(同時代社)
富沢賢治他『非営利・協同セクターの理論と現実』(日本経済評論社)
勝手にリンク
田畑稔「アソシエーションの理論と実践」(コム・未来HP)
http://www.ne.jp/asahi/com/f/future/2000/no6-0001/associe1.htm
http://www.ne.jp/asahi/com/f/future/2000/no7-0002/associe2.htm
大薮龍介「マルクスのアソシエーション論をめぐって」(ご本人のHP)
鈴木頌「非営利ではなく反営利を,協同ではなく統一を」(現代アソシエーション論路線への批判論文集、ご本人のHP)
協同組合研究データベース(杉本貴志さん)
小関隆「労働者協同組合研究の動向」(ご本人のHP)
秋葉節夫「アソシエーション論と個人的所有」(広島大の教授。pdfダウンロード420KB。おもしろい論文ですが、なぜか私の『近代の復権』第5章の文章によく似た表現が出てくると思うのは気のせい?)